どうやら、異世界転生転移「させる」仕事に就いたらしい。
初めまして。深夜テンションで書き上げたものなのでかなりざっくりしてます。
異世界転移転生させるドライバーさんってどうなるのでしょうね…。
「おはよーさん」
なんとも間抜けな声で目が覚めた。白い眩しい光に目を眇める。さっきから頬がくすぐったい。さらさらと毛が滑っていくような感覚だ。頬を掻いて、瞼を開ける。
ぼやーっとした焦点の合わない視界が段々とくっきりと見えてきた。
見えたのは覗き込んだ黒い瞳。きめ細かい白い肌。さらりとした黒髪。
────女子だ。
「やぁ、寝坊助さん」
「うわっ、ちょ、だぁあぁあああ!!」
「おっと」
それが何かと認識して思わず、がっと頭を上げた。
女子は自分の顔を覗き込んでいたのだから、普通突然頭を上げればぶつかるが、寸前で避けてくれた。優れた動体視力である。
いや、そうじゃなくて。
「君はだれ、ここはどこ!?」
「私は元女子高生、そしてここは…そうだな、これからの職場が正しいかな」
「はいぃ?」
元女子高生? いや、社会の女性のほとんどが当てはまるだろうに。雑な答えすぎる。
そして、これからの職場? ……ここが?
辺りを見回しても、ここには何も無いのだ。
いや、抽象的な表現ではなく、何も無いとしか表現できないのだ。
白い空間、それだけである。どこまで続いているのかも分からない。
だいたい、自分は社会人で立派に働いている身だ。元女子高生は「これからの職場」と言ってはいたが、転職なんてした覚えもない。あんな人員の少ないブラック企業が退職届なんて受理してくれるわけがないだろう。
「ふむ、混乱しているね?」
「混乱しないほうがおかしいぞ。というか、ここはどこだ。いや、これからの職場とかではなく、住所で答えてくれ」
「住所? …分からんな」
「えぇ…」
指先を顎にあてて考え込むセーラー服姿の元女子高生。なんというか絵になる。いや、変な意味ではなく。
「もしかして、君も現在の自身における状況を把握してない?」
「いや? 把握している。なんなら、君に説明する役目を受け持っているからね」
そう言って、元女子高生は先程まで見えなかった白い椅子に座った。そして、どこからともなくパッと増えた同じ白い椅子を指さして座るように促された。
そろりと座る。
「では、説明しよう。その前に君は感覚派、それとも理論派?」
「どちらかと言えば理論派だな」
「そうか。まあ、なるべく説明できるように頑張るよ」
そしてまたどこからともなく現れた白いバインダーを片手にペラペラと紙をめくっていく。
「まずは基本の質問から。君、自分の名前は分かるかな」
まるで、幼稚園児に対する質問だった。いや、幼稚園児でも答えられるだろう。
「なんの質問だ」と口を開いたところで、ふと考える。
いや、自分の名前くらい簡単に答えられるはずだ。しかし、考えるほど自分の名前が出てこない。
「名前、でてこないだろう?」
ぱらりと紙をめくりながら、元女子高生はなんてことないように答えた。そして、またなんてことないように続ける。
「私は自分の名前どころかかつて何をしていたかも思い出せない。決まりらしいからね。私が元女子高生だと分かったのはこのセーラー服からだよ」
ぴらりとスカートをつまんで、元女子高生は笑った。
「…中学生だってこともあったんじゃないか?」
「こんな美人で大人びた私が中学生に見えるか?」
「…………たしかに」
「冗談だ、流してくれ。自分でなんとなくそう思ったからそう名乗っているだけだよ」
冗談だったらしい。冗談とは思えないほど、大人びているのは事実なのだが。
「まあ、いい。本題だ。今から言うことに驚愕、動揺するのはいいが、まあ、受け入れてくれ」
「…??」
元女子高生が口を開く。
おそらく、バインダーに挟まっている紙に書かれているのだろう。目を横へ滑らせて、元女子高生はこう告げる。
「君は死んだ」
と。
「…………はぁ」
「思ったより冷静だな」
「…そんな気はしていたからなぁ」
白い空間、どこからともなく現れる物たち。面識のない元女子高生。よくネット小説でえがかれる死後の表現といえば、白い空間だろう。
それに加え、自分の働いていた身はブラック企業に勤め、ぼろぼろだった。いつ死んでもおかしくはないような身体だったのだ。死んだのなら仕方がない。
「ということは、君は神様かその使者かなにか?」
「神様ではないな、ただの元女子高生だ。しかし、その使者かと聞かれれば答えは半分YES、半分NOだ」
首を捻れば、元女子高生は詳しく説明してくれるようで、椅子に座り直した。
「君はネット小説を読んだことは?」
「あるにはある。あれだろ、異世界転移か転生か」
「そこら辺の知識があるのはありがたい。では、転移もしくは転生前のよくある出来事といえば?」
「出来事?」
転移、転生のよくあるきっかけということだろうか。それなら。
「あれじゃないか? 交通事故、通り魔らへん」
「ご名答」
元女子高生は耳から流れた黒髪をまた耳に掛けて、口元に微笑を浮かべた。
「実はな、異世界転移、転生はこの世界でも有り得ることだ」
「はい?」
「まあ、有り得ると思ってくれ。そうしないと、話が進まない。そしてそれらが起こるきっかけは主に交通事故が多い。だが、不思議に思わないか? 小説のように交通事故が多ければドライバーはどうなるのだ、とね」
