8.選択
◇
「うっ…」
体がめちゃくちゃ痛い。
時々小石か砂?が顔に当たってる。
顔の近くで犬が土掘りでもしてるのだろうか…?
恐る恐る目を開けてみると、薄暗い。
なんだ雨でも降んのかよ。
「ノエル…」
「あ?」
「ノエル」
「…ルイ?」
「どうして」
思い出した!
「いってえ…」
あのクソ男にボコボコにされたんだっけ。
気絶してたか。
「!」
胸元がほんのり温かい事に気がつく。
服の内側に入れていた薬草が反応している。
「…お前魔力あったんだな」
ルイの魔力に反応して薬草が反応したんだ。
ルイに魔力があった事も驚いたが、治癒系って助けたい気持ちがないと反応しないんだ。
「ありがとう」
「ノエルぅ…!えっ、えっ」
「よしよし」
珍しく子供らしい反応を示すルイは可愛かった。
感情を表に出すのは珍しい。
よっぽど怖かったんだな…。
って。
「町、やばくない?」
黒い竜巻が何本も辺りを取り囲み、破壊している。
このままじゃレームの町が壊滅する。
「ルイ、お前が出してんのか?止めろっ」
「…どうすればいいの?」
人々が慌てて避難していく喧騒の中、俺は慌てる。
当のルイは無感情だ。
人が側で吹き飛ばされてるのに、全く表情を動かさない。
さっきまでの可愛いルイはどこいった。
「う〜っ」
頭を抱えてしまう。
逃げ惑う人々の中、見知った顔がいた。
「エリック!?」
「ノエル!?」
ルイのご近所の子供、エリックだった。
エリックは暴風吹き荒れる中、俺たちに向かって叫ぶ。
「ノエル、ルイ、逃げて!ここは危ない!」
「こっちは、大丈夫だ!早く逃げろ!」
エリックは俺の言葉を無視して近付こうとする。
声を出すだけで辛い。
何とか声を絞りだしたのに、伝わってないのか?
辺りは暴風で非常に危険だ。
体重の軽い子供なんて簡単に吹き飛んでしまうだろう。
それ以前にエリックは絶対に死んではならない。
早く二人とも逃さないと。
「…っ!」
俺は立ち上がろうとするが、全身に激痛が走って無理だった。
痛い…!!
眦から涙が伝う。
俺の作った薬草に、大きな回復効果はない。
全然治ってない。
HPが見えてたら赤。絶対瀕死。
一桁。
冗談抜きで本当に死ぬ。
エリックが向かってくる。
どいつもこいつも…!
こうなったらエリックにルイを託すか…!?
「ルイ…!」
「…?」
振り向くとルイの様子がおかしい。
いつのまにか、手を頭上にかざしたまま動かない。
呼吸音が全力疾走した後のように深くて、早い。
「どうした…?」
「ノエル、エリックと、逃げて」
「………」
俺は腐っても貴族の端くれだった。
魔力を感知できる力は、平民になっても未だ備わっているらしい。
「なんだ…あれ」
頭上を見ると帯重なった幾つもの黒い竜巻が電気を帯び、ルイに覆い被さろうとしていた。
一瞬言葉を失った。
ーーー魔力の暴走。
魔力を持つ者は通常、家族や教師から制御する術を学ぶ。
暴走するリスクがあるからだ。
しかし、例え暴発したとして小さな怪我で終わるのが普通なのだが…。
頭上の、周囲を取り囲む黒く禍々しいものは。
あの大量の魔力はなんだ?
ぶわっと全身から冷や汗が出る。
ものすごい魔力だ。
貴族社会でも見た事がない。
こんなの…人間に出せる量なのか?
