黒と銀と君の微笑み
今回の報酬は、人工スキンと――おまけにモナの服までついてきた。
長めのワンピース。すっぽり入って、モナはご機嫌だ。
尻尾は出せないが、問題ないらしい。
さて、レンに服を脱いでもらい、処置に入る。
モナは少し驚いたようだったが、黙って見ている。
セラが持ち込んだ人工スキン。
そしてモナから切り取った銀の髪。
いよいよ、レンの“理想形”に近づける時が来た。
だが俺の修理は、元通りに戻すためのものじゃない。
壊れたものには、壊れたものなりの“活かし方”がある。
美術商セラは、それを「味がある」と言った。
完全な修復も価値はあるが、“壊れた過去を受け入れて美しくなる”――
それが職人としての俺の色だと、彼女は笑ってくれる。
「出来栄えを楽しみにしてる」
それが、いつものセラの口癖だ。
職人としてか、商人としてか――それはわからない。
けれど、その言葉に背中を押されるのも、悪くない。
さて、作業開始だ。
肩から背中、肩甲骨までのスキン補填。
前回は急いだせいで薄くなっていたが、今回は丁寧に厚みを整える。
偽装の筋肉とはいえ、より滑らかに。
……胸元に使いすぎて、腕の分が足りなくなった。他意はない。ないんだ。
そして――銀の髪の移植。
今、レンには俺の黒髪がついている。
完成形を目指すなら、黒はもう必要ないのかもしれない。
そう思って、手を伸ばした。そのときだった。
「……レン?」
レンが、そっと俺の手を掴む。
金色の瞳が、ゆっくりと首を横に振る。
――黒を、残したいらしい。
驚いたが、否定はしなかった。
全部銀に揃えたほうが“完成度”は高いかもしれない。
けれど、本人が望むなら、それが一番だ。
「……わかった。じゃあ、黒は残して、銀を重ねるようにしよう」
意外と悪くない。
黒があることで、銀が引き立つ。
切り取った銀髪は、量も色も、モナ自身髪よりもわずかに白い。
その白が黒の上に重なることで、まるで宝石のような透明感を帯びていく。
なるほど、これはレンにこそ似合う髪だ。
もしかすると――あの子は、それに気づいていたのかもしれない。
「いい目をしてるな、レン……」
「……ちがうよ、鈍感セト」
横からモナの声。振り返る間もなく、足の甲が俺の脛をコツンと叩く。
「いてっ……」
何が“違う”のか。わかってるさ。
でも言葉にするには、少し照れくさい。
「……ほっとけ」
モナはぷいと顔をそらし、鼻を鳴らした。
その尻尾が、わずかに揺れているのを俺は見逃さなかった。
レンは鏡の前で、自分を見つめていた。
黒と銀の髪がふわりと揺れ、金の瞳が優しく光る。
その表情は――嬉しそうだった。
*
さて、今回はモナにも手伝ってもらう。
ワンドの魔力には限りがある。
だが、いまここにはモナがいる。
俺の前に立ったモナを、そっと抱き寄せるようにしてワンドを共に握る。
モナの魔力が、ゆっくりとワンドに流れ込む。
俺のイメージと、モナのイメージがひとつに重なって――
整えた人工スキンが、さらに人肌に近づいていく。
髪の黒と銀が混ざり合っていく。
レンは驚いたような顔をして――
すぐに、ふわりと笑った。
それは今までに見たどの笑顔よりも、あたたかくて、柔らかかった。
そして、俺とモナを――
そっと、けれどしっかりと抱き寄せた。
ふたりで支えたワンドの先から、淡い光が溶けていく。
まるで、心まで繋がったような錯覚に、思わず息を呑む。
「……レン、あったかい」
真ん中で押しつぶされていたモナが、小さな声で呟いた。
「……好きなんだよ、セトのこと。だけど――」
一瞬、言葉を飲み込み、少し間を空ける。
「……レンがいるセトが、いちばん好きなんだ」
顔を隠すように、モナはそっとレンの胸に額を預けた。
「……ちがうよ、泣いてなんかないから」
誰も何も言わなかった。
ただ三人で、静かにそのぬくもりを分け合っていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
話はまだまだ続きますが、ちょっと一区切りついたところですね。
モナとレンは読み切り段階から構想にあり、少し形は変わりましたが、3人の様子が書けて満足です。
それではまた明日。