【ルナ挿絵】憧れの最強
ルナはメイド服から着替えて戻ってきた。
暗めの布地に、薄手の皮のベスト。
軽装だが、実に彼女らしい。手には木剣ではなく、細身の片手剣が握られている。
稽古とはいえ、実戦を想定しているのか――セトは思わず息をのんだ。
お互い、五歩もあれば届く距離。その間合いを、ルナは一息で詰める。
踵から滑るような加速。セト相手なら、その一撃で決着がついていただろう。だが――
レンは、いともたやすくその剣を逸らす。力を込めているようには見えない。
半身をわずかにずらし、ショートソードで“いなす”。
追撃はしない。逸らされたルナは、体勢を低くして再び横薙ぎに切りかかる。
今度は半身ではかわせない――だが、レンは半歩下がり、すぐさま間合いを詰める。
ショートソードの先が、ルナの胸を軽く突いた。
――一呼吸の間に、決着がつく。
セトは思わず息を吐いた。背後からも、稽古場の若者たちのため息が漏れる。
ただひとつ、モナの剣を振る音だけが響いていた。モナは視線を動かさない。
教わった型を、黙々と反復している。
「場所を変えましょう」
ルナが稽古場の奥にある扉を開ける。その先は、四方を石壁で囲まれた閉鎖空間。
床も天井も石で敷き詰められ、わずかな光が壁の隙間から射している。
薄暗く、重い空気――まるで、かつてレンがいた小部屋のようだった。
壁には、さまざまな武器が整然と並べられている。それもまた、小部屋を思わせる。
「祖父があなたに負けてから、作った場所だと聞いています」
ぽつりと、ルナがつぶやく。
「よほど悔しかったのでしょう。同時に――誇らしかったのかもしれません。私は、あなたの強さを聞きながら育ちました」
ルナは片手剣を壁に戻し、バスターソードに手を伸ばす。明らかに彼女の体格には見合わないが――ルナはその重さを、まるで感じさせない。
レンは、ショートソードのままだ。
ルナはゆっくりと構えを取る。肩の力を抜きつつも、その瞳には一切の迷いがなかった。
肩口に抱えた剣を振り下ろす。
――その姿に、セトは既視感を覚える。
今まさにモナが繰り返している、あの“肩口からの打ち下ろし”。ルナのそれは、まさにその完成形だった。無駄のない、流れるような動き。研鑽と繰り返しの結晶。
「お願いできますか。もう一度」
ルナが言う。
レンは返事をせず、静かに一歩、踏み出す。
今度は距離を取ったまま、互いの呼吸が整うのを待つ。
ルナの視線が鋭くなる。構えたバスターソードが、地を鳴らすように振り上げられた。
第一撃。肩に抱えた剣が、踏み込みと同時に振り下ろされる。
――速い。重い。まるで“技”というより、“質量”の暴力。
レンは半身のまま、半歩前へ。ショートソードの腹で、ルナの肩を狙う。
だがその瞬間、ルナの体勢が剣先を軸に旋回する。
そして、畳みかけるように追撃が始まる。下からの振り上げ、横薙ぎ、回転による体重を乗せた斬撃――
すべてが、“仕留めるため”の一撃だった。
だが――レンは、それらをすべて正確に、いなす。
そして、ルナが一瞬だけ呼吸を乱した、その刹那。
レンのショートソードが、空気を裂き――ルナの首元で、ぴたりと止まっていた。
沈黙。
ルナが肩で息をしながら、静かに剣を下ろす。
「……これが、祖父が目指したものなんですね」
少しだけ笑い、ルナが言った。
レンは何も言わない。ただ剣を納め、ルナに微笑みかける。
今日は3部作でお届けします。
昼と夕方にも投稿予定ですので、ぜひお付き合いください!
評価や感想などいただけると作者が泣いて喜びます。
ではまた。