第五話『起承転結の末』 騎士
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第五話『起承転結の結の末』 騎士
王都の冒険者ギルドは先日赴いたわけだが、今回は一番奥にあるギルドマスターの部屋へと案内された。ギルマスはマッチョ禿のジジイであり、先代の王の時代までは王付きの騎士であったという。彼の戦で負傷し、その為騎士としての務めを果たせなくなったことから、ギルマスに就任した元『騎士』である。
騎士と言えば王国では貴族の端くれ、平民の鍛冶屋の息子のジャンと農民の娘であるジャンヌにとっては『恐ろしい』存在のように思えていた。
「二人とも若いな」
「私も若いんですけどぉ」
「初対面でもないのだから、言わずとも良かろう」
ギルマスは鍛えられた体と優しい笑顔の持ち主であり、ジャンの街やジャンヌの村に時折やってくる騎士とは印象が大いに異なっていた。貴族の騎士は私兵のようなものであり、王の軍の騎士とはその役割も資質も異なるのかもしれない。税を徴収する時に良く同行していたことを思い出す。ごねられない様に、凄んでいただけなのかもしれない。
「それで、わざわざ駈出し冒険者にギルドマスターが直接会うという事は、何か厄介事を押付けるつもりですか?」
「おいおい、俺が今まで皆に厄介事を押付けたことが有るか」
ミナは『厄介事だらけじゃない』と言い返す。確かに、叛徒側に入り込み情報収集や攪乱を行ったり、ドルイドの砦の調査というのは、並の冒険者が一人で受けるような依頼ではないだろう。
「良い相方も見つかったようだしな」
「二人はそういうんじゃないのよ。王国の厄介事に巻き込まないで頂戴」
「そりゃ、この後会う方に直接言ってくれ。俺は、ただの伝令役だ」
すまんなとギルマスは断りを入れる。すると、ノックがなされ来客の先触れであると伝えられる。一同は席を立つように言われ、ジャンとジャンヌは言われるがまま立ち上がったが、ミナは察したのか深い溜息をつく。
そこに現れたのは、ミナと同年齢の男性。身なりからすれば、貴族の子弟といったところだろうか。ミナは見えない角度で頭を下げつつ顔をしかめる。
「ギルマス、彼らの紹介を」
「承知しました閣下」
『閣下』の称されるのは、爵位持ちの貴族だけである。騎士であれば『卿』貴族の子弟も「騎士」の身分を有するので同様だ。目の前の若い男は、その年齢にして当主であるという事を示している。
ギルマスにそれぞれ紹介され、「よろしく頼む」と『閣下』に言われた三人は、とりあえず頭を上げ、着席するように伝えられた。
「話を進めさせてもらってもよろしいか」
「……どうぞ」
「「……」」
流石に面と向かって、爵位持ちの貴族の言葉を否定することはできない。ミナは了承し、ジャンとジャンヌは黙って話を聞くことにする。
「先日のドルイド討伐は良くやってくれた。殿下も流石は弓聖の後嗣であると喜んでおられた」
「仕留め損ねた私たちには過分のお言葉でございます閣下」
「いくら国王が捕虜になられたからとはいえ、王都の近くに怪しげな者が潜んで往来を妨げるのは王国の沽券に関わる。これまで、幾度も失敗した討伐を成功させたのだ。少なくとも、『グレイ卿』の子息が関わっていた証拠が手に入った。その辺り、王都周辺の貴族達に示し、叛乱の背後に当然連合王国が関わっていることを理解させ、まとめ上げるのに役に立つ」
あの見習騎士は『グレイ卿』という貴族の子弟であるということが、残された馬具の紋章から確認されている。『卿』といっても、実際は伯爵位を持つ王国南部の貴族の領袖であり、ボルドゥ周辺に勢力を持ち連合王国に協力する貴族であるという。
「それでだ。多くの騎士・貴族が失われ、外は連合王国、内には叛乱と大いに王国は混乱している。これを立て直すには、騎士・貴族に頼らぬ『国軍』を立ち上げる必要があると殿下は思し召しだ」
戦争となれば、貴族とその騎士、領民の徴募兵、加えて財貨で雇った傭兵に軍が編成される。ところが、王に名目上従うとはいうものの、あくまでどちらに従うか程度の関係性であり、尚且つ、王不在の戦場では、各々勝手に戦い始めるのが貴族の軍であり、戦わないのが傭兵である。
特に傭兵は、戦場に至る過程でも略奪や襲撃を行い国内を大いに乱す元凶となっている。戦前も戦後もだ。
「国軍ね。傭兵はどうなるの?」
「常備の軍となれば、常雇いの兵士となるな」
「戦争が有ろうとなかろうと雇ってもらえるんだ」
「数は少ない。が、即応の精兵として戦場の主力となる」
金をもらって戦うのは傭兵と変わらないが、常雇いの精兵というのは恐らく近衛のようなものだろう。
「これに、訓練された徴募兵を加え一軍としたいと殿下は思し召しである」