まあ、確かに一度は思ったことがある人は多いだろう。交通事故多すぎだろ、と。
「だが、安心してほしい。そのドライバー達は存在しないものだ」
「というと?」
「そのドライバーは転移転生者のためだけに作られたドライバーだからだ」
それから元女子高生の話が続く。話の内容は要約するとこうだ。
転移転生者のためのドライバーが存在する。そのドライバーは自分が生きていた世界の人間ではなく存在も戸籍もなく、人の記憶にも残らない。
それを作り出すのは誰なのか。それは元女子高生にも分からないらしい。元女子高生がそのシステムを知った時にはもう確立したシステムだったという。
「そして、そのシステムによって異世界に渡る者はその異世界の神、又は管理者と呼ばれる者を経由する。まあ、そこからはその神、管理者次第だな」
転移転生者によって、神と出会った記憶のあるもの、そもそもそんな記憶などないものがいるのはその異世界の神による決まり事らしい。だが、一応その世界に入るにあたり経由はすると。
「さてここまでが、異世界へ渡るためのエトセトラだな。ここからは私が何者か、そして君はなぜここにいるのかの説明だ」
バインダーはぱたりと閉じて、パッと消えてしまった。元女子高生は足を組んで、両手を膝にのせる。
「私の役目は誰かが作り上げた『転移転生者のための架空者』の管理だ」
「ん? 作り上げた『人』…ではないかもしれないが、そいつが管理しているわけじゃないのか」
「いや、そいつは架空者を作り上げただけだ。それらをどこに出現させ、誰を各世界の神の下へ送るのかを管理するのは私だよ。そして、これからは君の仕事でもある」
「はぁ…」
簡単に言えば、人事部のような事を任せられるらしい。それも、口ごたえもしない人形のような者を管理するだけの。
「楽な仕事だな」
「いや? そんなこともないぞ」
間髪入れずに否定された。
「まず、転移転生させる人が多い。最近需要が高いからな。それから、それぞれの神からの注文が多いな。『あの世界へ渡った人間の方が優秀じゃないか』だとか、『美人で映える人間にしてくれ』、『説明するのが面倒だから、1聞いたら10分かる奴がいい』。まだ外見なら選べるが、性格や個人の能力まで分かるはずがないだろう」
なるほど、神との面倒臭い交渉も仕事内容だったらしい。1度聞けば、愚痴が溢れてくるわ、溢れてくるわ。
無理難題を押し付ける上司を思い出した。いや、元上司か。
「それから…そうだ。なぜ、君がここにいるかだな」
実は、それが1番気になっている。
トラックで轢かれた覚えもない。もし、死ぬとしたら過労だろう。有り得る話だ。
「時々、過労やら酒やらで亡くなった人を神が引き抜いていくケースがあってな。君は一度、神に引き抜かれたんだよ」
「…ということは、俺は転移転生者のはずだったってことか?」
「ああ、だか…なんというか…。引き抜いた神は神になって日の浅い双子神でな。互いに人間を引き抜いて、より良い方の人間を自身の世界に送り込む計画をしていたらしい。それで、君は…その、言いづらくはあるんだが…捨てられた方の人間だった」
「……………………」
は…………?
神の都合で弄ばれたという見解で間違いないだろうか……。
正直、異世界転生やらには興味はあった。そりゃあ、ブラックな会社をおさらばしてチートやら神からの祝福やらを手に豪遊したいものである。
そのチャンスがあったのにも関わらず、「こいつは能力低め、いらん!」と捨てられた、と。ほう。
元女子高生は顔を背けて、悲しむように口元に手を当てた。
「…ふっ…お、怒ってもいいんだぞ」
訂正。
人の憐れを餌にして笑うのを堪えているらしい。
「……失礼じゃないか?」
「すまない、すまない。ついね…ふはっ」
またまた訂正。人の憐れを餌に吹いた。
くくく、と変な笑いを起こす元女子高生を横目に、天を仰ぐ。
不運をいうか、なんというか。
怒ってもいい話ではあるのだが、なんせブラック会社で働けばそんな気力は消えていくのである。簡単に言えば、怒るのも面倒臭い。
「まあ、安心してくれ。その双子神にはちゃあんと罰が下っている。人の魂を弄んだのだからね」
「…そうか」
にこりと笑う元女子高生の目に、少し背筋が伸びた。
いまいちそのシステムだとか神・管理者だとか、詳しくは分からないが、分からない方がいいこともあるだろうと自分に言い聞かせて。
「さぁて、そろそろ仕事の時間だ。覚えることは多くはないが、大変だぞ」
んーっと腕を高く上げて、背を伸ばした元女子高生は振り向くと気分を変えるように明るく励ますように声を掛けた。
まあ、こうなってしまったのなら仕方がない。どうせ自分には拒否権などありはしなさそうだ。
それよりも。
俺は先程から気になっていることがある。
社会人にとって大切なもの。
「給料はあるのか?」
「休みはでる。………………さて、行こうかぁ!!」
俺は、ほぼタダ働きということかと把握して、どこに向かっているのかも分からない元女子高生の後ろをついて行くことにした。
そう、こうして。
俺は異世界転移転生「させる」仕事に就いたのだ。
読んで下さりありがとうございます。
異世界でチートゲーしたいですね…。