第30話
その夜、まなみととしゆきは、ヴィルアルに別々の部屋を割り当てられ、朝までぐっすり眠れるようにと、それぞれ柔らかな羊毛のベッドが用意された。としゆきは、部屋に入ると、そのベッドの中にもぐりこみ、あっとういまに眠りに落ちていったが、隣の部屋に入ったまなみは、ベッドの中に入っても少しも眠ることができなかった。オオカミとの戦い、連れ去られたグリラスのこと、ラビネとロザリオ姫のこと、そんなことが頭の中を駆けめぐり、まなみはちっとも眠ることができそうもなかった。しばらく羊毛のベッドの中で、寝返りを打っていたが、頭はさえわたり、まぶたは下へと落ちてくる気配は一向になかった。
「だめだ。眠れない!」
まなみは羊毛の毛布を、蹴飛ばし、ベッドから転がり落ちると、ぐちゃぐちゃの髪のまま、部屋のドアをばんっと開けた。開けると、心なしか、軽やかな風が、まなみの心をくすぐった。目の前には、歩いてきた草原が、ずっと続いていた。
エルフたちの囲む大きなたき火は、少しいった先にあった。まだ踊りは続いているようだった。どうせ眠れないなら、かれらと一緒に夜通し踊るのもいいかもしれない。まなみの中にある不安が、一瞬だけ薄れた。まなみの足は自然とそちらに向かおうとした。その時、まなみを呼ぶ声がした。
「まなみ様! いったどこへ行くのですか」
見ると足下にラビネがいた。
「眠れなくて……。それで外にでも行こうかなと思って」
「もう夜ですよ。こんな夜に出歩くのは危険です」
「でもあそこでエルフたちが踊っているし。あの人たちと踊っていたら、夜も怖くないかも」
ラビネは目を丸くして、まなみを見つめた。
「彼らと踊るつもりだったんですね。あの人たちは大人ですよ。子供のあなたが、あの輪に入るのはどうかと思いますよ」
ラビネが少し避難がましくそういうと、まなみは、ちょっとむっとした。
「じゃあ、ラビネならいいの?」
「わたしは一応大人ですからね」
「わたしも、一応一人前のレディだもん。大人の人ともきちんとお話できるもん」
まなみは、今はおかあさんやおとうさんから離れて、ドルダやヴィルアルたちと対等に話をしているのが、ひとつの自信につながっていた。自分だって、もう大人の仲間入りをしてもいい頃だ。まなみはそんな風に考えていた。
「ほんとにレディだったら、外に出る時は、髪ぐらいはとかすべきですよ」
ラビネが笑ってそういうと、まなみはあわてて髪を手でおさえた。恥ずかしそうに顔を赤らめると、ぷっとふくれた。
「そういうことは、早くいってよ、ラビネ」
「ロザリオ姫も、小さい頃はそんなことがありましたね」
「お姫様なのに?」
「そう、お姫様なのに」
ラビネはにっこり笑いながらも、どこか寂しげだった。
「心配だよね」
「そうですね……」
「ねえ、恋人だったっていうのは、本当なの?」
さっきダークがいっていたことが気になり、まなみの口からそんな言葉が出た。それを聞いたラビネは、まなみをじっと見つめた。それからため息をつきながら、首を振った。
「ダークのいったことは嘘ですよ。わたしはただの騎士でしたからね」
「でも仲は良かったんでしょ」
「そりゃ、そうですよ」
「ロザリオ姫ってどんな人」
「さあさあ、もう夜も遅いし、寝ないと駄目ですよ、まなみ様」
ラビネは、やさしく諭すようにいったが、
「だって、眠れないもん」
と、まなみは口をとがらせた。
「それに助けに行く人がどんな人か知りたいもん」
「それはそうかもしれませんね……。しかし寝ないわけにはいかないですよ」
「でも知りたい」
ラビネは少しの間考えていたが、まなみにこう切り出した。
「わかりました。ここに魔法の眠り薬があります」
ラビネは自分のうろこの間から、ガラスの小瓶を取り出した。
「この眠り薬は、わたしが以前作ったものです。正確にいうと、わたしがドラゴンになる前に作ったものです。ドラゴンになってしまったら、人間だった記憶もなくなる危険もあるということでしたので、騎士だった時の自分の記憶を、この眠り薬に閉じこめました。この眠り薬を飲むと、夢の中でわたしの記憶をたどることになります。当然のことのようにロザリオ姫も出てきます。まなみ様は眠りながら、ロザリオ姫のことも知ることができるでしょう。それでいいですか、まなみ様」
まなみは激しく首を縦に振った。
「うんうん、いいよ。その眠り薬飲んで寝る」
笑顔になったまなみを見て、ラビネはほっとした面持ちで、その眠り薬を渡した。
「いいですか、眠り薬は一滴だけ飲めば十分に効きます。それ以上は飲んではだめですよ」
「わかった。ありがとう、ラビネ。これ使って寝るね」