傭兵ではなく、『王国を護る』という役割を期待される「訓練された」徴募兵。普通は、数合わせで武器を持たされ連れてこられる農民がほとんどだ。訓練などは付け刃に過ぎない。
「それはいいんだけど……宜しいのですが、私たちへの依頼とは……」
「とある人物と接触し、この親書を手渡してもらいたい。その上で、殿下の臣として軍を率いてもらう事になる」
その人物は、一応貴族ではあるが下級騎士の子どもで、レンヌ戦争で智謀と武力で手柄を立て「騎士」に取り立てられた人物であるという。
「『ベルト・クラン』という騎士だ。騎士になったので『ベルト・ド・クラン』卿だ」
「聞いたことあるわ。確か、馬上槍試合無敗の騎士でしょ?」
レンヌで有名な騎士であるとミナが口にする。
「けど……ですが、彼の騎士は『ブロス伯』の覚えも目出度いと聞きます。レンヌ公爵の継承で大戦の最中であるこの時期に、伯がクラン卿を手放すとは思えませんし、卿もレンヌを離れるとは思えません」
ブロス伯はクランを『聖ミカエル山修道院』守備隊長へと任命している。この場所は「聖地」として王国内で有名な場所であり、海上に孤立する防御拠点でもある。また、その地を護るという『名誉』ある地位を与えたということは、伯がクラン卿に重い信頼を置いていると言って良い。「騎士」へ任じたのも伯であり、そう簡単に忠誠を王太子殿下に誓うとも思えない。
ブロス伯は王国の臣下であるから、国王となれば別だが、王太子ではその忠誠を得ることは難しいだろう。
「それはその通りだ。だが、クラン卿は戦に強く、個人の名声もある。さらに、傭兵や徴募兵との関わりも良好だと聞く。なにしろ、最初は自分が率いる地元の若者と傭兵をしていたそうだからな」
王太子殿下の創る新しい軍には、貴族だけでなく傭兵や徴募兵の実態に詳しい人物で、尚且つ、騎士・貴族の血筋の者が望ましい。その上で実績のある者だ。でなければ、爵位の高い貴族達を納得させることができない。
公爵や伯爵が率いる騎士を中心とする軍では、同じように連合王国に負ける。二度あることは三度あると言う。既に、同じように長弓兵に二度敗れているのであるから、三度目もそうおかしくはない。
「連れて来いって言うんじゃないでしょうね」
「おい」
ミナが言葉を飾れなくなって、ギルマスがそれとなく注意するが、『閣下』は気にするなとばかりに手を振る。
「そこまではまだ望まぬ。軍を編成する為の資金を確実にするために、議会を招集している。戦争の在り方自体を変えていくので、時間がかかるのだ。故に、今回は接触し、王太子殿下の御心をブロス伯とクラン卿に伝えるまでが諸君らの仕事となる」
「つまり、伝令?」
「いや、直接あって人品を確認してもらいたい。大きな口ばかり叩くような豪傑ならば、それは人選を変えねばならない」
噂に聞く『騎士』が将軍とするに相応しいかどうかを試してこいというのが、『閣下』あるいはその主君である『殿下』の思し召しであるという事か。
「つまり、スカウトしなくても王太子殿下の親書を手渡し、その上で、ブロス伯とクラン卿の人物を見て報告すればいいという事ね」
「概ねそれで構わない。頼めるか」
ジャンとジャンヌは頷く。ジャンは『名のある騎士』と言うものに興味があり、ジャンヌは『聖ミカエル山』修道院に足を運んでみたいと考えていた。
「では、ギルドマスター、依頼書を作成してもらえるか」
「既にここに」
ミナを始め三人は「断れない前提で用意してあったんだろうな」と合点する。王太子殿下の側近の依頼を断れるはずがない。
「新軍に弓銃兵の雇用は有りますか」
ミナの質問に、『閣下』は快活に答える。
「勿論だ。恐らく、騎士一人に一ないし二名の弓銃兵が随伴する。それに、従騎士と槍持従者、見習騎士がいて六人で最低単位を編成する予定だ」
「へぇ。乱戦前提なんだ」
「長弓兵に勝つには、馬上槍試合めいた騎士中心の戦いでは勝てぬからな」
やり方が変わるのであれば、今までの経験が邪魔をする騎士・貴族より、傭兵経験のある騎士の方が応用も理解も進むだろう。その辺りの適性も見てこいと言う事か。
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結局、聖母騎士団の西ロマンデの巡回依頼と、その先のレンヌへの王太子殿下の御遣いを両方受けることにした。行く先は同じであり、さほど手間になるとは思えない。
「王太子殿下の遣いである証書と、聖ミカエル山修道院への親書も用意することになるから、数日時間をもらう。その間に、旅の支度を進めておいてもらおう」
ギルマスからそう伝えられ、三人はギルド指定の宿舎に泊まり、旅に向かう準備をする事になる。今回は馬は目立つので、徒歩で移動することになるだろう。
「行商人の振りをするか」
「いいえ。そのままズバリ、聖ミカエル山修道院への巡礼者で良いと思うわ」
「俺は」
「「護衛」」
