GO EAST6
「どうしたの?ジョシュア、ぼ一っとしちゃって。私の話、ちゃんと聞いてる?」
「あぁ。ごめん。何だっけ?」
「口の端にソ一スが付いてる、って言ったの。ほら、ここに」
アレインは、僕の口の左の端を、指先で拭った。そして、その指を、ぱくりと口に入れた。僕の胸の鼓動が、一つはね上がったことになど、微塵も、気付いていないのに違いなかった。
「トマトソ一スには、やっぱりバジルよね。ジョシュア、オレガノと、どっちが好き?」
「僕もバジルかな」答えると、アレインは、にっこりした。(落ち着け、心臓)と、思った。アレインが好きだと言ったのは、「僕」じゃなくて、「バジル」なんだぞ、、。屈託のないその笑顔に、訳もなく後ろめたい気持ちになって、僕は、食べかけのパニーニを、口に押し込んだ。その時。
「すみませ一ん」と声がして、足元にボールが飛んで来た。見ると、こちらに向かって手を振る、少年たちがいた。アレインは、立ち上がり、そのボールを蹴り返した。大人たちは、皆一様に肩を落として、暗い顔をしているというのに、子どもたちは、元気はつらつとしている。
「私が護衛術を習い始めたのも、あのくらいの年齢だったわ」僕は、果汁を一口飲み、
「何で、また」と、聞き返した。「え?」と、アレインが、小首を傾げた。
「お姫様っていうのは、ルスランみたいな近衛兵に護られて、大勢の召使いにかしずかれて暮らしているものなんじゃないの?ダンスや、お茶の稽古?は、必要だろうけど、身の危険を感じることは、少ないんじゃないの?」
「ジョシュア、それって、偏見って言うのよ」「、、そう?」
「まぁ七割方は、当たっているけれど、中には、乗馬や、狩りに出ることが、好きな方だっているのよ。私の場合は、、弟が、体を鍛え始めたのが、その頃で、付き合っている間に、楽しくなっちゃったんだけど」
「ふうん、、弟さんと、いくつ、離れているの?」
「7つ離れているから、今、11歳ね。私たち姉弟と、亡くなったお兄様は、お母様が違うのよ。お兄様のお母様が、若くして亡くなられて、後添えとして、私たちのお母様が入られたって訳。だから、私たち、あまり、似てないのよ」
「そうなんだ、、僕には、双子の兄がいるんだ。イリヤっていうんだけど」
「双子?」と、アレインは、僕の顔を覗き込んだ。僕は、小さく笑った。
「うん。でも、あまり似てないよ。イリヤは、勇敢で、剣も槍の腕も凄くて、魔法だって使えた。僕たち二人が並んだら、誰だって、イリヤを、預言の勇者だって、思うよ。ただ、イリヤの腕には、アザが無かった。ただ、それだけの為に、イリヤは、僕を守る為に、犠牲になったんだ」
うつ向く僕の背中を、アレインは、叩いた。むずがる子どもに、母親が、そうするように、とんとん、と。
夕方には、サ一シャも、目を覚ました。器用な手つきで、ジョシュアが、皮をむいた、リンゴを一個、食べたのを見計らって、私たちは、階下の食堂に下りた。黒パンと、冷肉の盛り合わせを食べ、リンゴの発泡酒を飲んだ。
「明日には出発出来るかしら」
「おそらくは。魔物たちが、沢山出ないことを、祈るのみです」
「明日からは、しばらく、僕が、御者台に座るよ」そう言った、ジョシュアを、ちらりと見て、ルスランは、
「それがいいかもしれません」と、言った。
数日後。門が閉まるぎりぎりの時間に、私たちは、次の町に着いた。都に近付いて来た為か、魔物たちが、手強くなって来ていた。空からは、怪鳥やガ一ゴイルの群れが、森からは、狂暴性を増した獣たちに加えてケンタウルスが、廃墟となった町の焼け跡からは、ゴ一ストやアンデッドたちが現れ、私たちの行く手を阻むのだった。サ一シャに休んでもらうつもりだったけれど、そう悠長なことは、言ってられなかった。ルスランが手綱を操り、ジョシュアが雷を喚び、サ一シャが魔法を唱える。先を急いでいる為に、仕方がなかったのだけれど、私の出番は、休息の際に、魔物たちに出くわした時のみに限られた。魔物たちにも、感じるところがあったらしく、雷鳴が轟き、空に鉛色の雲が立ち込め始めると、一目散に逃げて行く姿を見るのは、爽快だったけど。
「最近は、物騒になって、滅多に旅人なんて来やしないのに、あんた方、腕が立つんだねぇ。やれやれ、顔が真っ赤じゃないか。ちょうど、お湯が湧いたところだから、汗を流して来るといいよ」宿のおかみさんは、そう言った。