5.お節介②
◇◇◇
「…もうたすけないで」
ルイは力なく呟いた。
そのままよろよろと立ち上がり、去っていく。
暗い表情が印象的だった。
去り際、小さな背中が目に入る。
あまりにも小さく、痛ましかった。
「…」
あれは2週間程の事。
あれ以来彼の姿を見ていない。
今までは、なんだかんだ定期的に見かけていたのだが。
ちゃんと食ってるだろうか。
いや、そもそも最近様子がおかしかった。
俺と目が合うと逃げたり、話しかけてもすぐに切り上げどこかに行ってしまったり。
…もしかして避けられてる?
軽くショックだった。
大分心を許してくれたと思っていたのに…。
同情が嫌になったとか?
俺が中途半端ヤロウだから嫌になった?
そもそも根本的な原因の、暴力…。
ルイの親の事はスルーしてるからな、俺。
「うーん…」
ルイの住むブロックへ目を向ける。
以前一度だけ見かけた冒険者崩れのような男。
あれがルイの親。
名前は確か、ベルドと言ったっけ。
暴力は日常茶飯事みたいだし、何かのはずみで、打ちどころがわるかったら…。
考えているうちに、最悪な状況を想像してしまう。
居ても立っても居られなくなった俺は、気がつくと足早にあの場所へ向かった。
◇◇◇
向かった先は町で一番治安が悪く、汚い一角だ。
王都から離れた田舎とは言え、酷すぎる。
通りを歩いていると、路上はぐっと汚くなる。
ゴミを漁る野良犬や野良猫。
昼間にもかかわらず大人たちは路上で酒を飲み、地面で寝てる者もいる。
思い切って、ルイの家があるという通りの近くにやってきた。
俺に気が付いた者がヒソヒソ、ニヤニヤ。
思わずバンダナタオルを深く被る。
…やっぱダメだ。
帰ろう。
「…わっ」
目の前の路地裏から男達が出てきた。
ガラの悪い連中が3人。
酒臭い大男には見覚えがある。
ルイの父親、ベルドと言うらしい。
「お?誰かと思えば…あれの友達じゃねえか。あれならこの先で寝てるぞ」
「いつもみたいに助けてやんな〜」
ゲラゲラと、何がおかしいのか側にいる赤ら顔の男も笑っている。
ひとまずルイの無事がわかってホッとするが、
ベルドの笑ってるようで笑ってない目と視線が合った。
体が緊張して強張る。
近くで見ると、威圧感がある。
噂では結構名がたった冒険者らしい。
右手の第一指から第四指がごっそり欠損している。
戦闘などで負傷し、冒険者を続けられなくなったのだろうか。
手足の筋肉は丸太のように発達し、太い。
こんなのに殴られたり、蹴られたりしてよく死ななかったな。
「…」
コイツと関わるのは危険な気がする。
「そうか、じゃあな」
「おっと」
去り際肩を掴んできた。
「触るな!」
ギリっと強く掴まれたので、勢いよく叩き返した。
「なあ、お前。薬草の知識はどこで手に入れた?」
「…!」
唐突に言われ、思わず身構えてしてしまう。
薬草の事を言われ、ルイを思い出す。
確かに薬草の見分け方を教えた。
多少喪失感を覚えたものの、信じて教えようと決めたのは俺だ。
「? 何のことだ?」
さも知らないという顔で俺は返事を返した。
「へえ…」
ベルドは顎を撫でながら面白そうに言った。
「なぁお前、元貴族…だったりしてな?」
「…」
「狸亭とかいう酒処で働いてるな?お前はなぁんかなぁ…」
「訳ありかぁ?」
探るような目でじっと見られる。
男の目は疑いつつも、それがほぼ確信してる事実のようだ。
「俺が貴族…ねえ」
貴族と疑われたのは初めてではなかった。
ノエルの癖が強く残っていた半年は特に酷かった。
俺の人格が強くなるにつれてそういったことは少なくなっていった。
仮に俺の中で貴族っぽさが残っていたとして、それをベルドのような輩が気にする事は一つだろう。
「誘拐か?没落したか?なあ…勿論魔力はあるんだよな?」
ほらきた。
平民は魔力を持たない者が多く、珍しい。
そのため貴族=魔力持ちという風潮はある。
残念だが、俺に貴族の魔力はない。
例え魔力目的で引っ掴まれても、見る人が見れば魔力がほとんどない事はわかるから無駄足なんだよな。
「調べてみるか?」
俺の本音を含みまくった声音から、ベルドは勘が外れたような、悔しそうな表情をする。
しかし、すぐに表情を笑みに変える。
「あいつに薬草の見分け方を教えたな?なあ、どこに生えてるんだ?教えろよ」
「!?」
乱暴に顎を掴みかかられ、身動きができない。
元冒険者だけあって腕力が違いすぎる。
「はな、せっ!」
口元の動きが制限されてるため上手く喋れない。
「お?」
眼鏡と、髪に巻いたバンダナを外され、前髪を強引に引っ張られる。
痛みで思わず顔をしかめる。
「いて…」
対照的にベルドは目を見開き、興奮しているようだった。
「マジかよ!」
「…?」
なんだ…?
「見ろよ!あの顔、髪、目の色…!!!」
「おいおい、とんだ掘り出し物だ!」
「ルイに感謝だぜ!」
ベルドの様子に、血の気が引く。
「薬草の知識に、そのツラ…いいねえ、いいねえ」
「なに、お前にとっても良い話だ。この国の王様が、銀髪で紫目の女が大好きだそうだ。お前のツラなら問題ねえ。王様相手とは名誉だろ」
「…!」
喉がつまる。
俺は顔を曇らせる。
王様…。
アーノルド・リクティアの事だろうか。
「娼館でも売り切れちまって困ってたところさ。いやぁ嬉しいなあ」
…あいつ、まだ代わりを探してるのか?
娼館は自ら働く者もいるが、人身売買の行き着く先でもある。
銀髪や紫目は少ないがそこそこいるのに。
売り切れって、どういうことだ?
怖い結末しか浮かばない。
ゲームのスチル。
アーノルドの部屋。
マリアに似た人形が何体も切り裂かれてる部屋の様子は恐怖だった。
その執着と言うか性癖は異常としか言いようがない。
…ムリ。絶対ムリ!
売り飛ばされる!!
「離せっ!!」
死に物狂いで暴れるが、腕力が違いすぎてびくともしない。
体力だけ消耗していくが、抵抗をやめられなかった。
ベルドは舌打ちする。
「商品はぶっ壊せねえから面倒だなっ!」
嫌な予感がして振り向くと。男はすーっと息を吸い込んでいて。
周りの男達が耳を防ぎ、顔を下に向ける。
『……動くな!!!!!』
周囲に音の波紋が広がるような大声。
「!?」
体が痺れ出す。
動けない。
呼吸もかろうじて。
苦しい。
何だこれ…!
「い、か…く?」
「ハハハーよく知ってんじゃないか、そうだ。『威嚇』だ」
ゲームで何度か目にした。
そもそも魔物にする技だし、人間相手にするとかマジか。
「稼がせてもらうぜ」
「…っ!」
髪をグッと引っ掴まれる。
抵抗する術を失われ、荷物のように肩に背負わされる。
「ノエルを離せ!」