第1話
「おじいちゃん、おばあちゃん、遊びにきたよ!」
まなみは大きな声で家の玄関口で叫んだ。家の周りには小さな林があり、そこから蝉がひっきりなしに鳴いているのが聞こえてくる。まなみの手には小さなスケッチブックと、着替えを入れたかばんが握られていた。そのうしろから兄のとしゆきと、おかあさんの美智子がやって来た。
「いやいや、早い時間に着いたんだね」
家の奥から、おばあちゃんがにこにこしながら出てきた。
「しばらくうちの子たちがお世話になります」
大きなボストンバックを持ちながら、おかあさんの美智子がおばあちゃんに頭を下げた。
まなみは小学四年生、兄のとしゆきは小学六年生。二人は、おかあさんの仕事が忙しいということで、おじいちゃんの家に夏休みの間預けられることになったのだ。
「美智子は今日は泊まっていけるのかい」
「ごめんなさい、おかあさん。明日大事な仕事があるから、駄目なの」
「あらあら、そうかい」
おばあちゃんは、なんでもないといった顔をすると、まなみにいった。
「まなみちゃん、今日はおばあちゃんと一緒に寝ようか」
おばあちゃんがにこにこしながらいったにもかかわらず、まなみは泣きそうな顔をした。
「おかあさんは?」
「おかあさんは、明日仕事だから、おばあちゃんのいうことを聞いてちゃんと寝るのよ」
おかあさんは、たしなめるように、まなみにいったけれども、まなみは、えーっといった顔をした。元気だったまなみの顔がたちまちくもっていく。それを見ていた兄のとしゆきは、からかいだした。
「泣き虫まなみの登場だ。おかあさんと、一緒じゃないと寝れないなんてまだまだガキだなあ」
あははと笑うとしゆきに、おかあさんがげんこつをくらわす。
「痛いなあ、おかあさん」
「そういうあんたが、一番ガキなのよ。あんたが兄さんなんだから、しっかり面倒見るのよ」
「えー、なんでぼくが面倒見るんだよ。面倒くさいなあ」
うさんくさそうな目で、としゆきはまなみを見る。まなみはまなみで、むっとした調子でとしゆきを見る。
「泣かないもん!」
「おっ、いったなあ。」
またにやにやと笑いながら、何かいおうとしていると、おじいちゃんが玄関口に出てきた。
「ずいぶん賑やかだと思ったら、としゆきとまなみが来たのか。そこで騒いでないで入りなさい。美智子は少しは上っていけるんだろう」
「それが、そんなに時間がないの」
おかあさんは、困ったような視線をおじいちゃんに投げた。おじいちゃんは、ふうっとため息を一つつくとこういった。
「そうか、それじゃあしかたないな。また今度来た時、ゆっくりしていけばいい」
「すみません」
申し訳なさそうに頭を下げるおかあさんにまなみは、べったりとはりついている。
「おかあさん、わたし泣かないよ」
「そうよね。まなみは泣かないもんね。いい子にしてるのよ」
おかあさんはやさしく笑うと、おばあちゃんとおじいちゃんにいった。
「まなみはいいんだけど、としゆきはいったことを守らなかったり、まなみをちゃんと見ていてくれなかったり、ちょっと問題児なの。迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「なんだよ、それおかあさん」
横で聞いていたとしゆきが、不満そうに、抗議した。
「ほんとのことをいったまでよ。ほんとに迷惑かけちゃだめよ」
おかあさんは、そういうと、まなみととしゆきを残して、おばあちゃんの家を出ていった。
まなみは寂しそうな顔をしていたが、おばあちゃんに
「さあさあ、夕飯にしましょう。今日はまなみちゃんの好きなカレーにしようかね」
と、いわれて、ぱっと笑顔になった。
こうして二人はしばらくの間、おばあちゃんの家で、過ごすことになった。
次の日は、晴れだった。まなみはおばあちゃんの家の庭に出て、絵を描いていた。ピンク色の朝顔を色鉛筆で塗りつぶしていると、おじいちゃんが庭の一角に作られた畑に、ホースで水やりを始めた。水しぶきが当たった野菜たちはしっとりとぬれながら、ガラスのように光っている水の玉にふちどられていた。
「まなみはもう夏休みの宿題やったのかい」
おじいちゃんが、声をかけると、まなみは元気よく答えた。
「うん、家でやって来た」
「そうか、そうか。それはえらいなあ。ところでとしゆきはどうした」
「ゲームやってる」
それを聞いたおじいちゃんの顔はちょっと怖そうな顔になった。
「まったくあいつは昨日からゲームばかりだなあ。困った子だな」
おじいちゃんはぶつぶついいながらも、水まきををやり終えると、家の中へと入っていった。まなみは、朝顔を描き終えると、今度は、水の玉でいろどられた緑の野菜たちを描き始めた。せっせかせっせか、描いているうちに野菜の間から緑色のいも虫がはってくるのが見えた。まなみは一瞬にして固まり、
「ぎゃあああー」
と、この世の最後かと思われるほどの悲鳴をあげた。