別れの炎と何かの意図
アッシュの炎は、ただ静かに燃えていた。
火が消える頃、残ったのは獣の形の骨。
獣人ではなく、モーナフェルムとしての骨だった。
モナは黙ってそれを拾い。地上に出るまでは無言でいた。
ダンジョンを出るとすっかり火が暮れていた。
「アッシュありがとう。お父さんを地上に戻せたよ」
モナの言葉に、アッシュが少し驚く。
「俺からも礼を言わせてくれ、モナの代わりに終わらせてくれて、ありがとう」
俺が言う言葉と共に、モナとレンがアッシュをみる。
「焼いて礼を言われるのは初めてです」
「実際助かった」
アッシュは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
ヴェルはそんなアッシュを見て笑っている。
人外を狩る存在で、自らも恐れられる立場では、面と向かって感謝されるのは珍しいのかもしれない。
だが、俺たちの誰かがとどめを刺せば、それはどんな形にせよ心に残る。
それを、代わってくれたのだ。感謝しかない。
「セトは私たちを怖がらないんだな」
「いや、怖がってるよ?」
「そうじゃないんだ、必要以上に避けたり恐れたりしてないってこと」
ヴェルが前屈みで覗き込んでくる。
「強さだけなら、レンもモナも強いしな。なんだろ、よくわからん」
顔が近くて、少しどきりとした。
「ちょっと強い普通の女の子に見える?」
「だいぶ強い可愛い女の子には見えるよ」
その言葉に満足したのかヴェルは、アッシュの元に戻り、アッシュの背中をバンバン叩いてる。
お気に召したのか、何よりだ。
「モナ、その骨はどうする」
モナに向き直り、俺は言葉をかける。
「里へ行ってくる。多分、お父さん里に迷惑かけないようにダンジョンに潜ったんだと思う」
理性があるうちに潜ったのか、ふと疑問がある。
「アッシュ、死ねば誰でもゾンビになるのか?」
「いえ、自然発生はありますが、モーナフェルムは例がないですね」
「意図的なものか」
「あなたは、勘がよくて良いのか悪いのか」
アッシュは少し困った顔だが、続けた。
「モナの手前、話す気はなかったのですが、意図的にゾンビにされた可能性があります」
モナが顔を上げる。
「……誰がそんなことを」
その声には怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。
アッシュは視線を逸らす。
「まだ、断定はできません。ただ……自然発生とは異なっていたのは事実です」
「何か道具か、術式か?」
俺が問うと、アッシュは頷いた。
「教会が追ってるものに似たような事例がありますが、私たちは分析はしていないので詳しくはありません」
「つまり、敵かもしれない誰かが……」
モナがぽつりと呟く。その横顔は、静かな怒りを孕んでいた。
ヴェルが腕を組み、少しだけ真面目な表情で付け加える。
「ゾンビ化の痕跡、たぶん“誰かが試してた”って感じだった。成功か失敗かはともかく、ね」
モナは、手にした骨をぎゅっと抱きしめる。
「……ふざけないで」
その声は、低く、怒りを噛み殺したものだった。
俺たちは誰も口を挟まない。
「お父さんを、ちゃんと送ってから……」
モナは顔を上げ、真っ直ぐに言った。
「それから、ちゃんと――誰がやったか、知りたい」
その瞳に迷いはなかった。




