第40話
「ここの空間には、すでに魔法がかかっているんだ。飛べない者でも飛べる魔法がね。あとは信じることだよ。自分は飛べると強く信じること。でないと魔法がかからないからね」
そういわれて、まなみは、目をぎゅっとつぶった。
『わたしは飛べる。大丈夫、きっと飛べる。だってわたしは妖精の王女とも空を飛んだんだから』
まなみは中空を、さーっと飛んでいく様を思い浮かべると、息を整えた。そうして目を開けると、ヴィルアルの手をしっかりと握りしめた。としゆきも、気持ちを固めると、彼の手をつかんだ。
「よし。じゃあ、行くよ。二人とも、わたしの手を離さないように」
ヴィルアルが呪文を唱えると、神殿の床についていた三人の足が、ふわっと離れ、中空に浮かんだ。次の瞬間、ヴィルアルは、勢いをつけて大きくジャンプした。するとまなみと、としゆきは、ヴィルアルと一緒になって、体がすーっと上へと舞い上がり、ヴィルアルの頭上にあったドアが、目と鼻の先にあった。下を見ると、さっきまでいた神殿の床がずっと下にあった。
足下に地面や床がないというものは、奇妙なものだった。まなみは、ふわふわ浮きながらあちらへこちらへと動き回った。としゆきは、としゆきで、赤いドアだけでなく、他のドアまでふわりと飛んで行き、さーっと戻ってきた。
「二人とも、宙を飛ぶ感覚は、実感できたみたいだね。それなら本題に入ろうか」
ヴィルアルは、にっこり笑いながらも、急に真面目な顔をすると、目の前の赤いドアを開けた。
ドアを開けると、無数のつる草が、上からたれさがっていた。三人がつる草をかき分けると、少し行ったところに、巨大な古ぼけた木々が立ち並ぶ森があった。その中に入って行くと、一本の大きな木がそびえ立っていた。その木には人が十人ぐらい入りそうなうろがあり、うろの中には、緑の草が茂り、真ん中には、円を描くように小さな泉が、こんこんと、湧き出ていた。泉の水は、底がすっかり見えるくらい透明で、光を受けて輝き、まるでダイヤモンドのようだった。
「きれい!」
まなみの顔は、ぱっと輝き、その泉をすくおうとすると、ヴィルアルに止められた。
「いけない。それは、飲み水の泉ではない。古代から受け継がれてきたエルフの泉です。その泉はいろんなものを映し出す。手軽に触れてよいものでは、ありませんよ」
厳しい口調でいうヴィルアルに、まなみはちょっとしょげた。
「さて、まなみ様はヴィルアルから、魔法を教えてもらってくだされ」
ドルダがそういうと、まなみは、えっという顔をした。
「我らは、としゆき様と違う場所で剣の訓練をするので」
「なんだ、ぼくはここで訓練するわけじゃないのか」
としゆきも意外そうに呟くと、ドルダは頷いた。
「我らはこの木の後ろにある洞穴で訓練する。行きますぞ、としゆき様」
そういうと、ドルダとラビネは肩から離れ、としゆきを案内するために、宙を飛ぶと、その後をとしゆきも追いかけて行ってしまった。残ったのは、まなみだけで、目の前には、ヴィルアルがいるだけだった。
まなみは、注意されたばかりだったので、少し気まずいなあと思ったけれども、当のヴィルアルは、全くそんなことは気にしている様子はなかった。
「それでは、始めよう」
まなみは、とにかく魔法を覚えることに集中することにした。
「ドルダからの話によると、カラスを撃退したそうだね」
「はい、一応」
自信なげに、頷くと、ヴィルアルは、語り始めた。
「まずは、その自信なさそうな表情はよくないな。戦う前に殺られてしまいそうだ」
まなみは、ちょっとむっとした。魔法で全然関係ないことをいわれてもと思ったのだ。
「魔法で大事なのは、その人の気持ちであり、志だ。まがまがしい気持ちを持った者が魔法を使えば、よくない魔法ができあがる。一方で人のためになる魔法は、いい魔法ができあがる。君がこれからやろうとするのは、人助けでもあり、自分の命を守ることでもある。悪い魔法ではない。もっと自信を持って、魔法を使わないといけない。助けられる人も自信なさそうな人に自分の命を預けたりはしない。気持ちは顔に出てくる。それは魔法にも出てくることだよ」
そういわれて、なるほどと思ったが、それがわかったところで、不安な気持ちをどうしたらよいか、まなみにはわからなかった。
「だってほんとに自信ないんだもん」
「それなら自信のあることは何かな?」
ヴィルアルは、厳しい口調を和らげると、やさしいまなざしで、まなみを見つめた。その温かな瞳に、まなみは、少したじろぎながらも、懸命に考えた。けれども、自信のあることなど、何一つないような気がして、まなみは下を向いた。
『わたしにそんなものあるだろうか……。いつも泣き虫っていわれてるわたしに』
黙ってしまったまなみに、ヴィルアルはこう切り出した。
「訊き方が悪かったね。まなみの好きなことは何かな」
それだったら答えられると思ったまなみは、迷うことなくこう答えた。
「絵を描くこと」
ちょっと恥じらいながらも、まなみは持ってきたスケッチブックをヴィルアルに見せた。そこにはおばあちゃんの家で見たピンクの朝顔の絵が、描かれていた。
「なるほど。絵を描くことか。すばらしい」
ヴィルアルはうれしそうに目を細めながら、その絵をつぶさに観察していた。




