第6章 「レーザーライフルで奏でるララバイ」
青白いLEDの照明灯と爆発の余韻で燻る炎に頬を照らされながら、私はサイドカーのタンクから身を起こした。
炸薬弾頭を誘爆させられた我が敵は、致命傷に近いダメージを負っている。
その事は、周辺に散らばる焼け焦げた残骸からも一目瞭然だった。
鋼鉄製の鋭利な鉤爪が格納された手の甲に、内側からの衝撃で無残にひしゃげたパンツァーファウストの左膝。
聖フランシスコ・ザビエル芳躅碑の真横に、卒塔婆よろしく突き刺さっている右腕を見てよ。
高周波電磁ブレードみたいな部品が、ハッキリと確認出来るじゃないの。
正に全身各所に武器を搭載した、フル武装の戦闘サイボーグだね。
日の目を見る事なくスクラップと化した内部武装を目の当たりにすると、自分の読みが正しかった事を改めて実感するよ。
−堺県堺市に上陸したファシスト勢力の軍用サイボーグには自決用の爆弾が搭載されているという触れ込みだったけど、私が対峙した個体に限っては爆弾が組み込まれていないんじゃないか。
ふと脳裏に過ぎった仮説は、敵サイボーグの膝から榴弾が発射された時には確信に変わっていたんだ。
あれだけ体内に弾薬を搭載しているのに、更に自決用の爆弾まで内蔵してしまったら、ふとした衝撃で誘爆しかねないからね。
そして案の定、例の軍用サイボーグはまだ生きていたよ。
その小柄な身体を更にコンパクトにした状態でね。
「Au、Auch…」
丸く焼け焦げた芝生の真ん中で、満身創痍の人影が苦痛に呻吟しながら悶えていた。
左腕と右脚は根元から吹き飛び、残りの四肢も第一関節から先は失われていた。
ボロボロになったトレンチコートの残骸を羽織った身体の至る所から白煙を上げる姿は、何とも無惨で哀れだったよ。
だけど何より私の心を締め付けたのは、改造前の面影を色濃く残している頭部に関しては、僅かに煤を被っているだけで無傷だった事なんだよね。
先の爆発でソフト帽とマフラーを喪失したから、その素顔をハッキリと確認出来るよ。
「Wa、Was…」
銀髪で碧眼の端正な細面は、年端もいかない少女の物だったんだ。
年の頃は、中二から高一位かな。
とはいえ第二次大戦中に改造されたサイボーグだから、実際の年齢は相当な御婆ちゃんになるんだろうけど。
「Vater…Mutter…」
短くなった四肢を動かしながら唇を震わせる姿は、もはやファシスト勢力の軍用サイボーグとは呼べなかった。
そこにあるのは、国家間の戦争に翻弄されて全てを失い、今まさに死にゆく少女の姿だったんだ。
そう言えば、私がレーザーライフルで左腕を吹き飛ばした時に、傷口を庇う動きを見せていたっけ。
あの時の衝撃がキッカケになって、少しずつ洗脳も解けていったのかな。
そんな事を考えていた私を現実へ引き戻してくれたのは、公園の土を軽やかに踏み締めるローファー型戦闘シューズの足音と、レーザーランスの真紅の輝きだったんだ。
「千里さん、敵は未だ生きています!ここは私が助太刀を!」
どうやら英里奈ちゃんは、既に中年男性型のサイボーグを葬ったみたいだね。
軍用サイボーグ相手に激闘を演じて髪の毛一本も乱さないとは、流石だよ。
「待って、英里奈ちゃん!ここは私がやるよ。」
戦友の助力を片手で制すると、私は側車のマウントベースから愛銃を取り外し、両手で構えたんだ。
「Vater…」
譫言みたいに両親を呼ぶ少女の碧眼には、もう何も映っていないみたいだった。
もしかしたら、彼女の実父だったのかも知れないね。
ついさっきに英里奈ちゃんが仕留めた、中年男性のサイボーグの正体は。
「Mutter…」
そして西来天乃中尉が倒した中年女性のサイボーグというのも、或いはこの少女の母親なのかも知れない。
「ゴメンね…私、君のお母さんなんかじゃないんだよ。」
だけど彼女の目に最後に映った者が、愛する母親の幻影だったのは、ある意味では救いだったのかも知れないね。
少なくとも、今まさに自分を銃殺しようとしている敵兵であるよりは、ずっとマシなはずだよ。
「それから、もう一つだけ謝らせてもらうね…」
果たして私の声は、彼女の耳に聞こえているんだろうか…?
いいや!
聞こえていようといまいと、これだけは言わなくちゃね。
「本当にゴメンよ…今の私達には、これしか君を楽にしてあげられる方法がないんだ…!」
脳裏に何らかの思考が浮かぶ前に、私は静かに引き金を引いた。
真紅のレーザー光線が少女の白い額に吸い込まれ、丸い銃創を穿って反対側へと抜けていく。
一瞬硬直した少女の身体は直ぐに弛緩し、少し遅れて黒い液体がドロドロと銃創から噴き出したの。
そして、全ては終わったんだ…