3.レームの子供と薬草
「いいか、これっきりだからな」
子供の顔をよく見る。
右頬が酷く腫れている。
左目は綺麗な黒だったが、右目は濁った白色をしていた。
「…」
お湯で湿らせたタオルで、優しく顔を拭く。
子供はわずかに顔をしかめる。
…やっぱ痛いよな。
同情した結果、俺は子供を部屋に連れてきてしまった。
誘拐だとか、因縁をつけられたらシャレにならない。
あんな状態の子供を、見捨てる事ができなかった。
「…たのんでない」
心底嫌そうな顔で呟く子供の様子が妙にツボる。
「意外と元気だな」
この世界の人間は比較的タフと言うか、回復が早いのを失念していた。
少し安心する。
「それ、いつからだ?」
俺は濁った右目を指す。
「…この目は、結構前から、だから」
「ふうん」
物体や光は感じる事ができ、ぼんやりとは見えるらしい。
不便だろうが、歩行も問題なさそう。
専門家じゃないから何とも言えないけど、俺にできることはないな。
体を拭いて、服を着替えさせる。
着ていた服は汚くて捨てたいけど、一着しかないパターンもありそうだから…後で洗っとくか。
木桶に放る。
戸棚を開いて、包んだ葉っぱ取り出す。
葉っぱを開くと、見慣れた緑色のモチ。
「それなに」
「傷薬かな、多分」
この世界は治癒魔法が存在する。
元々ゲームの世界だしな。
この世界の治癒魔法は使える者は限られていて、そう都合よく怪我を治す事はできない。
使えない大半の者は、教会でお布施をし、治癒魔法をかけてもらう。
もしくは薬草で治す。あるいは自然治癒に任せる。
治癒魔法も薬草も教会で扱ってるんだけど、高い。
俺みたいな貧乏人には手が届かない。
「少し冷たいぞ」
葉っぱに包まれた、もったりしたペースト状の薬草を傷口に塗り込む。
良くなれ。
良くなれ…。
キラキラと小さく光りが瞬いて、ゆっくり傷が塞がっていく。
どういう原理でそうなるかは不明だが、そういう世界なのだ。
「きれい…」
蝋燭一つの薄暗い部屋の中で、淡い緑の光は蛍のように控えめに瞬き幻想的だった。
興味深そうに見つめる顔は、好奇心にあふれた未来ある子供の顔だ。
そういう顔もできるんだな。
お兄さん少し安心したよ。
体の傷や、目の腫れが少し良くなった。
効果があって良かった。
文字通り、怪我が魔法のように良くなる治癒魔法に薬草。
この世界にある事は知っていたし、治癒魔法はぜひ覚えたい、使ってみたい魔法の一つだった。
元々、傾国のマリアをやってた俺も、治癒魔法を使ってたからな。
だからできると思ってた。
でも俺は、魔力が弱い。
あの高価そうな杖には、特別な魔石が付いていたのだろう。
要するに、王の元にいたからこそ使えたアイテム。
そんなチートアイテムだったから使えてたようで。
治癒魔法?
もちろん使えませんよ。
俺は続けて子供の腕や足に薬草を塗りたくる。
この薬草は、その辺に落ちてる砂粒を混ぜている。それを肌に撫で付けるなんて痛そうだけど、痛くない。
ああ、少し語弊があるな。
砂粒の正体は魔石だ。
キラキラ光って、柔らかくて軽い。
なんというか、異質なものだ。
俺も詳しくは分かっていない。
目を凝らせば、その辺に落ちてる砂粒だって元々魔石だったって事がたまにある。
それが俺の微量な魔力に反応し、薬草単体より傷がほんの少し良くなる。
薬草の鎮痛、消炎効果に、魔法による回復の早さが乗っかるというような。
薬草と魔石の組み合わせで、俺でも初級魔法に似た効果が出せたのだ。
「…」
改めて緑色の物体を見る。
実は、素人が薬草を自己消費するのは命懸け。
薬草にも種類があって、中には毒草と見分けがつかないものもある。
それが原因で毎年大勢の者が亡くなっている。
教会で働いてて良かった点だな。
回復手段を得られた事は素直にありがたい。
包んでいた葉っぱを懐にしまう。
こんなのでも、売れば金になるだろう。
ただ子供が扱うにはリスキーすぎる。
回復は教会の管轄だし、薬草の知識も本来秘匿されている。
商売なんてしたらたちまち目をつけられるだろう。
この薬草だって、魔石や魔力が使われてるし、見る人が見たらバレるかも。
…なのにどうしてこんな子供に使っちゃうんだよ。
「はぁ〜」
複雑な気持ちだった。
子供の表情は変わらなかったが、俺のため息を聞いて一瞬体がビクッと強張った気がした。
「あ、ごめん」
誤解されたと思い一言謝ったが、しばらく沈黙が続く。
じくじくと湿った傷は、瘡蓋ができてきた。
「…」
こいつ、近所でも評判の悪ガキなんだろ?
大丈夫なのか?
「…」
とにかく、使ってしまったのは仕方ない。
なめられたら終わりだ。
蝋燭が揺れて、子供の体が露わになる。
うわ、こいつよく見ると骨と皮じゃないか。
絶対ろくに食べてないだろ…。
…空腹は本当に辛いからな。
逃亡生活を思い出す。
仕方ない。
夕飯にとっておいたスープとパンを目の前に置いておく。
「これ全部食って、朝になったら出てけよ!」
「いいか!おかしなことしてみろ。ぶっ殺してやるからな!」
なるべくならず者っぽいセリフを選んだが、ちょっと子供にはキツすぎただろうか。
いや、これくらい普通普通…。
「はあ…」
俺は硬い寝台の上で、ボロ布を被ってそのまま横になる。
明日の昼まで飯抜きだが、仕方ない。
今日は疲れた…眠い。
睡魔はすぐにやってきた。
基本的に平民に魔力はありません。