ルナ先生の剣術指南
モナに武器を持たせる前に、そもそも確認すべきことがあった。
「……モナ、武器の経験あるか?」
「えっと……ない、と思う」
モナは少し困ったように眉を寄せた。
「獣人での戦闘経験は?」
「それも、ない。変身できるようになったのも……この間が初めてだったし」
そんな会話をしていると、ルナがすっと近寄ってくる。
「よろしければ、稽古場にご案内いたしますよ。祖父が、剣術指南もしておりますので」
控えめながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「そうだね。一度、ルナの祖父に相手をしてもらうといい」
セラが腕を組んでうなずいた。
「前に言ったろ。ルナの祖父は、道場をやってるって」
「ああ、言ってたな。なるほど、それが安全で手っ取り早いか」
モナは少し緊張気味だが、素直にうなずいた。
「では、後ほどお連れしますね」
「見に行けないのが、残念だよ」
セラは肩をすくめる。
身支度を整え、ルナの案内で俺たちは町の外れにある道場へ向かった。
鍛錬の気配が響く、整った空間。
若者たちが気合を上げて剣を振る稽古場。
石畳の道場は、半分が屋外に開けており、もう半分は日差しを防ぐ屋根のある設計。
石と木と汗の匂い。無駄のない空間だ。
「祖父はもうすぐ来ると思います。見学なさいますか? それとも、私がお相手しましょうか?」
そう言ったルナの手には、いつの間にか一本の木剣が握られていた。
道場の隅で、モナへの剣術指南が始まる。
鉄製の両手剣。ルナいわく基本らしい。普段は爪と牙で戦ってきたモナにとって、獣人としての“初めての剣”は重く、ぎこちない。
だが――
ルナの丁寧な教えと、レンの実演が見事だった。
モナは見る見るうちに動きを覚えていく。
剣の振り方は鋭さを増し、鎧の重さにも徐々に慣れているようだった。
稽古場の若者たちが遠巻きに見つめているのは、モナでもルナでもなく――レンだった。
無理もない。
レンは、近隣の流派の技ならほとんど模倣できる。
加えて今は、銀髪の少女の姿だ。
ショートソード一本でモナに手ほどきしているが、その動きはまさに“達人”のそれだった。
「それではモナさん、今教えた動きを――百回、繰り返してください」
「百は多くないか?」
思わず口を挟んだ俺に、モナが小さく手を振って制した。
「だいじょうぶ。……やってみる」
そのまま、モナは一人で型の反復に入る。
ややぎこちないが、真剣な目をしていた。
そんな中、ルナがそっと一歩、前に出る。
「さて――モナさんが稽古している間、レンさん。私と、手合わせお願いできますか?」
稽古場の空気が、ぴりりと張りつめた。
剣を振っていた若者たちの手が止まり、視線が一斉に二人の少女に集まる。
稽古場の片隅で、レンとルナの手合わせが始まろうとしていた。