第36話
「お帰りなさいませ」
執事のベルキュームが、笑顔で出迎えてくれると、すさんでいたラビネの心は少しだけ温まった。先に帰っていたドルダや、グリラス、ダークはラビネの帰りを待ちわびていた。
「ラビネも無事帰ってきたか。心配してたんだ」
ドルダの言葉に、ほっとしながらも、ラビネはラビネでドルダの無事を確認できて安心した。グリラスやダークも怪我もなく、健康そのものだった。ただし、心に負った傷はそれぞれのようで、もともと無口だったグリラスは黙りこくっていたし、口の悪いダークは更に輪をかけて悪態をついていた。
皆、気持ちが荒れているんだ。そう思ったラビネは暖炉のそばでくつろいでいる兄弟たちにこんな言葉をかけた。
「なあ、みんな。わたしは戦場でドルダの姿を見た」
「そんなこといったら、おれもおまえの姿を見たぞ、ラビネ」
なにをいってるんだとばかりにダークはむっとした調子でいった。
「このままでいったらわたしたちは刃をお互いに向けることになる」
「なにがいいたいんだ、ラビネ」
ドルダが厳しい口調で訊いてきた。
「わたしは剣を兄弟に向けることはできません」
「けっ、もしできないなら、おまえが死ぬだけだろ。おれはためらわないぞ」
ダークはそんなことは当たり前だとばかり怒鳴った。
「ぼくもできない」
今まで黙っていたグリラスがぽつんと呟いた。
「それは父も承知の上のことだったと思うが……」
ドルダは話ながらも腕を組み、言葉を切った。
「父の願いはわたし達が皆生き延びることだったと思います。このままでいくとわたし達は自分らの手で兄弟の息の根を止めざるを得ません」
「結局、何がいいたいんだ。ラビネ」
ドルダは鋭い目つきでラビネを見た。
「騎士を辞めるのです」
「はははっ。何をいってるんだ、ラビネ。おまえ頭がおかしくなったんじゃないか」
ダークが馬鹿にしたように笑うと、ドルダはダークの笑いを手で制した。
「騎士を辞めるなんてできるわけないだろ、ラビネ。ダークじゃないが、本当に気が触れたんじゃないか」
「わたしは正気です。この戦いに何の意味があるのです。単なる陸路の利益のためだけに命を投げ出すなんて馬鹿にもほどがある」
「今の言葉はおまえの仕えている王を侮辱したことにもなるんだぞ、ラビネ」
ドルダが諭すようにいうと、ラビネは首を振った。
「王が常に正しいとは限らない。歴史書はそれを物語っていますし、詩にも残っていますよ」
「なら、どうやって騎士を辞めるんだ。おまえがそこまでいうんだ。何か考えがあってのことだろう」
「人間をやめるのです」
ラビネがそういうと、皆が驚いた顔をした。
「それは死ぬということか、ラビネ」
ドルダが問いただすと、ラビネはゆっくり首を横に振った。
「魔法を使って、人間以外のものになるのです」
「おまえにしては、珍しく卑怯な手を使うんだな」
ダークは目をしばたたきながらそういった。
「なんと魔法を使うのか」
思いもしなかった方法にドルダはびっくりして呟いた。
「魔法の中に変わり身の術というものがあるそうです」
「変身魔法だな。違うものに姿を変える魔法だな」
「そうです」
ラビネは深々と頷いた。それから荷物の中から丸めた羊皮紙を取り出した。
「城の蔵書の中に魔法書がありました。変わり身の術について書いてあったので、書き留めてきました」
ラビネが取り出した羊皮紙を、ドルダは手に取り、その中をグリラスも一緒になってのぞきこんだ。
「確かに魔法の調合が書かれてあるから、可能かもしれないが、しかし本当にそれでいいのか、ラビネ」
「それでいいとは?」
「もし仮に人間以外なものになって、この戦争の時期をのりきったとしても、二度と城には戻れないし、この家にだって戻れないだろう。そこまでして生き延びて意味があるのだろうか。それは生き恥をさらすことになるのではないか」
「生きることに恥なのあるでしょうか。それをいうなら、自分の兄弟を殺してまで生きる方がわたしにとっては、恥です」
「しかしそれは王への裏切りであり、おまえが忠誠を誓っているロザリオ姫を裏切ることにもなるのだぞ。本当にそれでいいのか」
それを聞いたラビネはしばらく沈黙した。目を閉じて、何かを考えているようだったが、祈るようなしぐさをすると右手の拳を握りしめこういった。
「ロザリオ姫なら、わかってくれると思います」
そういって、ラビネは微笑んだ。微笑んだラビネの目はどこか寂しげだった。ドルダはラビネの肩を叩いた。
「とりあえず今日一日よく考えてみろ。わたしもよく考えてみる。グリラスとダークも考えてくれ」




