第三話『起承転結の転』 退魔
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第三話『起承転結の転』 退魔
王都の城壁のすぐ傍には、一際巨大な要塞が立ち並んでいる。それは、王城よりも堅牢豪華であると噂されている聖征時代の遺物である。
聖征の時代、聖王国と聖都を護る為に立ち上げられた『聖騎士団』のうち、「修道騎士団」は王都のすぐそばに寄進による土地を得て、礼拝堂と防御塔を築いた。
その後、聖王都失陥とそれに伴う一連の敗北を経るにつれ、「修道騎士団」は本拠を王国へと移そうと画策していた。当時、王家の力は弱く修道騎士団の力は巨大であった。
王都を囲う城壁を築かせた『尊厳王』は、王国内に巣食う勢力と戦い、多くの王領を得たが、その際に築いた城塞・城壁よりも聖征で経済力・戦力・技術力を蓄えた修道騎士団の王都本部城塞の方が強固な城塞であった。
周囲は1kmを越え、並の城塞都市を超える規模であり、内部には王都最大の『大塔』を抱え、大聖堂・巨大な納骨堂・本部長城館などの施設が並んでいる。王都を圧するような構えであり、騎士団健在な時代においては王都の住民も市の立つ日には足繁く通ったため、王都の商業ギルドから苦情が上がるほどであったという。安く質の良い食材を提供したためとか。
修道騎士団が異端として処され、その後時を経て、この城塞は聖母騎士団の管轄に移管される。そして、聖母騎士団の修道院の一つとして管理されているはずなのだが、聖母騎士団の拠点は東方のサラセンとの最前線に近いドロス島であり、王国に対しては最低限の聖騎士しか配置していない。
「それで、魔物の駆除を依頼してきたと」
「お前たちは知らないかもしれないがな、後方の聖母騎士団員というのは、高齢か戦傷病で戦えない団員ばかりなんだ」
それはそうだろう。サラセン海賊との戦いは、船上での戦い。要塞に立て籠もるのであれば多少手足が不自由でもなんとかなるが、海上での戦いにおいては到底そうはいかない。軽装かつ俊敏な動きが要求されるのだろう。
「兵士は雇人であるから、騎士を生かす為の存在にすぎず単独では使えない」
「傭兵は?」
「あまり良い顔はされない。傭兵は……余計なことをしかねない」
傭兵は戦時は兵士、平時は山賊に早変わりする存在だ。勝って報酬を得たのち、更に略奪で儲けようと考えるような奴らだ。兵も少なく騎士も万全ではない王都の修道院にわざわざ盗賊を招き入れるなんて愚かな行為だというのだろう。
「冒険者は?」
「ギルド証を失っても良いという奴は少ない。腕の立つ奴ほどな」
誰でもすぐ稼げるのが傭兵、それなりに信用を積み重ねてランクを上げより良い報酬を稼げるようになった一人前の冒険者ほど抑制が効かないのは当然だ。目先の利益にこだわるのが傭兵、長い目で見て利益になるかどうか考えるのが冒険者だ。
ミナはともかく、ジャンとジャンヌは傭兵と兼業と言うわけではない。なので、その辺りも評価の対象なのだろう。
「依頼を詳しく聞いても良い?」
「勿論だ。あの城塞に納骨堂がある事は知っているか?」
王都ですら初めてのジャンとジャンヌ。ミナも王都内ならともかく、郊外の聖母騎士団の城塞の事など知るわけがない。
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埃と湿気と黴臭さ、饐えた臭いがたちこめる土壁の中。
納骨堂と似て非なる場所。ここは、王都共同墓地の地下墳墓。
「ああぁぁぁ!! もぅ」
「うまいぞジャンヌ」
「ええ、熟練の技だわ」
城塞の納骨堂に入る前に、三人は別の依頼を受けている。本来、退魔の仕事は神職也修道士のような神に仕える者が行うのであるが、叛乱とそれに先んじた連合王国の侵攻で今や王国内で魔力を持つ聖職者の仕事は山のように積み重なっている。
丕顕、地下墳墓に現れる「スケルトン」のような低級な魔物の討伐など、後回しにされる。そもそも、地下墳墓に入る必要のないものが大半であり、緊急性のあるものでもない。むしろ、盗賊や世を忍ぶ悪しき者たちが潜む危険性が無くなって良いというまである。
