第55話
そのあと、皆はまなみたちを送り返すために、部屋の奥にある大きな鏡の前まで歩いていった。鏡は人一人の全身を映すにはちょうどいいくらいの楕円形のもので、鏡の周りには蛇がからまった彫刻がほどこされていた。
「あの鏡?」
まなみがきくと、としゆきが大きく頷いた。ドルダは、鏡に近づき手を触れた。するとドルダの手が、半分鏡の中へとうまった。鏡の面が水のように揺れ、ドルダは手だけでなく身体ごと鏡の中へと滑りこんだ。ドルダの姿が完全に見えなくなると、皆は息を呑んで、見守った。そうして一分ほどすると、またドルダの手が見え、姿が見えると、ラビネは安堵して声をかけた。
「鏡の向こうはどうでした、ドルダ」
「間違いなく、としゆき様やまなみ様のおられた世界だった」
それを聞いて、としゆきと、まなみは、ほっと胸をなでおろした。その一方で、ドルダ達と別れを惜しまなくてはいけないことを知ると、まなみは、とても寂しい気持ちに襲われた。
「まなみ様、お元気で」
ラビネが、そういうと、まなみは涙をこぼしそうになった。いろんなことがあった。くじけそうになった時、ラビネがいつも声をかけてくれた。グリラスも、心を開いてくれた。そんなことがまなみの胸をふさぎ、泣きそうになった。
「めそめそするなよ」
としゆきが、そういうと、まなみは、泣くもんかといった表情をした。
「まなみ様は笑顔の方がお似合いですよ」
にっこり笑うラビネに励まされ、まなみはやさしい笑顔を見せた。
『そうだ。泣き虫まなみは卒業したんだもん!』
そんなまなみにドルダは声をかけた。
「さあ、まなみ様。行きなさい。この鏡の魔法もいつまできくか分かりませぬからな。二人とも、お元気で」
ドルダに肩を押され、二人は鏡の中へと身体をすべらせた。
鏡を通り抜けると、たどり着いた先はおじいちゃんの家の納戸の中だった。納戸の中は薄暗くて、二人は今が何時なのか、わからなかった。恐る恐る下へと降りて行くと、おじいちゃんと出くわした。
「なんだ、おまえたち探検に行くといって出て行ったんじゃなかったのか」
おじいちゃんは二人の顔を交互に見つめながら、不思議そうな顔をした。
「いや、やっぱり気が変わってゲームでもしようかなと思って」
としゆきはとっさにそういうと、おじいちゃんは
「ゲームをするなら時間厳守だぞ。あまりやりすぎるなよ」
そういうと、おじいちゃんは自分の書斎へと行ってしまった。
「どうやら、ぼくらが出て行った時間から、時は経っていないみたいだな」
「うん、そうだね」
まなみも驚きながら、頷いた。
「ドルダたちのこと、誰にもいうなよ」
「うん、いわない」
まなみは寂しい気持ちを押しこめながらも、きっぱりとそういい切った。
こうして二人は無事に自分たちの世界に戻り、おじいちゃんの家で幾日かを過ごした。平和な毎日を過ごすうちに、まなみは、ドルダたちとの冒険が、嘘だったのではないかと思うようになってきた。しかしまなみのスケッチブックには、あの時描いたオオカミや、ゴブリンたちが、動かぬ証拠として残っていた。
『オオカミもいたし、ゴブリンもいた。あの世界は空想でもなんでもない!』
あれは嘘じゃない確かな世界だった。それに魔法も使ったのだ。おにいちゃん以外は誰も信じないかもしれないけど、魔法は本当に実在した。ファンタジーの本は、空想といわれるけど、でも実際はそうじゃないのかも。本当のことを書いた本も、あの中にはあるのかもしれない。まなみは、そんな風に考えるようになっていた。
そうしておじいちゃんの家で過ごす日も終わって、おかあさんが仕事の合間を縫って迎えに来てくれた。
「まなみ、いい子にしてた?」
おかあさんは、まなみのことを心配そうに見下ろした。いつもだったら、おかあさん、おかあさんとまとわりつくところだったが、まなみは、うれしそうに、にっこり笑うだけで
「元気だったよ。おかあさんも元気そうでよかった」
と、ちょっと大人びた返事を返した。
そんなまなみに、おかあさんは、不思議そうな顔をしたが、まなみがスケッチブックを大事そうに抱えていると、どれどれといった様子で訊いてきた。
「まなみは何を描いたのかな、この家で。おかあさんに見せてくれない」
それでまなみはおかあさんに、スケッチブックを見せた。
「まあ、まなみ。あなたすごいわね。空想画をこんなにリアルに描けるなんて、すごいわ」
おかあさんが、ほめると、まなみは照れた。
「そうかなあ……」
「そうよ。まるで魔法ね」
「魔法?」




