第31話
まなみは、うれしそうにラビネから眠り薬を受け取ると、すぐさま部屋に戻り、羊毛のベッドの中に身を横たえた。そうして眠り薬を一滴だけ飲みこむと、あっというまに夢の中へと落ちていった。
「ラビネ、ラビネ!」
まなみはどこかで聞いたことのある野太い声に振り向いた。見るとそこには、ドルダではなく、肩幅のがっちりした勇ましい顔つきの青年がいた。髪の色は金髪で青い目をしていた。口には口ひげが生えていて、顔立ち的には、まだ若そうに見えたが、そのひげのせいで、既に貫禄が備わっていた。
「ドルダ、いったいどうしたんですか」
気がつくと、そばに一人の少年がいた。その少年も金髪であったが、ドルダと違って細身の体型で、背が異様に高く見えた。
「どうしたんじゃなくて、剣の稽古の時間だろうが」
「ああ、ほんとだ。もうこんな時間ですね」
「ラビネは、ほんとに本好きだな」
ドルダはあきれたようにラビネを見た。
「これは本じゃなくて、詩集ですよ」
「詩を集めた本か。そんなもの読むより、剣の修練の方が大事だろ。おまえも騎士になるのだろう」
ラビネはそれには答えず、詩集をテーブルのそばに置くと、壁にかかっている剣を携えた。
「それについては父に話します」
「父は具合が悪いんだ。手短に話すんだぞ。ともかく今は剣の修練だ」
ドルダはラビネを従えて、屋敷の外へと出た。屋敷の外には、奥深い森が広がっていた。その一角に二人は陣取ると、互いに剣を構えた。
「いやーっ!」
ドルダが一気に剣をたたきつけてくると、それをラビネはひらりとかわし、逆にドルダに斬りこもうとした。ドルダはすぐさま反応すると、ガンッとラビネの剣をはじき返した。その勢いで、ラビネは一瞬よろめいたが、ぐっとこらえて、その細い腕で、剣を握りしめた。その瞬間ドルダは、剣の鋭いきっさきをラビネの首にすっとかざした。
「これが実践だったら、すぐ殺されているぞ、ラビネ」
ラビネは無言で頷いた。
「剣術よりも、おまえに足りないのは強い足腰だな。足腰が強くないと今みたいに体が揺らいでしまうんだ」
「それは分かっています」
「なら、鍛えるのみだ。腕立て、腹筋、背筋、走りこみ。そして剣術の体得だ」
「ドルダ、もう一度お願いします」
そこから二人の剣の鍛錬が二、三時間続いた。
見ているとドルダの方が、腕が上なのがわかる。ラビネがどんなに速く斬りつけてきても、ドルダはあっというまにかわし、ラビネの剣をたたき落としてしまう。力も速さも、ドルダの方が優っていた。それでもラビネは、文句ひとついわず、何度でもドルダに立ち向かった。そのラビネの真摯な粘り強さにまなみは、圧倒された。
『ラビネ、がんばれ!』
まなみは心の中で応援しつつ、ラビネたちの戦いをじっと見守っていた。
「よし、今日はこれぐらいでいいだろう」
ドルダがそういい放った時には、もう辺りは夕闇に包まれていた。いったドルダも、相手になっていたラビネも、二人とも汗だくだった。手ぬぐいで体を拭きながら、ラビネが屋敷の中へ入ろうとすると、後ろからドルダが声をかけた。
「ラビネ、おまえの仕官先が決まったからな。わたしとは別の王と仕えることとなった」
「それはどういうことです」
ラビネは、驚いて、立ち止まった。
「詳しいことは父に聞け。おまえもさっき父に話すといってたしな」
「わかりました。話してきます」
顔色を変えたラビネは、屋敷の中へ入ると、二階の階段を上り、一番奥の部屋へと向かうと、ノックもせずにドアを開けた。
そこにはドルダやラビネたちの父と思われる初老の男性がベッドに横たわっていた。
「おまえが、ノックもせずに入ってくるとは珍しいな」
銀髪のその男性は、やさしく笑っていった。やせ形のところも、目元の辺りも、ラビネにそっくりのその男性は、ベッドのそばに置いてある椅子を指さし、ラビネに座るように命じた。ラビネはすぐさま座ると開口一番こういった。
「父上、わたしは騎士になる気はありません」
父は黙って頷いた。
「なら、どうしてわたしの士官先を決めてきたのです」
「おまえだけではない。グリラスとダークの行先も決めてきた」
「二人も騎士になるのですか?」
「そうだ。まあ、皆まだ騎士見習いだがな」
「なぜ、勝手に決めてきたのです」
ラビネは食い下がって父に抗議した。
「わたしの具合が悪いんだ。わたしはたぶん、もうじき死ぬだろう。だからだ」
父のその言葉に今度はラビネが無言になった。
「我が家は代々騎士の家系だ。その血を絶やさないことが、わたしの最期の務めだと思っているんだ、ラビネ」
「それだったら、ドルダが既に騎士じゃないですか。剣の腕も立つ。安泰ですよ」




