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異世界の過渡期

病人は、誰かに助けてもらうべきである。

それを言った時、当たり前だと返ってきた。


そうか、だから貴様らは私に関わるのかと言ったら、そうだねと言われた。


「何を持って私を病人と決めつける」


「それはお前が、社会のはみ出しもので、私の子である来栖クルスを演じていないからだよ」


女の声がした。


目が覚めたら、夜だった。


「……いやな、夢」










掃除というのは、楽しいものだ。

埃を吸うから健康には悪いだろうが、無心で体を動かせるからだ。


あそこではいつも、考えることが嫌いだった。

考えろと、選択しろと、まるで自由を謳うのに、私は他者との同調を求められた。

親への従属と、世間への期待は、私を縛っていた。


その縛ってくるものが、まるで自分たちが正しいかのように私を殴ってくる。

私の心を苦しめて、そのことを話しても、誰も理解しない。


なぜ、何故世の中の人間の大抵は、ネットに溺れて100点中30点ぐらいの人生を送っているのに、偉そうになれるのだろうか。


私に対して何かを期待するのなら、自分でその期待を得てくれ。

私は、アイドルでも、愛玩動物でもないんだ。


私なんだ。


お前らの要望を叶えるために、生きているんじゃないのだ。


一つの部屋の掃除が終わる。

次の部屋の掃除が始まる。

また、無心で、でも過去の嫌な記憶はフラッシュバックしながら、腕を動かす。


そうだ、みんな考えたくないんだ。


難しいことを理解できないから、簡単なものを求める。

プロセスではなく、答えだけを。


だからメディアは嘘をついてでも、大袈裟に人を集める。


承認欲求を満たすために、嘘をつく。


そんな答えに価値はないのだが。


私に対しても、同じことが言える。


本当に、これは自惚でなく、私は人気があったらしい。


顔立ちの良さ、性格、そして業績!


そう、業績!


みんな私にそれを求める。


結果だけを、メディアが発表して、それを聞いた人がネットに丸写しする。


すれば承認欲求は満たせて、またそれを真似する人が出てきて。


みんな同じことが言いたいんだ、同調したいんだ。


社会に馴染めないと歌うソングを聴きながら、社会に同調したいのだ。


それは別に悪いことではない。脳が持つ機能なのだから。


集団で暮らしてきた生物としての人は、孤独を、孤立を避ける。


だからインターネットではみんな同じことを言うんだ。


だから、メディアが私の記憶喪失のことを報道して、記憶が戻ることが、良いと言えばインターネットのみなさまもそれと同じことを言ったのだ。


だからこそ、私は孤立したのだ。


こんなことなら、記憶喪失だけになるよりは、一緒に両腕を自分で切り押せばよかったのだろうか。










空は澄んでいる。窓は開いている。

だから綺麗な空気を、安らぎの音を、私は手に入れられる。


「ここは、いい場所でしょ」


アイナナがいる。これが当たり前だと思えるほど、私はここに馴染んでしまった。


けれど私が変わったわけではない。


人が変わる瞬間、それは死ぬ瞬間なのだから。


「気に入った?ここに住む?」


「それもいいかもしれません」


「あら、嬉しい」


「ずっと、故郷が嫌だったんです」


「へえ」


「記憶を失い、頭の中にずっと空洞ができているんです。そこに人の言葉がダイレクトに感じられるから、人の悪意や善意を真正面にうけてしまって、疲れてしまう」


「勘がいいのも、大変なのね」


「みんな、記憶のあった私を見ている。そこにいる私は、奇怪と憐みが向けられていた」


それは、嫌だった。


檻の中の見せ物みたいに、私は扱われていた。


壁に背をかけ、アイナナの目を見る。


綺麗な色をしている。


昔は人の顔を見るのが嫌いだった。日本にいた頃は人の顔を見るのが苦痛だった。


そこにある目は、私を愛玩動物としてみているのだから。


私は、健康だったのに!


