GO EAST4
翌日、私たちは、都への旅に出発した。ここまで来る道中、乗って来た馬が、宿の裏庭で待ってくれていたのを見た時には、さすがに涙がこぼれてしまった(そして、改めて宿の主夫妻に、感謝した)。シャルトランからの、険しい道中を、共に乗り越えて来た仲間であり、お父様愛用の名馬である、この馬が、道中、怪しげな奴らに狙われていたことは、知っていたから。
「あぁジュベ一ル!また会えて、本当に嬉しいわ!」
顔を寄せて来た白馬の鼻面を、私は、撫でた。ジョシュアとサ一シャも、馬でここまでやって来たそうで、協議の末、馬車を一台、もらい受けることにした。近隣の村や集落から、家財道具を積んで、この町までたどり着いた人々の馬車が、乗り捨てられていたから。馬たちの相性が良かったのに相反して、ジョシュアとルスランとの間には、微妙な空気が流れていた。本音を言えば、ジョシュアは、私よりもルスランに、剣術の稽古を付けてもらいたいのだと思う。ルスランは、若い頃、神学校で学んでいただけあって、治癒呪文に秀でているだけでなく、剣士としての手ほどきも、一通り受けていたから。でも、ルスランは、ジョシュアが、もの言いたげに近づいて行っても、するりとかわしてしまう。非業の死を遂げた、四人の仲間たちの分も、私を護り、お父様のご期待に添えたい、という気持ちが、そうさせているのかもしれないけど。私がジョシュアに稽古を付けている間、ルスランは、タオルを持って、じっと、その様子を見ている。ジョシュアに何か粗相がないか、見張っているみたいに。
「お食事が出来ましたよ。あら、ジョシュア、顔を洗ってらっしゃい。泥が付いているわ」一人、煮炊きをしていた、サ一シャが、そう言った。
「え。どこ?」
「ほっぺたのところ。夕べ、雨が降っていたから、足元が柔らかくなっていたのね」
サ一シャは、腕を伸ばして、ジョシュアの頬に触れた。足首まですっぽりと覆う、深緑色のローブという、色気とは、程遠い格好をしているのに、女性らしさが匂い立つ。サ一シャがジョシュアに接する態度は、姉が弟に対するそれだったけれど、胸の辺りがちりちりした。
「私も行く。靴に泥が付いちゃったから。行きましょう、ジョシュア」私は、ジョシュアの腕を引き、川縁へと下りて行った。
靴を脱ぎズボンの裾を折り曲げて、ジョシュアは、ばしゃばしゃと、川の浅瀬に入って行った。シャツも脱ぎ、濡らしたタオルで体を拭き、顔も洗っている。普段は、着痩せして見えるジョシュアだけれど、そうしていると、実は細いけれど均一に筋肉が付いて、引き締まっているのが判った。そして、私は、それを見た。左の上腕部に付いた、イカヅチの形のアザを。
「その者雷の剣を振るい、竜の背中に乗りて魔王と戦い、我等を平和と安寧の御世に導かん」
かつて、祖父の膝の上で聞いた、預言の書の一説を思い出す。
私は、濡らしたタオルで、靴を拭きながら、
「男の人っていいわね」と呟いた。
「うん?」「、、何でもない」
川の浅瀬から上がって来たジョシュアは、足を拭き、靴下を履いて、靴に足を突っ込んだ。靴紐を結ぶ為に丸めた、一見、無防備な、ジョシュアの背中の向こう側から、ひょっこりと、黄色の膚に紫色の斑点が浮いた、カエルの群れが、地中から飛び出した。
「ジョシュア!!」
振り向き様に、ジョシュアは、拳でカエルたちを殴りつけた。ほっとしたのも束の間、ひっくり返ったカエルたちは、ぱっくり空いた口から、紫色の息を吐いた。
「ジョシュア!姫様!伏せて!」サ一シャが杖を振り上げ、ルスランが、土手を滑り落ちて来るのが見えた。ジョシュアは、身を翻し、私に覆い被さった。ジョシュアの肩越しに、サ一シャの爆発呪文が炸裂し、カエルたちが、木っ端微塵に吹っ飛ぶのが見えた。
汗ばんだ素肌から立ち上る、汗の匂い。直に触れた滑らかな肌と、みっしりと筋肉が付いた、男性の腕に、為すすべもなく、抱きしめられる感覚、、指先から力が抜け、忌まわしい記憶が、よみがえって来た。
「きゃああああああ!!」
気が付くと、私は、金切り声を上げていた。ルスランが、ジョシュアを殴り付け、ジョシュアが、吹っ飛んだ。