薬師のジャンヌなら少々整えれば、ある程度巡礼にみられるようになる。ミナは装備の上からフード付きのローブを纏い巡礼風に擬装するという。遠目で見れば巡礼だが、近づけば弓銃やら腰に下げた短剣などで巡礼では無いと感づかれるだろう。
「オルクに話をして、素材が手に入る街か村も確認しておかないとな」
「ついでだもんね」
「そうとは限らないわよ」
旧修道騎士団から聖母騎士団が移譲された領地は比較的内陸の街道沿いにある。そこを幾つか経由し『聖ミカエル山修道院』に到着する。ここと『ポルト』という街の守備隊長を務めているという。恐らく、『ポルト』に駐留していると考えられる。
『ポルト』がロマンデとレンヌの境にある街で、古くはロマンデ公が築いた堅固な城塞を有している。また、『聖ミカエル山修道院』から10㎞ほどの距離にある要衝。ここまでは良い。
「鉱山はレンヌの奥地の山岳地帯にあるんだよ。戦争中の場所に余所者が入り込んで採掘とか無理でしょう」
「……確かに」
レンヌの後継戦争が決着つくまでは、採掘は容易ではないと思われる。
「できればでいいんじゃない? クラン卿に伝手があるかもしれないし。例えば、オルクさんに武器を誂えてもらう代わりに魔銀を譲ってもらうとか、交渉の余地はあると思うんだけど」
「それはいいはね。少なくとも、手紙を渡して門前払いってことは避けられそう。先に、オルクと交渉しておきましょう」
「ああ、それでいこう」
三人は旅行の準備の一環として、オルクにクラン卿の武具を誂えても良いかどうか同意を得ておくことにしたのである。
結論から言えば二つ返事でオルクは了承した。素材が無ければ武具を作ることは出来ない。少なくともオルクも名を聞いたことが有る『醜鬼将軍』の武具を誂えるのは悪くないと考えたのだ。
「では、クラン卿にはそう伝えるわね」
「魔力持ちなら魔銀の施された武具が良いに決まっている」
魔銀は魔力を引き出し纏わせる魔力との親和性の高い金属である。また、魔鉛は、銅や鋼と合金にする事で、魔銀ほどではないが魔力を纏わせることができる。
魔力量の多い騎士であれば、終始身体強化と魔力纏いを武具に施し戦い続けるために『魔銀剣』を望む物が多いが、魔力量に恵まれない者にとっては魔力が不足した際に素材としては柔らかい金属である魔銀を主とする剣では不安を感じる。その場合、魔力纏の能力よりも剣自体の強度を優先した魔鉛合金製のものを選ぶことになる。鋼にはやや劣るが、鉄ならば余裕をもって上回る硬度を有する。また、研ぐことも問題が無い。
魔銀は研ぐ必要はないが、自然に回復するのを待つのに魔力を纏わせる必要がある為、これも魔力量依存となる。
「その辺、相手の好みを聞いておいてもらえると助かる。一番は、王都に直接出向いて儂の工房で調整する事だな」
「わかった」
ジャンは承諾し、土夫の工房を後にする。魔力を纏わせなくても良いのならということで、柄だけはジャンの好みに替えてもらった。実際、魔力を纏わせるのならば、魔鉛合金製の柄を手に入れる必要がある。
「エンちゃんに頼めばいいじゃない?」
「エンの体を伸ばしても、柄の長さだけで届かねぇんだよ。それに、魔力を纏えばそれなりにエン自体も消耗する」
「どうやって回復させるのは?」
ツィン・スライムは、魔水晶・魔石・魔鉛・錫を餌として与えることで体を大きくすることができる。薬草類で良いキュア・スライムとはコスパが違う。
『テル、良い子』
『妾だって良い子です! 主様』
二人とも従魔としてはこれ以上ない良い子たちなのだが……先立つものがジャンには無い。なので、今のところ、ジャンの『メッサ』以外で用いるつもりはない。
「魔石は魔物を討伐すればなんとかなるわよ」
「確かにな」
ロマンデには連合王国の騎馬兵による『騎行』により、多くの村が襲撃・略奪され、少なからぬ領民が死んでいる。死んだ人間の中でも、この世に恨みや憎しみを残して死んだ場合、人の魂は『悪霊』となる。その悪霊に『土』の精霊であるノームが侵食された場合、魔物である『小鬼』が発生する。
元が生身の人間であったが、食人により異能の力を得た『鬼』や、人に近い異種族である『醜鬼』と異なり、ゴブリンは不慮の死が多く発生した場所に生まれる。襲撃された村、多くの人が枯黒病で死亡した街、無実の罪を着せされ処刑された人が晒された辻などにゴブリンは生まれる。
世の中に不幸が多くなるほど、ゴブリンは数を増やす。
ロマンデへの依頼の旅は、恐らくそういった魔物を討伐する旅となるだろう。三人はそう感じていた。
【了】
これにて『ライジング』完結です。中編の連作という形で不定期に投稿していきたいと考えています。登場武器の解説を明日追加します。
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