第44話
魔法の訓練が終わると、まなみとヴィルアルは、剣の修行をしているとしゆきとドルダたちのいる洞穴へと向かった。洞穴はまなみたちのいた大きな木から少し歩いたところの岩壁にあったが、その入り口に近づいた瞬間に、ドルダとラビネが慌てて飛び出してきた。
ぶつかりかけたヴィルアルは、驚いて尋ねた。
「いったい何があったんだ、ドルダ」
「としゆき様がいなくなった! どこを探してもいない」
ずいぶんと飛び回ったのか、息を切らせながら、ドルダが叫んだ。
「どういうことなんだ?!」
まなみは、それを聞いて青ざめた。
『おにいちゃんがいなくなった……』
急に足下の地面がぐらぐらし出し、まなみは、歩くのもやっとのような気分だった。
ドルダ達の話によれば、剣の修行をある程度した後、としゆきがトイレに行きたいと言い出し、ちょっと外でしてくると行ったきり、戻ってこないとの話だった。
「何事もなければよいのだが……」
ドルダとラビネは眉を寄せ合い、困った表情を浮かべていた。ヴィルアルは腕を組み、少し考えていたが、すぐにこう提案した。
「エルフの泉なら、過去も映し出しくれる。としゆきが洞穴を出てからの足取りを見てみようじゃないか」
「そんなこともできるのですね」
ラビネは、内心ほっとした様子でそういった。
そこで皆は、まなみたちがいた大きな木のうろの中に入り、エルフの泉の周りに集まった。そうしてヴィルアルが呪文を唱えると、泉はとしゆきの姿を映し出した。
トイレに行くといったとしゆきは、洞穴から出てくると、辺りの様子をうかがいながら、エルフの泉のある木のうろの前を忍び足で歩いていった。それから、としゆきは、入ってきた赤いドアの前まで行くと、ドアを開け、無数のドアのあるあの白い空間を、縦横無尽に飛んだ。何をしているかというと、ドアの数を数えているようだった。どうやらヴィルアルのいってた部屋の数が気になり、尚且つ部屋の中には何があるのか確かめずにはいられなかったようだった。一通り、部屋を見終わったとしゆきだったが、天井の一番近くに真っ黒なドアがあることに気がついた。としゆきは、迷わずそのドアを開けた。すると、暗闇の中から大きな怪物の口が現れたかと思いきや、としゆきをあっというまに丸飲みにしてしまった。その時のとしゆきの叫びが突如木のうろの中に響いた。
「助けて!」
まなみは、わっと泣き出した。
「お兄ちゃんがっ、お兄ちゃんがっ、食べられて死んじゃった!」
あまりの突然のことで、まなみは涙が止まらなかった。一方ヴィルアルは険しい表情を浮かべていた。その横で、ドルダとラビネは、申し訳なさそうにうなだれていた。しばらくの間、皆何もいわずに黙っていたが、ヴィルアルは一言告げた。
「としゆきは死んではいない」
それを聞いたまなみは、びっくりしたようにヴィルアルを見上げた。
「その代わり魔法使いに捕まった。あの黒いドアはもっとも悪しきものへと通じる暗黒の扉であって、決して開けてはいないドアだったんだ。あの怪物は魔法使いの手下で、人を食べたりはしない。飲みこんだ後、魔法使いのところへ行き、吐き出したに違いない」
そういいつつも、ヴィルアルは固い表情を崩さなかった。
「ドルダ。人間というものは、なんと身勝手で、愚かな生き物か」
ドルダとラビネは何もいえず、ただただ黙っていた。まなみは、ヴィルアルのいわんとすることがわかった。としゆきは、むやみに歩かないようにいわれたにも関わらず、その言いつけを守らず、自ら危険な道を行ってしまったのだ。ヴィルアルに、としゆきを助けて欲しいなど、口がさけてもいえることではない。グリラスが捕まり、ロザリオ姫が捕まり、今度はとしゆき。どうみても八方ふさがりだった。
「こんなことになったのは、我らがとしゆき様をちゃんと見ていなかったせいだ。ヴィルアル。無理なことを承知でいう。まなみ様のためにも力を貸してくれぬか」
ドルダは、頭を深々と下げて懇願した。
「言いつけを守らなかった人間を助けろというのかっ!」
ヴィルアルは、額に青筋を立てて怒鳴った。一瞬周りの草や木々がざわめいた。まるでそれはヴィルアルの怒りに共鳴したかのようだった。
まなみは目の前のヴィルアルに、初めて恐怖を感じた。彼の怒りが、大気中に散らばっていくのを、まなみは肌で感じとった。かれはやさしい顔をしてはいるけど、人ではなくエルフなのだ。そのエルフを怒らせてしまったのだ。どんなことが起こってもしかたないのだ。しかしそれでも、まなみは必死に考えていた。
『わたしが助けに行くしかないじゃない!』
まなみは、とても不安だった。恐ろしい魔法使いのいる城へ、一人で行くなんて、今まで想像もつかなかった。でも、あきらめるわけにはいかなかった。グリラスを見殺しにすることもできないし、ラビネの悲しむ顔も見たくはない。ましてや、お兄ちゃんなしで現実界に戻ることなんてできない相談だった。怖いけど、わたしがやらなくちゃ。そう思ったとたん、まなみは唇をぎゅっとかみしめると、意を決してヴィルアルにいった。
「大丈夫。わたし一人でみんなを助けます」
「まなみ様?!」
驚いた様子のドルダとラビネの前で、ヴィルアルは、まなみの目をじっと見つめた。どことなく冷ややかな面持ちのヴィルアルだったが、まなみの決意に嘘いつわりがないことを読みとると、静かな口調でこう告げた。