*丕顕 :大いに明らかなこと。
「教会が冒険者に魔物討伐依頼するなんて、世も末だな」
「枯黒病が大流行して、都市が壊滅する時代ですもの、世も末なのは間違いないわね」
王国南部や法国から広まった体を黒く焦がし、枯れたように変化させ死に至る病『枯黒病』。その死亡率は非常に高く、死を免れたとしても健康な体に戻る者は稀であるという。
それまで大いに建設されていた大小の都市でそれは人から人へと移り、半数の都市が壊滅したと言われる。ジャンやジャンヌが幼い頃の話だ。そこから逃れたものが、ジャンヌの村に来たことが有るというのでジャンも知っている。
『スケルトン』は表向きアンデッドに区分されるが、その実態は自然発生した魔法生物・スケルトンゴーレムに近いものだ。動力は、墓地に集まる死者の魂とその魔力。本来、傀儡の魔術を用いて形成されるゴーレムが枯れ細った遺体にまとわりつき、動き始めたものであるという。
枯黒病で大量の人間が死んだこともあり、本来、古戦場で現れる類いの魔物なのだが、大きな都市でも見受けられるようになったのは大量の死者発生に起因すると思われている。
ミナは、土夫から受けとった『ウォー・ハンマー』に魔力を纏わせ、頭蓋骨を叩き割っている。アンデットの多くは、首を斬り落とす事でその機能を止めることができるのだが、狭い地下墳墓の通路では剣を振り回す事は困難であり、結果としてハンマーで頭蓋を叩き割るという方法で討伐することになる。
「それ!! それ!!」
おかしな掛け声をかけながら、ジャンヌはタージェでスケルトンの打撃……主に大腿骨のような長い骨の武器か奉納された古びた剣などを躱し、『羊飼いの斧』をスケルトンの首に叩きつけている。
野外では短く感じる杖代わりの斧だが、この狭い通路においては、柄の持つ位置こそ考慮しなければならないが、使いでのいい打撃武器に収まっている。刃の無い側も槌として利用できるので、刃先を返さずに反撃することも難しくない。
盾で打撃を受け流し、斧で頭蓋を叩き割るか首を刎ねる。時間がかかるものの、魔力の無いジャンヌでも何とかなっているのは、スケルトンの動きが緩慢であり、ジャンヌとミナの練習に丁度良いとばかりにジャンが後方で待機しているからでもある。
ジャンには狭い場所であり、ショートソードに持ち替えても戦いにくい事は間違いない。とはいえ、魔力を纏えるベク・ド・コルバンならば、突き薙ぎ払い、叩き潰す事も全く容易なのだが。
「ジャン、見てないで手伝ってよ」
「いや、お前の練習の為だろジャンヌ。人間相手なら、こうはいかない」
日頃は積極的に戦わないジャンヌであるし、ミナも打撃武器を振り回す経験はない。そういう意味では、練習できるときに練習しておいたほうが良いとは思うのであるが。何か納得いかない。
「一旦、上がるか」
「「了解」」
骨だらけとなった通路を戻って地上へと変える。帰りしな、教会から預かった聖水を骨どもに振りかけることも忘れないのである。
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地上に戻った三人。ミナとジャンヌはいったん休憩に入り、その間、ジャンは
一人で探索を継続することを考える。理由は……
『主様、妾も頑張りたいです』
『主、テルも!』
ペーテルとのコンビネーションは十分熟練のレベルだが、エンドラの能力は未だ未知数である。
弱い魔物相手に腕試しならぬ、能力の確認ができるのであれば、それに越したことはない。
「エンは何ができるんだ」
『……いろいろ……です』
どうやら、魔力が纏えないタイプの武具にも纏わりつくことで、仮の『魔銀剣』のように扱えるようになるのだという。
「じゃ、このショートソードでもイケるのか」
『できるです』
剣を抜いたジャン。その腕を伝い、エンドラの体の一部が糸のように延び剣の刃へとたどり着く。腕から鍔へ、鍔から樋を伝って剣先に。切っ先から半ばほどまで両端を『ティン・スライム』の白銀が覆う。
「綺麗だな」
『です』
『むぅ』
