6.お節介③
走ってきたのか、どこからか息をきらしたルイが目の前に現れた。
両手を広げ、ベルドの行く手を阻む。
「はぁ、はぁ」
ルイも威嚇の効果があったようだ。それに抗うようガタガタ震えているが、一歩も引かない。
久しぶりに見たルイは相変わらず小さな体で、口角には殴られたような目新しい傷ができていた。
ルイはベルドに体当たりし、がむしゃらに殴りかかる。
「このクソガキ!邪魔すんじゃねえ!」
ベルドの取り巻きから蹴られるが、すぐに起き上がり、突進する。
その度に殴られ、蹴られるのだが、ルイは諦めなかった。
俺を肩に担いだベルドは、ルイに近づいたかと思うと。
真顔のまま重たい蹴りをルイに叩き込んだ。
蹴りはルイの小さな体にめり込む。
「かはっ、」
胃液を吐きながら、ルイは倒れ込む。
「…ルイ…っ!」
駆けつけてやりたいが、体が動かない。
顔を少し上げ、声を絞り出すのがやっとだ。
「うぐえっ、っは、げえっ」
ルイは酷く苦しそうだ。
「行くぞ」
ベルドは取り巻きに向かってそう言った。
「……うわああぁ!」
えづいていたルイが、隙をついてベルドの足に噛みついた。
「…このガキ!」
振り下ろした素早い拳が頬にめり込み、傍に歯が数本転がった。
「……!」
俺は思わず顔を背けた。
「仕事の邪魔までするとはね………ぶっ殺す」
怒りを露わにした男から殺意のようなものを感じ、ビリビリと鳥肌が立つ。
ベルドの言葉は本気だろう。
「や…や…やめろー!!」
なんとか気合いで声を張り上げた。
「はぁはぁ」
声を上げただけなのに、酷く息切れがする。
威嚇の効果が切れたのか、体に力が戻ってくる。
肩から滑りおち、ドサっと床に尻餅をついた。
すかさず声を張り上げた。
「…わかった!言うことは聞く」
「だからアイツに手を出すな…頼む」
俺はベルドに懇願する。
「どっちが親かわかんなえな」
仲間の一人に言われ「けっ」と地面に唾をはく。
「おい!そのツラもう見せんじゃねえぞ!」
床にうつ伏せているルイに怒気を荒げた。
「おっかねえ〜」
「どうせ俺の子じゃねえ。馴染みの売女が寄越してきやがっただけだ!汚ねえし気味悪いし、見てやっただけ感謝して欲しいくらいさ!」
縛り付けられたルイは頭から血を流して動かない。
「おい、さっさと立て」
俺は威圧が残る身体で少しふらつきながら、黙ってベルド達についていく。
「…」
力が出ない。
ガタガタ体が震える。
…さ、最悪だ。
勢いで助けちまった。
俺は魔力も腕力もない。
王に侍り、他人の前で恥ずかしげもなく醜態を晒し、主人公とヒーローの愛を深める噛ませ犬。
国の崩壊に加担し、破滅の道を歩ませる人物。
その道は短く暗い、一本道。
本来ならその役割をまっとうしなくちゃならないのだろう。
でも。
俺は自分の命が可愛くて、役割を拒絶して、ここまで生きてきた。
マリア…。
ふっと彼女の顔が浮かんだ。
流れるような銀髪が、春風にそっと揺れる。
肩までかかる紫がかった銀髪。透き通るような肌。美しい顔。華奢な身体。
優しい眼差しの紫。
記憶の中のマリアは常に微笑んでいる。
16歳で永遠に時が止まってしまった眩い少女。
家族で唯一俺に優しい、自慢の姉だった。
同じ色が好きだった。
辛い時も、生きる力を与えてくれた、俺を生かしてくれた、大事なもの。
『マリアは死んでなかった!!』
アーノルドと初めて会った時。
奴の様子は既に異常だった。
あの男は将来、間違いなく魔族の手をとり、世界を滅ぼすため動く。
結局、俺はマリアの代わりになれない。
俺ではアーノルド王を止められなかった。
アラン王子は父アーノルドを幽閉し、俺は王を唆した罪で処刑される。
燃える炎の中、処刑される直前まで充血した目と、傷だらけの体で、狂ったように笑い続けた女。
「……ああ」
咄嗟にこうなっちまった…。
バカだ。俺。
せっかく違う人生を生きるチャンスだったのに。
所詮俺は傾国の悪女、妾のマリア。
俺は再び彼女の名を汚してしまうのか。
「くそっ…!」
何で涙が出るんだろう。
両手を握りしめるが、震えは治らない。
どうしよう。
怖い。
怖い…。
俺は馬車に押し込まれる。
俺は俯き、目を閉じた。