第35話
「しかし姫、わたしは騎士です。あなたに忠誠を誓っているのです。命をかけて守るのが使命です」
「だったら……」
言葉につまりながら、ロザリオ姫はしばらく間を置いてからこう答えた。
「だったら、騎士を辞めてしまえばいいのです」
ラビネは目を大きく見開き、言葉を失った。
「あなたは昔から吟遊詩人になりたかった。今からそれになればいいのです」
「しかし王様にはもうすでに専属の吟遊詩人がいらっしゃいますよ」
「それはわかってます……」
ロザリオ姫はラビネの顔をわざと見ないように遠くを見つめた。
「あなたはわたし専属の吟遊詩人です。それは一生変わりません」
ラビネはロザリオ姫のその言葉を聞いて黙りこんだ。
「それからもう一つ」
ロザリオ姫はラビネの方へ向き直るとこういった。
「あなたはわたしにとって友人なのです。友人にはどうあっても生きていて欲しいのです。これからどうなるかわかりません。今までのように庭を散策することもできなくなるでしょう。あなたと話をすることもできなくなるでしょう。友人としてあなたを守ることもできなくなるでしょう」
深いため息を一つつくと、ロザリオ姫はラビネの手をとった。
「これから先どんなことが起きるかわかりませんが、どんな手段をとってもいいから、生き延びてください。もしその手段がわたしを裏切るようなことになったとしても……」
「姫、姫を裏切るようなことなど決してしません。なぜなら、今姫はわたしを友人として認めてくださったからです。こんなうれしいことは、わたしの今までの人生の中でありませんでした。そんな友人を裏切ることなんて、わたしはしません。ありがとうございます、姫!」
ラビネは、わなわなと震えながら、一粒の涙を流した。
「ありがとう、ラビネ。わたしはとても良き友を得ました。ラビネに話を聞いてもらえて、肩の荷が少し楽になりました。でもこれからはそうもいかなくなるかもしれないわね」
ロザリオ姫は満面な笑顔になりながらも、考え深げにそういった。
その後、クリスタル国、ガトレア国、イーダー国、ウォルター国の間で、ロザリオ姫が心配していたように戦争が始まった。
「いやーっ」
「うおーっ」
カンカンカンッ、ガキッ
「はっ」
まなみが次に目にしたのは、たくさんの人々が剣や槍を手に、敵陣になだれこんでいる場面だった。ラビネも鎧かぶとに身を包み、剣を掲げ、激しく戦っていた。ラビネの前に大男が立ちはだかっても、ラビネはひるまず立ち向かっていった。
「うおおおっ」
大男が大刀を振り回し、ラビネの首を狙ってくる。すんでのところで、切っ先を回避すると、ラビネはすぐさま大男の胸元に入りこみ、大男の鎧の隙間を狙ってずぶりと剣を刺した。大男は、痛さのあまり倒れこむと、その後ろから数人の若者たちが、次々と現れると、ラビネめがけて、飛びかかってきた。彼らの目には敵への怒りが宿っていた。それぞれが剣を持ち、槍を掲げて、ラビネに戦いを挑んでくる。ものすごい勢いで剣を手早く叩きこんでくるので、ラビネは必死になってその剣を受け止めた。
ガキッ、ガキッ
こっちの剣を払えば、今度は別の方向から槍が突いてくるという具合で、ラビネは息をつく暇もなかった。周りは気がつくと、殺された兵士たちの遺体が転がっていた。中にはうめき声をあげ、まだ生きている者もいた。この地獄のような状況をなんとかしたいと思ったが、ラビネはひたすら目の前の敵の刃をくぐり抜け、自分がその遺体のようにならないように戦うことだけが全てだった。
ラビネは、次々とやってくる敵をまるで棒をたたっ斬るように斬りさっていった。その敵陣の向こう側にドルダの姿がちらりと見えた。今日の敵はドルダが仕官しているガトレア国だった。ラビネは一瞬ぎくりとした。もし、ドルダと刃を交えることになったら。それを考えると恐ろしさで足が震えた。そんな恐ろしい場面だけは避けたかった。敵から攻撃を受けながらも、ラビネは、ドルダのいない方へと足が向いていった。するとそこに馬に乗ったクリスタル国の王がやってきた。
「ラビネよ。なぜお主は敵より遠ざかっているのだ。さっきまでは敵陣の中央に陣取っていたというのに」
ラビネはひざまずくと
「はっ。味方の者が怪我をしていたので、救出していたのです」
と慌てて嘘をついた。内心ひやひやしていたが、王はそれを信じて
「それならしかたないのう。救出が済んだならすぐに戦場へ戻れ。おまえは騎士なのだからな」
王は馬の手綱を持つと、自ら戦場へと向かって行った。ラビネもその後に続こうと思ったが、ドルダの姿がちらちら見えるその戦場にどうしても戻ることができなかった。
四国間は、しばらくは戦争状態が続いたが、年の一度の収穫祭の間だけは休戦状態になった。ドルダ、ラビネ、グリラス、ダークはつかの間の休暇を実家の屋敷で過ごすことになり、四人は一人一人複雑な思いを抱え、家へと戻ってきた。かつては家を父が守っていたが、今は父は亡くなり父のころから雇われていた執事が屋敷を管理していた。




