7.お節介の代償
「はぁ、はぁ、はぁ!」
スラムの路地裏から子供が全速力で駆けてくる。
「ノエル!ダメだ!
行かないでー!!」
声が聞こえて、馬車の窓枠から顔を出す。
馬車の目前ではルイが両手を広げ、立ち塞がっている。
手首の皮膚が痛々しく、擦りきれている。
「!」
背後の通り道には木箱や棒で作った障害物が設置されており、馬は嫌がり歩みを止める。
「しつこいガキだな!」
「うわあああ!」
地面に降り立ったベルドに、ルイは棒で殴りかかるが片手で止められ、盛大に蹴飛ばされる。
ガシャンガシャン!と大きな音が聞こえた。
背後の木箱に強く打ち付けられ、小さな子供はなおも立とうと、もがいている。
ベルドは見るからに苛ついていて、奪い取った棒をを投げ捨てた。
懐から短剣を取り出す。
「本当にやっかいなガキだ」
「…っ!」
ガシャガシャ!
馬車の扉を開けようとしたが鍵がかかっている。
剥き出しの木枠のみの窓から何とか這い出し、頭から地面に落下した。
体を立ち上がらせ、ルイの元へ走る。
「ルイっ!」
ベルドが剣を振り下ろしている間に、飛び込んだ。
「…っ!?」
「うぐっ!!」
肩を切られた。
「ノエル!?」
かすり傷だ。致命傷じゃない。
ルイを抱きしめる。
「このっ、あぶねぇ!!」
商品を殺すのを恐れて、すんでのところで力を抑えたようだ。
そうだ。俺、商品だったな。
「ノエル…ごめん、俺」
ルイは泣いていた。
この野郎。
顔を叩いてやりたいが、もう既にボロボロだ。
「お前っ!死ぬつもりかよ!?命は大切にしろっ!!」
「…!」
「逃げろ!逃げるんだよバカっ!!」
ルイを引っ掴み、手を取り駆け出した。
肩から流れた俺の血が、ルイの頬を汚す。
痛いが、我慢だ。
背後からベルドと手下が近付いてくる。
ダメだ、逃げ切れない。
追いつかれる!
「オイオイ〜言ったよな、言う事聞くって」
「…!!」
胸ぐらを掴まれ建物の壁に叩きつけられる。
「がっ…!」
「逃げんじゃねえぞ!」
鞘から抜いた剣を目前でちらつかせる。
頭がクラクラする。
「……ゲホッ、ガハッ」
苦しい、痛い。
しっかりしろ。
見れば、ルイとベルドが対峙している。
「てめぇ…」
ベルドはルイから距離をとっていて、何か様子を伺っているように見えた。
「…ん?」
ルイに違和感を感じた。
体が黒いモヤに包まれてる。
ルイの視線はまっすぐベルドを捉えたまま。
肩を上下させていて、とても苦しそうだ。
ベルドが剣でルイを切りつけた。
「ひっ!」
俺は思わず声を出す。
一瞬ヒヤッとしたが、ルイから出た黒いモヤが 刃物を通してない様子だった。
二の腕で頭を庇ったルイの腕からは、血が出ていない。
「このっ!気持ち悪いんだよ!」
再びベルドは何度も剣で切り付ける。
「ぐっ…」
「化け物が!」
ベルドの剣は重い。
それに耐えてるルイもおかしい。
しかしダメージはあるのか、ルイは小さな体を更に縮こめる。
「さっさと死ね!」
剣を捨てたベルドは小さな体に向かって蹴りや拳を容赦なく叩き込む。
「お前…!もうやめろよ!」
俺はルイの側に再び駆けつける。
『邪魔だ!』
「…っ!」
男の怒声には威嚇も入っていた。
体の力が若干抜けてしまう。
(ルイから絶対離れない)
腕や足を引っ張られるが、意地でも離れない。
こんなの絶対間違ってる。
「このっ…何度も何度も…」
「…がっ!」
背中を蹴り付けられて、一瞬息が止まる。
吸い込むまもなく、怒りで手加減なしの蹴りが何回もやってくる
一発、一発が重くて、思わず死を覚悟する。
痛い!
痛い!
痛い…!
「ノエル…?」
眼下で涙ぐんだルイの声が聞こえる。
苦痛で歪んだ俺の表情が、思わず笑顔に変わる。
痛いのに、苦しいのに、なんでだろうな。
「大丈夫だからな…!」
ああ、そうか。
傾国の悪女になって処刑されるよりは、子供を庇って死んだ方が何百倍もマシだ。
歯を食いしばる。
我ながら良い死に様だ。
「生きろよ…」
ふっと意識が遠のいていく。
◇
「ノエル…血が出てる」
「ノエル…?」
ノエルは動かなくなっていた。
ほとんど聞こえなかったけど、「生きろ」と言ってくれた。
温かい体。
こんなふうに抱きしめられた事はない。
「は?死んじまったのかよ!?」
我に返ったベルドは心底驚いていた。
「大損害だ!あーっ!」
ベルドはノエルの体を乱暴に引き剥がした。
キレイな顔。
血の気が引いていた。
俺を庇って、死んでしまった。
優しい…優しい人…。
「うわああー!ノエルー!!」
俺は大声で泣いた。
なんで俺はこんなに苦しいんだ。
辛いんだ。
憎い。
この世の全てが憎い。
「てめぇのせいで…!
「うわぁあ!?」
黒い竜巻がベルドを吹き飛ばす。
耳障りな叫び声が遠くなり、頬や髪に血が小雨のようにポタポタ落ちて不快な気持ちになる。
俺はそっとノエルを抱き寄せた。
俺を助けたせいで…。
こんな目にあわせてごめんなさい。
お母さんからも嫌われて、みんなからも嫌われて。
真っ暗な世界で光った、暖かい光。
ノエルがいない世界なんていらない。
俺はぎゅっとノエルの体を抱きしめた。