第2章 「ファシスト共の置き土産」
スロットルグリップに力を込めれば、軍用サイドカーの速度はみるみる増していく。
サスペンションも無公害エンジンも、普段同様に好調みたい。
「相変わらず良い仕事してくれるよね、整備の子達も…」
そんな軽口を叩いていると、胸ポケットの軍用スマホに着信が入ったんだ。
「千里さん、オペレータールームから入電が…」
「分かってるよ、英里奈ちゃん…」
クラスメート兼戦友の上品なソプラノに応じながら、私はハンズフリーイヤホンを押し込んだ左耳に神経を集中したんだ。
『オペレータールームより、全車両へ!上陸した軍用サイボーグのうち、現在活動中の個体は全四体!作戦行動中の人員は、民間人の安全を確保しつつ、敵対勢力の掃討に尽力して下さい!』
敵の頭数こそ減ったものの、オペレーターの子達のアナウンス内容に大差はなかった。
要するに、私達の管轄地域に起きちゃったトラブルは、まだ完全には終わっていないって事だね。
「あの、千里さん…先日に殲滅した鉄十字機甲軍の残党も然りですが、この所はファシスト系勢力との交戦の機会が増えましたね…」
癖の無い茶髪を靡かせながら、軽く身を乗り出して問い掛けてくる英里奈ちゃん。
その意見には、私も同感だったよ。
「第二次大戦の亡霊って奴かな、英里奈ちゃん?今回のは後継組織じゃなくてリアルタイム世代だから、鉄十字の連中とは無関係だと思うよ!」
軽口を交えて返答しながら、私は今尚続くファシスト勢力との戦いに思いを馳せたんだ。
ドイツのアドルフ・ヒトラー総統が率いていたナチスと、イタリアのベニート・ムッソリーニ首相が率いていたファシスト党。
この二大ファシスト勢力の壊滅に伴って第二次世界大戦が終結したという事は、小学生でも知っている歴史的事実だよね。
その残党達によって結成された後継組織の鉄十字機甲軍にしても、つい先日に人類防衛機構ヨーロッパ支部のエリート部隊であるレッドベレー隊によって滅ぼされたばかり。
だから現状では、系統立ったテロ活動を決行出来るファシスト系の武装勢力なんて存在しないはずなんだ。
ところが、あの忌まわしい鉤十字の置き土産は、まだまだ世界中に残っていたらしいの。
支局で開講されていた講義の受け売りだけど、後の鉄十字機甲軍が主戦力にしていた軍用サイボーグは、第二次世界大戦から研究されていた技術で、大戦末期には試験的に運用されていたみたい。
と言っても、物資不足に悩まされていた大戦末期のファシスト勢力では、戦闘能力的にも物量的にも物足りないレベルのサイボーグしか製造出来なかったの。
スターリングラードの戦いみたいな激戦区に投入して戦局を覆す程には、とてもじゃないけど力不足。
そこでファシスト勢力は、収容所送りにした占領国民や捕虜に脳改造を施して軍用サイボーグに仕立て上げ、敵国内に潜入させて撹乱戦を行わせようと計画したんだ。
民間人や亡命者に擬態した軍用サイボーグを、これまた民間船に偽装した輸送船で敵国へ密入国させたら、後は民間人等のソフトターゲットを狙ったテロ攻撃。
そうやって民間人に被害を与える事で、連合国側に厭戦感を蔓延させようって寸法だったみたい。
とはいえ、そんな不審な偽装船の入港を大戦中の連合国が許すはずもなく、ファシスト勢力の軍用サイボーグを積んだ輸送船の大半は、各国海軍の潜水艦によって敢え無く撃沈されてしまったんだ。
結局、アメリカなどの海を挟んだ敵国への密入国計画は立ち消えとなり、残った軍用サイボーグはレジスタンス勢力との戦闘で使い潰されていったらしいの。
そして轟沈された輸送船と共に海へ沈んだ多くの軍用サイボーグ達は、時代の流れと共に忘れ去られ、朽ち果てるまで海底で眠り続けるはずだった…
ところが、太平洋沖で発生した海底地震の影響で保存状態の良かった軍用サイボーグの一団が偶然に再起動して、堺市内のベイエリアから上陸しちゃったんだよね。
いくら軍用サイボーグとはいっても、所詮は第二次大戦時に開発されたロートル集団。
最新装備に身を固めた私達や自衛隊の敵じゃないよ。
とはいえ、たとえ旧式の軍用サイボーグであっても、戦う術を持たない無辜な民間人達にとっては、やはり恐るべき脅威である事に変わりはないね。
民間人への被害を最小限に抑えつつ、堺市内へ散った軍用サイボーグを殲滅する。
この大義を果たす為に、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する防人乙女に動員がかかったんだ。
仲良しな友達と一緒にパトロールシフトへ入り、ツーリング気分で武装サイドカーを転がしていた私も、勿論その一人だよ。
正直言って今回の作戦は、あんまり乗り気になれない内容だったよ。
いくらファシスト勢力の開発した軍用サイボーグとはいえ、素体になったのは収容所送りにされた捕虜や民間人だもの。
自分達を苦しめたファシスト勢力の尖兵に改造されて、無辜の民間人を攻撃させられるなんて、こんな酷い話って無いよね?
しかも、彼らに悪魔の命令を吹き込んだファシスト勢力は、その残党に至るまで駆逐されちゃっているんだから。
古人曰く、死せる孔明生ける仲達を走らす。
だけど今回の軍用サイボーグ達に関しては、死せるファシストによって走らされている事になるのかな?
元の人間に戻してあげられたら良かったんだけど、大昔の未熟な技術を用いた改造手術と残された生身部分の劣化が災いして、再改造手術は出来ないみたい。
そのくせ、体内に埋め込まれた自決用の小型爆弾だけはキチンと機能しているんだから、本当に厄介だよ。
下手に助けようとしてグズグズしていたら、人口密集地で小型爆弾が大爆発だもの。
そんな事になったら最悪だから、私達人類防衛機構は心を鬼にして、彼らを葬り去る決断をしたって訳。
皮肉な話だけど、軍用サイボーグ達が洗脳されて人間性を失っていた事は、私達の心理的負担を軽減してくれたんだ。
−罪を犯させる前に楽にしてあげるのが、彼らへの救いになる。
そう信じる事が出来たからね。
とは言っても、後味の悪さに変わりはないよ。
静脈注射された強化薬物やナノマシン等で戦闘用に生体改造を施されている私達だって、心は人間なのだからね。
−今は殺人サイボーグでも、かつては無辜の民間人で、愛し愛される人がいた。
こんな辛い事実を意識しながら戦っていたら、精神衛生上良くないよ。
そこで私達は自分の心を守るために、色々な対策を試みているんだ。
人類防衛機構が掲げる崇高な正義を普段以上に意識したり、殊更に明るく振る舞ったり。
私が武装サイドカーを爆走させる片手間に叩いている軽口も、恐らく後者に当てはまるんだろうな。