「ノエル、っ、逃げ、…」
「!」
ルイはめちゃくちゃ辛そうだ。
「…」
こんな、町を包むほどの暴走。
制御できてる方がおかしい。
「………!!」
時間の問題だろう。
ルイの手の平は裂けて、血が流れ、腕に伝っている。
頭上の魔力が暴発すると命に関わるだろう。
言葉がでなかった。
「ノエル!ルイ!」
「わああぁぁ…………」
視線の端で、無理やり父親に担がれて去っていくエリックを捉える。
「…」
周囲の人々も見当たらない。
あらかた避難はできたのだろう。
未だ竜巻と暴風はなおらない。
どころか、酷くなっている。
風の音しか聞こえない。
むしろ静かに感じるから不思議だ。
「…ノエル!早く逃げて!!」
余裕がなく、怒りの混ざった声でルイは叫んだ。
俺はルイと視線を合わせる。
もしかしたら、俺一人で這い出て逃げる事はできるかもしれない。
けど、そしたらルイはどうなるんだ?
ルイはどうやったってこのまま死ぬだろう。
生き残るためには見捨てるしかない…!
胸が傷んだ。
…俺だって訳のわからないままこんな世界に放り出されて、辛い事ばかりだ。
何で俺だけって、理不尽を感じることはある。
でも、人から助けられて、愛されてた記憶があるから俺は何とか生きている。
本当だったら、この世界のために本来の役割をやらなくちゃダメかも知れない。
それでも俺は生きたい。
マリアが助けてくれたんだ。
与えられた人生がクソだったら逃げる。
自分の道を歩む。
マリアが悲しむような人生は送りたくなかった。
だから、ルイも嫌だったら逃げて良かったんだ。
そして、わかった事がある。
俺は誰かを不幸にするんじゃなくて、誰かを幸せにする人生に憧れていたんだ。
俺みたいに、惨めで可哀想な境遇のまま死なせたくない。そんなのって、あんまりだろ。
俺はそんな奴だからこそ、救いたかったんだな。
「ふ…」
思わず笑みが出た。
「俺はここにいる」
「…!?」
驚愕するルイの顔を見つめる。
「ごめんな、動けないんだ」
実際、気を緩めると意識を失いそうだ。
でも例え動けたとしても動かないだろうな。
「……」
頭がうまく働かない。
せめて、一人にさせたくない。
「だから、絶対、お前のせいじゃないから…」
「守れなくて、ごめん…」
俺はルイの体を守るように抱きしめたが、力が入らずそのまま地面に崩れ落ちた。
◇
「ノエル!?ノエル!?」
突然倒れたノエルを見て全身がヒヤッとする。
「…」
顔色は悪いけど、まだ死んでない。
気絶したんだ。さっきみたいに。
だけど安心できなかった。
黒いモヤモヤが言う事を聞いてくれない。
ノエルのバカ…どうしてエリックと逃げなかったんだよ…。
俺なんか一人で死ねば良かったのに。
死ねたのに…!!
「うっ…うっ…」
このままじゃ、ノエルが…。
「助けて、誰か助けて…」
自然と呟いていた。
誰も助けてくれないとわかっていたのに。
「ノエルを、助けて…」
『おやおや…』
「!!」
気付かなかった。
人程の大きさのカエルの魔物がそこにいた。
驚いて、思わず力を止めてしまった。
あーーー!
『おっと』
『ちゃんとコントロールしてください』
体勢を崩した場所に杖を奮い、魔力を注ぐ。
俺と同じ黒いモヤモヤだ。
しかし魔物はすぐに止めてしまう。
慌てて俺はモヤモヤを放出する。
ズンッと重いモヤモヤが再びのしかかってきた。
苦しいけど、ノエルが巻き込まれるのは嫌だった。
「…ぐっ!!」
痛みは慣れてる筈なのに…!
『素敵な魔力に誘われてみれば…こんな子供だったなんてねぇ』
魔物は耳元で妖しく囁いた。
紫の肌。
コウモリのような翼をはためかせ、上半身は蛙、下半身は鳥獣の異形が、浮遊している。
『ふぅん…』
魔物は俺とノエルをジロジロ見ている。
なんで殺さないんだろう…。
殺す気はないのか…?
「はぁ、はぁ、はぁ」
もう抑えられない。
俺は一縷の望みをかけ魔物に懇願する。
「その人を、助けて…」
「俺はどうなってもいいから…」
魔物は欠けた月のような目をして笑った。
『いいですよお、あなたは良い器になりそうだ』