第39話
「おはようございます、まなみ様、」
見るとベッドのそばに、ラビネが座っていた。
「昨日のお部屋でヴィルアル様がお待ちですよ」
にこにこしているラビネを見ると、まなみは、昨日見た夢について話すことができなかった。ラビネもラビネで、まなみに夢はどうだったか、尋ねようとはしなかった。いつも通りの穏やかなラビネ。まなみはそんな様子のラビネに、ほっとした。
『よかった、いつものラビネだ』
まなみは少し安心した。それでも心の中はざわついていた。何か声をかけなければと思ったが、結局何もいえず、まなみは隣の部屋にいるとしゆきと、ヴィルアルの待つ部屋へと向かうほかなかった。
夜食事をとった部屋に入って行くと、そこにはまた焼きたてのパンと新鮮な果物と野菜が、テーブルいっぱいに置かれていて、ヴィルアルは、二人に朝食をとるようにいった。
「さあ、今日はいろいろやらないといけないから、今のうちにしっかり食べなさい、二人とも」
ヴィルアルは、うっすらとした笑みを浮かべながらも、ドルダと今日の予定について話し合っていた。それによると、魔法と剣の訓練が終わり次第、すぐにでも魔法使いの住んでいる城へ向かうというものだった。
まなみは、朝食をとりながらも、背筋がぴんと伸びる思いがした。いよいよ敵と戦わないといけないのだ。この間のオオカミとの戦いで失敗した苦い思いが蘇ってくる。魔法の力も大事だけれど、今のわたしに足りないのは勇気だ。今度こそ、立ち向かわないと。まなみは、ラビネに目を向けながらそう思った。そうでないとラビネが悲しむ結果になってしまう。それだけは避けたい。絶対にと思うのだった。
二人の朝食が終わると、ヴィルアルは、まなみととしゆきを連れて、外へと出た。朝になった草原は青々と輝き、朝つゆにぬれていた。空には迷いのないすーっとした青空が広がり、まなみは深呼吸を一つした。今、まなみの肩には、いつもは乗せているラビネの姿はなかった。そのラビネはとしゆきの肩に乗っていた。右側の肩にラビネを乗せ、左側の肩にドルダをのせていた。ダークはというと、
「子供の稽古になんか、つきあってられるか。おれはここでぶらぶらしてるぜ」
といって、エルフたちの岩山の部屋に残った。
先頭を歩くヴィルアルに続いて、としゆきが歩き、一番最後に、まなみがついて行った。しばらく草原を歩いて行くと、こんもりとした深緑の小さな森が現れた。
「この森はわたしたちエルフが修行する時に使う場所だ。ある意味とても神聖な場所だ」
そういってヴィルアルは、森の前で手をかざすと、何やらぶつぶつと呟いた。するとどうだろう。こんもりと茂っていた森の一部がざざざっと大きな音を立てながら、左右に分かれて行き、ひとつの小道が現れた。
「この道の奥に神殿がある。さあ行こう」
としゆきとまなみは、どきどきしながらも、ヴィルアルにいわれるままに、まっすぐな小道をつっきって行った。森の中は、静まり返っていて、鳥のさえずりも、かわいらしいリスの姿も見ることができなかった。ひたすら緑の木々の暗闇が続き、同じところをぐるぐる回っているようなそんな気分になった。しかし小道は間違いなく一本道で、まなみ達を神殿まで連れて行ってくれた。
小道が途絶えるのと同時に、真ん中が円錐型で両わきに円柱の塔がある白い神殿が姿を現した。近くまで歩いて行くと、円錐型の中央には、夜空を思わすような少し暗めの青色をした両開きの扉があり、扉の真ん中には月の形が描かれていた。ヴィルアルが、その月に向かって言葉を投げかけると、神殿の扉は、ギギィーと音を立てながら、三人の前に開かれた。
「ここは古代からあるエルフの神殿だ。たくさんの部屋があるが、使われている部屋は二つしかない。むやみに歩かないように」 いつもは穏やかなヴィルアルだったが、この時ばかりは、ぴりりとした厳しい口調で二人をたしなめた。まなみは、こくりと頷いたが、としゆきは、納得いかなそうな顔をすると、
「その他の部屋は、なんのための部屋? たくさんっていうけれど、どれだけあるの」
と、訊いてきた。
「九十九個の部屋がある」
ヴィルアルは、固い表情を崩さず、としゆきの疑問に答えてあげた。
「九十九? 百じゃなくて、九十九なの?!」
「としゆき様! 今はそれどころじゃない。剣と魔法の訓練を早く行い、救出に向かうべきですぞ」
今まで、静かに黙っていたドルダが、としゆきを注意した。でもと言いかけたとしゆきだったが、ドルダが燃えるような鋭い目つきで睨みつけてくると、すぐに黙りこんだ。
神殿の中に入ると、大きな白い空間が広がっていて、無数のドアが空中を漂っていた。
「あのドアにはどうやって行くの」
見たところ、階段らしいものはなく、まなみやとしゆきの頭上にドアが浮いている。
まなみが、びっくりして訊くと、ヴィルアルは、なんともないといった様子で一言答えた。
「飛んで行くんだよ」
まなみと、としゆきは、顔を見合わせた。ヴィルアルは、にっこり笑った。
「大丈夫。さあ、わたしの手をつかんで。行くべきドアは、あの大きな赤いドアだよ」
ヴィルアルの頭上にちょうど、そのドアは浮いていた。