「だから、お嬢様に会えた時に、こうして使えている時、私を私としてみてくれるから、楽しいのです」


ああ、私を見出してくれた、大切な人よ。


「ありがとうございます。私を、見つけてくれて」


「告白みたいねえ」


「それは、嫌ですね」


「あら、どうして」


「愛が、ラブとしてのそれが、嫌いなんです」


「それはまたどうして」


「人に感謝すると、人と関わると、すぐそう言われる。ただ感謝をすれば、私の周りには女が集まって、勝手に揉める」


「大変」


「私は、友達が欲しいのに、私の親愛をみんな愛として捉えてしまう。その方がいいように、愛は素晴らしいものだと言いたげに」


でもそんなわけない。


「私は、愛なんてくだらないと思ってます。そしてその先に結婚があると言う風潮も、嫌いです。なんだったらセックスも嫌いです」


みんな、愛を素晴らしいものとして語る。


そんなわけないのに。


「私は誰かと一緒にいたいだけなんです。ただ、一緒に居て辛くない人が、欲しいだけなんです」


それは友達と呼べるもので、決してそこに、愛はないのだ。









「なんでもできるんだねえ」


「たまたま、勢いだけですよ」


生きる、生きて知識や筋力を身につければ、大抵のことはできる。


そう、だから私は恐れたくない。


世間の目に反発するように、私は動いた。


将棋なんてせずアルバイトをしたし、介護なんて全部否定した。


そういう、自分から動く力が、なんでも頼まれるような動機となって、私は色々な仕事をさせられる。


農場にいた私を、アイナナが見つけた。


牛を撫で、重さを感じる鉄の容器を両手で持とうとすると、アイナナが代わりに持つ。


魔法、それがあるらしい世界。


けどアイナナのような華奢な体が、私より強い力を持っていたとしても、人間は変わってくれない。


せいぜい、性差がなくなるぐらいで、根本的な格差は無くなりはしないのだ。


「私に貴方が話しかけてきてくれた時、嬉しかったんです」


「前の話の続き?」


片手で私より重いものを持つ女性は、私の前を歩いている。


なんとなく、私の身の上話をするようになった。


この関係はやはり親愛で、決して恋愛ではない、美しく光のようなものだろう。


「ずっと、愛や親愛が信じられなかった。だってそれを向けられてあるのは、私ではなくて過去の私だったから」


他者の存在が鬱陶しいと感じていた。


いくら自己の証明に他者が必要不可欠とは言え、限度がある。


「記憶を取り戻して、そこまでの経験を積んで、自分が体験したことの見方が大幅に変わった。だから当然人の人格も変わるのに、誰も私を受け入れてくれなかった」


「だから逃げて、旅をして、あんなところにいたの?」


「旅はしてません。逃げただけで、あんな場所に気がついたらいただけなんですよ」


ここが好きだ。何より好きだ。


人を閉じ込める建物がなくて、開けた視界と鮮やかな色がある。


人の精一杯の営みが、顕著に表れていて、豊かなサイクルが繰り広げられている。


牧歌というのなら、それがいいな。


「私は、ここが好きになりました。狭い世界だけを見た、愚かな意見かもしれないけど、ここが好きなんです」


「そう、嬉しい」


私には、私が追い求めるものがあったんだと、知った。


「私は結局、親や周囲から独り立ち、したかったんです。私の個を、私の人格を、あるんだと証明したかった。そしてその機会を与えてくれた、この場所が好きなんです」

















「お断りします」


アイナナの、そういう言葉が言われれば、戦争の火蓋は切られてしまう。


こんな時代、つまり近代と中世の過渡期のような時代だからこそ、支配地域を広げるための戦争というのは起きてしまう。


それはどこも同じで、ファンタジックな魔物が存在していても、争いの種対象は人間なのだ。


「なんでこう、みんな領土を広げたがるの!?」


軍を引き連れて、帰ってきたアイナナが言う。


増えすぎた人間を養うため、産業が発達する。


