【挿絵】筋肉祭りと赤い目の存在
「汝隣人の筋肉を超えよ!」
「超えよ!」
教えられた聖撃の稽古場は、思ったよりまともだった。掛け声以外は。
「ルナさん!入信ですね」
聖騎士であるフィーナ自らお出迎えだ。
ルナはゲンナリしてるな。
レンとモナは鍛錬の様子をみている。
「いや見学だけです。というか付き添いです」
頑なに目を合わせようとしない。
「見学だけでも嬉しいですよ。なんせ女性が少ないので」
当たり前だ、こんな筋肉祭りに入りたがる女性など…いるな。
稽古場の女性がモナに群がってる。ケモ耳の宿命だ。諦めろ。
俺に助けを求める目をしている。しょうがないいくか。
フィーナはルナの勧誘に夢中だ。
「では、さっそく体験だけでもどうですか?まずは“神に捧げるスクワット”から!」
「遠慮します」
即答だった。
モナを回収して、ルナを勧誘してるフィーナを止める。
「フィーナ聞きたいことがあるんだ」
「広背筋の鍛え方ですか?」
「一旦、筋肉から離れようか」
筋肉の気配から逃げるように礼拝堂へ向かう。
微かに「汝、己の大胸筋を信ぜよ……」と外から聞こえる。
……やっぱり、長居する場所じゃなさそうだ。
「教会って、討伐もやってるんだってな?」
「被害が出れば対応します。大半はギルドで済みますけど」
「聖騎士が出るのは?」
「最近だと、ゾンビの大量発生と白虎の調査ですね」
「他には?」
「私はゾンビ案件が多いですね。光魔法持ちなので」
「“私”ってことは他にもいるのか」
「ええ。拳で戦うのは私だけで、あとは剣や魔法が主流です」
「俺の中の聖騎士像も剣だな」
フィーナは咳払いし、不満げな顔をする。
「討伐対象は、ゾンビ、吸血鬼、魔物化した聖職者などです」
「聖職者が魔物になる?」
「まぁ……人外の力に魅入られると、ね。あと、契約しちゃったとか」
「契約?」
「古い遺跡の封印を解いたとか、知らずに呪物を使ったとか……。大体は無自覚ですけどね」
ルナが一歩前に出る。
「それ、調査対象になるんですね?」
「なります。むしろ調査依頼の方が多いです。原因不明の異変があると、うちに回ってきます」
ふと、レンを見る。レンはスケルトンの中でも異質だ。
もしかすると、何かに巻き込まれた。もと聖職者。いや聖騎士なのか?
強さを考えれば納得だが、本人はきょとんと話を聞いているだけだ。
考えすぎか。
「金髪ボブの赤目と、ポニーテールの赤目……そんな討伐者、いるか?」
フィーナの表情が変わる。
「その質問が出るってことは」
「ああ こないだその二人を見かけた。メイド姿だったけどな」
「モナさんが無事なら、討伐対象ではなかったのでしょう」
実際は嫁二人と言われ、レンの事も含めていたが、伏せておこう。
「人外の嫁をもらう変わり者だと言われたよ」
「変態と言われてました」
ルナが補足する。恨みがあるのか、あるだろうな巻き込んだし。
「言葉も交わしましたか、まぁ、今無事なら大丈夫でしょう」
「何者なんだ?」
「人外であり、教会にも協力……利害が一致する限り敵対しない人外ですね」
「よくわからないな」
「バンパイアハーフ。“ブラッドレイン”と呼ばれる存在です。人外でありながら人外を狩る」
「人外が、人外を狩る……?」
フィーナは頷く。
「正直、教会でも彼女たちを止める手段はありません」
「吸血鬼を倒すために、手に負えない吸血鬼の力を使うってことか」
「利害が一致しているから敵対しないだけです。特に姉のアッシュは異様に強い」
「俺が見たのは、吊り目のボブと、ポニーテール」
「間違いなく“ヴェル”と“アッシュ”ですね。ポニーテールの背が高い方が姉です」
「姉が強いと」
「でも妹のヴェルも規格外です」
「その姉妹が教会に協力してる、と」
「協力というより、“見極め”を優先して動いています」
「見極め?」
「人外が度を超えていないか。人と交わった者が、“まだ人間か”を――」
……俺たちのことか。いや、俺か。
「見られてるけど、無事なら大丈夫。ですが――」
フィーナの目が真剣になる。
「もし“あなた”が彼女達の基準を越えてしまったら……その時は、私でも助けられません」
ルナがちらりとこちらを見て、少しだけ目を細めた。
「今のところ、変態どまり」
「……せめてもう少しマシな言い方をしてくれ」
モナは、そっと俺の袖をつまんでいた。耳は伏せられ、しっぽは不安げに揺れている。
ああ、たぶんモナも感じてるんだ。
俺たちが、境界線の上を歩いてることを――。