右肩から腕にかけてまるで体に一体化した板金鎧のように纏いつく『エンドラ』。背中から左肩にはペーテルがへばり付く。主であるジャンの体の半身ずつを従魔二体が占領している。
「行ってくる」
「気を付けなさいよ」
「不思議な外見だよ。ジャンの方が魔物みたいだね」
ミナが揶揄うのも判る。スライムライダーを知らなければ、魔物に侵食された憐れな冒険者にしか見えないだろう。が、知った事ではない。
左手に松明、右手に抜き身の剣を持ち、骨を踏み割りながらジャンは再び地下墳墓へと降り立つ。
『主、魔物はこっちのほう』
「テル、助かる」
『うぅ』
キュア・スライムは魔力に敏感である。金属質のエンドラには苦手とするところ。ここぞとばかりに、自分の力を見せびらかすペーテルにエンドラはちょっと仕返しされた気分になる。
パキパキと骨を砕く音も気にしない。スケルトンは、生きているものの有する微弱な魔力にも反応する。音の有無など、論外なのだ。
とはいえ、空気が騒めく振動が伝わって来る。
「頼むぞ」
『『応(です!)』』
見習騎士から奪った兜と籠手。盾が無くともスケルトン程度であれば、十分に往なし、叩き潰す事ができる。身体強化されたジャンの殴打は戦槌と変わらぬ威力を発揮する。
GUSHA!!
小気味よい音を立て、ジャンが殴りつけたスケルトンが、粉々に砕け散る。魔力纏いができるほど、微量だが魔銀が含有された籠手であるためだ。紋章からはガスコの大貴族『グレイ家』の一門であるらしいが、王国の辺境にある領地の話など、ジャンには全く知己の外である。
BUBU!!
ショートソードを振り切ると、骨が砕けるとともに、スケルトンを繋いでいた魔力の糸も斬り落とされるようで、操り人形の糸が切れたかのようにグシャと床へ崩れ落ちていく。
「こりゃ楽でいい」
『えへへです』
『むぅ』
拳を振るより、切っ先を返す方が早いし、バランスもリーチも有利だ。体を振る必要がある殴打より剣で軽く切りつける方が手数も速度も高まる。
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「……もう出てきたの?」
「聖水が切れた。これ以上やっても復活するなら無駄だからな」
「やった! ご飯を食べに行こうよ二人とも。お腹ぺこぺこだよ」
ニ十分もしないうちに出てくるジャンに驚くジャンヌ。我関せずとばかりに自分の欲求に忠実なミナ。決して食いしん坊キャラではない。
「課題も見れたな」
「へぇ。どんなのよ」
ジャンが思ったのは、エンドラの能力で『魔銀剣』化できるのであれば、大概のものは魔力で切断できるという事なのだが、問題は、エンドラの体を効率よくは先まで繋げる経路が今の量産品のショートソードには無いということだ。
魔力を届ける経路が太ければそれだけ魔力による切断が強力に可能となる。スケルトンならともかく、上位の魔物や魔力持ちの戦士相手では、恐らく力不足となる。
「なら、知り合いに良い土夫がいるわ」
「奇遇だな、俺も知り合いがいる」
課題の話をミナとジャンヌに伝えると、食事の後に鍛冶師ギルドを訪ねてオルクに相談しようという事になったのである。
「なるほどな。ちょっとやって見せてもらおうか」
オルクはジャンに、実際エンドラがどのように変化するのかを要求した。
「エン、『魔力付与』だ」
『魔力付与』
ショートソードを抜いたジャンの腕に絡みついたエンドラが、自身の体を伸ばしていき、数秒で剣の切っ先までに至る。
「これで、ある程度魔力纏いができてるんだ」
「ほう、初めて見たが、確かに魔刃ができておるな」
恐らく、ティン・スライムが従魔にならなければ発揮されない効果であったのだろう。自然に人間の武器に纏いつき、更に魔力まで付与する理由がスライムには無いからだ。
「剣を選ぶところからだな。好みはあるか」
「何でもいいが、丈夫で鉈みたいに使えるものが良い」
「そうか、なら、この辺りからだな」
片手剣をずらりと並べ、ジャンとオルクは話し込み始めるのである。
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