しかし産業はいつの間にか人支配するようになり、産業のために人を増やす、つまり植民地が欲しくなる。


疲れを取るために休憩していて、私が淹れた紅茶を飲んでいた。


「ねえ、ちょっと来て」


手招きされ、その方へよれば、そこはシングルベッドである。


顔が近い、耳に息が掛かっている。


「そのさ、今回の戦争は、黒い髪の人たちとのなの」


その言葉に、私は何も思わなかった。


「そう、関係ないのね」


「船で行けるような場所ではないので」











戦争があっても人の営みは続く。


だから当然、子供は外で遊んだりする。


そもそもとしてこの時代の戦争というのは、まとめ上げる主体、今回の場合はアイナナが行う物。


我々の近代的な国全体を巻き込んだものよりは規模が小さいから、民衆に直接的な被害はあまり起きない。


それがアイナナの、強者としての地位を確保してきた実績がある彼女たれば、尚更である。


「だと言えるけれど、帰ってくるなんて思えないよな」


人なんて不意に死ぬ、同じように産まれる。


人の生き死にの中に感動的なものはなく、ただ卵を割って皿に落とすようなものだ。


だから今日、いきなり死体がこの屋敷に運び込まれたっておかしくはない。


「アイナナが死んだら、私は泣くんだろうか」








「黒い髪だって」


「はあ」


戦争の相手というのは、黒い髪の人達らしい。


が、肌は黒いので私とは根本が違う、はずだ。


「でもここら辺の国は、肌じゃなくて髪の毛で判断するわよ」


「そうなんですか」


「まあ、そうじゃなくても黒い髪なんて珍しいから、気をつけなさいよ」


「はい、ありがとうございます」










「……何?」


爆発の音が聞こえてしまった。


それは嫌な、システマティックな音で、戦争の音でもある。


戦争というのは過激さを増していく、時間が経てば戦力の投入が規模を増し、戦果も広がるからだ。


そういうのはこの世界でも同じで、そして魔法という人のエゴたるものを増長せしめるものがあれば、尚更常識のように広がっていた。


中世、西洋という世界観だが、戦争の仕方は国が主体の近代さと、王の私兵が集まる昔のような堤体を保っている。


最初は強大な個々が、決闘のような戦争を。


それで決着がつかぬなら、出来る限りの戦力を投入する体制なのだ。


が、そもそも初手で決着がつくのがほとんどであるこの時代の戦争に、領土を巻き込んだ戦争というのは滅多に起きないものである。


なぜなら強大な個々というのは言ってしまえば核、一手で全てを破壊するようなものであるからだ。


その強大な力がゆえに王政が主体となり、王権神授説より、もっと大袈裟で、けれど説得力をもってしまうものがあるから君主制は続く。


だからこの世界の、この時代の王様というのはその国で一番強い人と言うことで、戦争の初手はその最強がぶつかるから、すぐに決着がつく。


なら何故つかぬのか、それは海を超えた先の人方、つまりルールが違う人間だからだ。









「逃げないんですか」


「そう言うセリフは、自分にも言えるだろう」


アイナナの父は、屋敷に残り外を見る。


爆発の果て、戦場を。


その爆発が、ゆらりと倒れるドミノのようにこちらへ近づいていれば、当然危機感というのも湧いて出てくる。


やや広めのこの街で、残った私たち二人は仕方もなく時を流している。


避難民は今頃、隣の国へ行っているはずなのだけれど。


「結局として、この戦争が終わらなければ帰れはしない」


戦争の、闘争の果てとは誰にでも終わりが見えてきて、そして敗者となる座のものがようやく現実を飲み込んでこその終わりである。


しかしその果てが一つ、つまり相手の目的が支配であれば、領土の奪取であれば、欲望を追い求める物であればこそ、果てもなさそうな感じになってしまう。


戦争は、いつ終わるのだろう。

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