第1章 「フェニックス通りを駆けろ、武装サイドカー!」
聳え立つビルの窓から漏れる明かりに、青白いLEDが路面を照らすポール式の道路照明灯。
日没後に県庁所在地の目抜き通りを車やバイクでぶっ飛ばせば、日本中の何処でも見られそうな光景だね。
だけど、この幹線道路を左右に仕切る中央分離帯に植えられた木々に注目すれば、ここが南近畿地方の堺県堺市堺区の東西を横断する宿院通りである事は一目瞭然だよ。
濃い緑色の葉を不死鳥の羽根みたいに広げたカナリーヤシを見ていると、気分が華やかになってきちゃう。
生命力に満ち溢れたカナリーヤシの街路樹が演出する明るく陽気な南国情緒もあって、この宿院通りは「フェニックス通り」という愛称で堺っ子達に親しまれているんだ。
私こと吹田千里も、そんな堺っ子の一人だよ。
そんな馴染みのある幹線道路も、日没後に単車に跨って疾走すると、普段と違う趣を感じられるんだから実に不思議だよね。
しかも普通のオートバイじゃなく、色んなハイテク装備の搭載された公用車だから、その特別感も一入だよ。
象牙色のベースカラーに赤いラインをペイントした滑らかな流線型のカウルに、クリーンエネルギーを使用した無公害エンジンの超馬力。
これこそ人類防衛機構極東支部に正式配備されている、武装オートバイの地平嵐だよ。
そんな軍用車両を乗り回している私も当然、単なる民間人少女じゃないんだ。
ありとあらゆる悪の脅威から人類社会を守護する為に戦う、正義の国際的防衛組織である人類防衛機構。
その中でも市街地での白兵戦に長けた少女士官こそが、私こと吹田千里准佐を始めとする特命遊撃士なんだ。
黒いセーラーカラーをあしらった白い遊撃服は、私を始めとする特命遊撃士の誇りだよ。
「やっぱりサイドカーは、ドッシリとしていて迫力があるなぁ…!」
ヘルメットからはみ出た黒いツインテールを風に靡かせながら、私は思わず独り言を漏らしちゃったんだ。
武装オートバイと一口に言っても、使用目的によって色んなバリエーションがあるの。
今こうして私が跨っているのはサイドカーの付いた側車付地平嵐で、ライフルみたいな嵩張る個人兵装を取り扱う特命遊撃士が側車に乗る事になっているんだ。
「まあ、千里さんったら…今日の千里さん、普段にも増して上機嫌でいらっしゃいますのね。」
側車の方から聞こえてくる、上品で淑やかな忍び笑い。
どうやら私の独り言は、よっぽど大袈裟だったみたいだ。
「ま…まあね、英里奈ちゃん…試作改造機のモニターって事で、ついテンションが上がっちゃったんだ。」
軽く苦笑いを浮かべながら、私はサイドカーのシートに背を預けているクラスメート兼戦友の呼び掛けに応じたんだ。
堺県立御子柴高校1年A組のクラスメートである生駒英里奈少佐は、戦国武将の血脈を現代に受け継ぐ華族の御嬢様。
だけど全く驕った所の無い、内気な程に大人しくて御淑やかな子なんだ。
そんな内気で気弱な英里奈ちゃんだけど、特命遊撃士としての力量は間違い無し。
小脇に携えたレーザーランスから繰り出される突きは、眼を見張る程の素速さと激しさだよ。
「モニター協力にも積極的に取り組んでいたなら、上層部の御歴々の覚えもめでたいからね。早いとこ少佐に昇級して、英里奈ちゃん達に追い付きたいもん。」
「其れは何とも切実ですね、千里さん…」
気遣ってくれるのは有り難いよ、英里奈ちゃん。
だけど遊撃服の右肩に輝く金色の飾緒を見ると、やっぱり羨ましくなっちゃうんだよなぁ…
って、ダメダメ!
羨んでばかりいても、仕方ないぞ!
それに無闇に他人を羨んでいたら、功を焦ってスタンドプレーに走り、自分や友軍を危険に晒してしまうんだから。
「それに今回の試作改造機には、なかなか面白いカスタム改造がされているからね。ライフル射手の私としては、見逃せないマシンだよ!」
脳裏に浮かんだ雑念を振り払うべく、私は殊更に朗らかな声を上げると、英里奈ちゃんの腰掛けている側車を一瞥したんだ。
バイク本体と同様に象牙色の塗装が施されたサイドカーのボンネット部には、マシンガンやガトリング砲のような火器類を追加するためのマウントベースが取り付けられていて、今回は私の個人兵装であるレーザーライフルを搭載してあるんだ。
まあ、これだけなら普通の武装サイドカーだね。
だけど、マウントベースの隣にはロボットアームが固定されていて、関節可動する五指マニピュレータでトリガーを引く事が出来ると聞いたら、みんな驚くんじゃないかな。
このロボットアームは私が被っているヘルメットと同期されていて、ラジコンみたいに無線操縦する事が出来るんだ。
ヘルメットのバイザーに送られてくる照準器の映像を参考に角度を調整し、射撃は脳波制御で行うの。
このロボットアームの御蔭で、私はバイクを運転しながら、愛用のレーザーライフルで戦えるようになったんだ。
こないだの中百舌鳥地区での戦闘で運用した多機能型連装砲も便利だったけど、やっぱり使い慣れた個人兵装に命を預けたいじゃない?
両手で操作するレーザーライフルを個人兵装として運用しつつ、武装オートバイでバイクアクションを決めたい。
そんな私のニーズに合致した試作改造機のモニターになれたんだから、心が弾むのは人情だね。
とはいえ、好事魔多し。
浮かれていたら足元を掬われちゃうよ!
「しかしながら…あんまりはしゃぐのも禁物だね、英里奈ちゃん!」
「仰る通りですね、千里さん。何と申しましても現在の私共は、作戦行動中なのですから!」
側車のシートに預けていた背中を浮かせ、英里奈ちゃんはサッとレーザーランスを構え直したの。
癖の無いライトブラウンの長髪の下で輝く白皙の美貌にも、個人兵装の柄を握る華奢な細腕にも、寸毫微塵の隙きもない。
それでこそ、特命遊撃士の生駒英里奈少佐だよ。
「うんうん!その意気だよ、英里奈ちゃん!」
凛々しくも勇ましい防人乙女の表情に転じた親友に笑い掛けた私も、このお気楽なツーリング気分を一気に振り払ったんだ。