9.レームの町
「…える」
「…ノエル!」
「ノエル!!」
はっ!
目を全開に開く。
俺、大事なとこで気を失って…!
「ルイ!」
「…ってあれ…???」
目の前には、エリック、狸亭の女将と主人がいた。
「良かった〜」
「死んだかと思ったよ」
「ノエル!無事で良かった!」
「……?」
◇◇◇
レームの町は壊滅した。
人的被害は少なかったが、建物は半壊から全壊で、とても住める状態ではなかった。
レームの中心地では、不安気な顔をした民が集まっていた。
明らかに高レベルの魔物を見かけた者が何人もおり、人々はこの地で何か恐ろしいことが起こるのではないかと噂し、恐れた。
町の代表者や王都の役人と協議した結果、レームの町はここより更に南下した場所に新たに再建されることとなった。
復興や移転が進み、新たなレームの町ができていく。
衰弱した俺を、狸亭の夫婦が強引に連れてきた。
疎開の馬車が、草原を走る。
◇◇◇
新・狸亭のカウンターで俺は地図を広げていた。
傷はすっかり良くなった。
微妙にダサいバンダナタオルというか、ほっかむりも新調し、生活もだいぶ元に戻ってきた頃だ。
やはりこれをつけてると落ち着く。
「…」
地図を見ていると、レームの町に感じていた違和感がわかった。
ゲームで見ていたレームは、新しい方だ。
指で地図をなぞっていく。
元々あったレームの場所は、ゲームでは毒の沼地が広がっていて…。
単なるフィールドの飾りとしか思ってなかったけど…。
新しいレームの町は、貴族も移住すると噂されている。
町並みも整然と区画整理され、着々と俺が知ってるレームの町になろうとしている。
傾国のマリアはいないが、史実は予定通り進んでいる事を実感する。
まさかあの出来事があったから?
あの日を最後に、ルイの姿を見たものはいない。
ルイが起こした事は、史実…?
「…」
あの時俺は、話を聞いてしまった。
『その人を助けて。俺はどうなっても良いから』
(ダメだ、やめろ)
消えかける意識の中、ルイに声をかけようと抗うが、無理だった。
魔物は暴走を止めた後、ルイを連れてどこかへ行ってしまった。
「…」
涙腺が緩み、ぼたぼたと涙が溢れてきた。
町一つ滅ぼすモブなんている筈がない。
だから、ルイは死んでない。
ルイは生きてる。
絶対に生きている。
「…」
結論から言えば、ルイと言うキャラクターはいない。
ただ、該当しそうな奴はいる。
『あなたは良い器になりそうだ』
愉快そうな響きで魔物はそう言った。
該当しそうなキャラはいる。
『魔導士ルーシュ・ペンタグラム』。
黒のフードとマントに身を隠す、得体の知れぬ奇妙な男。真の姿は魔界から送られた魔族。黒と赤のオッドアイを持つ、魔王の器。
彼は後の魔王だ。
勇者パーティにいながら最終決戦前、魔王に体を受け渡し、世界を滅ぼす。
そう、世界は滅ぶのだ。
しかし、再び挑んだ勇者達の手によって彼は完全に消滅させられる。
救済一切なしの登場人物。
最初から最後まで不幸な、人類の敵。
「…なんであいつばっかり苦しめるんだよ!!」
机を思い切り叩く。
ーーあいつ!俺なんかを守るために魔物と取引しやがった!!
ルイが魔族に?
魔導士ルーシュの、全てに絶望した瞳。
今も辛い目にあっているのだろうか。
「俺は悪役なんだから、守る価値なんてないのに…!」
親から捨てられ、酷い目に遭ったのは同じだが、あいつはもっと酷い。
俺にはマリアがいたけど、お前は誰もいなかった。
「俺の決意を無駄にすんなよ!バカ!」
「…くそ!くそ!」
でも、俺ではルイを生かす事はできなかった。
何で俺は悪女なんだ?
何で俺は弱いんだ…。
「うわあああ…!!」
「ノエル!大丈夫!?」
扉を激しく叩く、幼い声が聞こえる。
エリックだ。
扉を開けると、騎士見習いの服を着けたエリックの姿があった。
「…ごめん。悪い夢を見た。驚かせて悪かった」
取り乱して、放心状態が抜けない俺を見て、エリックは心底気の毒そうな表情を見せた。
「…まだ本調子じゃないんだから、少し休んでよ。代わりに何か手伝うから…」
「いや、大丈夫だ」
「しばらく会えなくなるんだし、甘えときなさいよ」
「エリック…カミーユさん」
女将のカミーユさんまで心配して、顔を出してくれた。
「それじゃ…甘えます」
「任せて!」
エリックは人懐こい笑顔でそう言った。
俺は手を振って、彼の後姿を見送る。
作り笑顔はすぐに引っ込んだ。
エリック。
勇者エリック・ウィンドル。
…将来ルーシュを殺す男。




