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君がわからなくても  作者: 爺誤
9/10

9 一夜の……?

「椅子が一つしかなくてごめんなさい。お茶だけは自信があるから、どうぞ」


 招いてから気が付いたんだけど、僕の部屋は人を招くのに向いていない。

 官舎の一部屋だから、寝台と物入れ代わりの棺と机と椅子しかない。後宮はとても広かったけれど、家にいた頃はここと代わらない部屋に住んでいたから、むしろ落ち着く。だけどハーディンみたいに大きな人が入ると狭く見える。

 椅子はハーディンに譲ったから、僕は寝台に座っている。部屋が狭いから膝が付きそうなぐらい近くて、ちょっと嬉しい。


 ハーディンがお茶を受け取る時に、左腕のバングルが見えた。昔から非番でも剣とこのバングルだけは身につけていたのを思い出す。

 大きめのバングルは籠手の代わりに使えるんだと教えてくれたっけ。昔つけていたのとは少し意匠が変わっているから違うのもなのだろう。僕と違って既に大人だったハーディンは、離れていた数年があっても変わらないように見えていた。でも、時間は同じように流れていたのだから、僕の知らない数年間がある……。


「美味い」


「口に合って良かった」


 とっておきの陛下用のお茶だ。陛下がまた来るか分からないし、ハーディンに美味しいものをあげたい。

 彼を部屋に招いたのは、彼を愛人にするためだ。でも、寝台がこんなに狭いとハーディンは一緒に寝てくれないかもしれない。勢いで何かをするのは難しい。

 ハーディンはお茶の器をじっと見て動かない。最近は休みのたびに僕に会いに来てくれるから休めていないのかも知れない。


「ハーディンさん?」


「あ……すまない、最近仕事が、忙しくて」


「無理しなくていいんですよ。すぐに帰っても僕は気にしません。仕事が休みの日には休むことも大事です」


 勢いで誘っちゃったけど、こんな狭い寝台で一緒に寝ても休まらないだろう。ハーディンは優しいから、僕が愛人なのに主人である陛下に放っておかれているのが可哀想だと思っているのかも。

 そう思っていたら、ハーディンが急に動いて僕の肩を押した。思いがけない力は痛くはないけれど、寝台に仰向けに倒れてしまった。そこにハーディンが覆い被さってくる。寝るならこっち向きじゃなくて、寝台に向かって縦の方が良いんじゃないかな。


「ハーディンさん?」


「部屋に入れるという言うことは、同意とみなしていいんだろう」


「……はい」


 一緒に寝るんだよね。こんなにハーディンに近いのは、後宮に入る前に話した時以来だ。あのときはハーディン口づけ、してくれて……。心臓がドキドキしてきた。音が聞こえるんじゃないか不安になって胸元をぎゅっと掴んで、彼を見上げた。

 苦しそうな表情で僕を見ていたハーディンが、泣きそうな表情になった。どうしたのだろう、仕事で辛いことでもあったのだろうか。


「すまない」


「ぇ?」


 何で謝るの? 僕は何も嫌がっていないのに。もしかして自分からハーディンを寝台に引っ張り込んで、無理矢理寝かしつけなければならなかったのだろうか。


「突然こんなことをするのは失礼だった。順序を踏もう」


 身体を起こしたハーディンが、僕も引っ張って起こしてくれる。


「あ……の……」


「君を愛人にした人と話をつけたい」


「ええ!?」


 それは無理だ。遠目で服が地味だったからバレていないようだけど、陛下にハーディンを引き合わせることはできない。近くで見たら、陛下だって分かってしまう。ハーディンは警備隊だから陛下と面識があるはずだ。そもそも僕から陛下に連絡する手段はない。


「君を俺だけのものにしてから、正式に付き合いを申し込みたい」


 付き合いって愛人になることだろうか。陛下なら僕が愛人を見つけたと言ったら、良かったなと言ってくれそうだけど……。


「へ、あの方は、僕が誰と何をしても気にしません」


 ハーディンの眉間の皺が深い。しかめっ面でも格好いいなぁ。


「そもそも愛人なら働く必要はないだろう」


 やっぱりお金を出すほうが主人で、お金を貰ってるほうが愛人なんだ。ハーディンにお金を貰うのは申し訳ないから、僕がお金を出したいな。

 あ、陛下の愛人なのに僕が働いている理由? 愛人だから働いて陛下からお給金貰ってるんじゃないのかな。後宮にいられなくなった理由なら簡単だ。


「それは、僕が大人になってきてあの方の傍にいられなくなったから」


「はぁ!?」


 体格が小さいから誤魔化せていた性別も、こう大きくなっては誤魔化すのは難しい。まだハーディンよりは小さいけど、一般的な女性よりは大きくなってしまった。背の高い女性と言い張るには、声は低くなったしまったし胸も尻もなさすぎる。

 それにしても、この至近距離でもハーディンは気付くそぶりもない。昔のルートは忘れられてしまったのか……少し寂しいけど、それでいいのかも。僕の外見は変わってしまっても、心はあまり変わらない。ハーディン、好きだよ。


「いや、君が納得しているのならいいんだ。少し頭を冷やしたい。何か用があったら警備隊の誰かに言付けて貰えれば、すぐに会いにくるから」


 顔を覆うように眉間を揉みながらハーディンが立ち上がって、引き留める間も無く帰って行ってしまった。やはり疲れていたんだろう。


 用があったらすぐに会いに来てくれるなら、ハーディンの疲れが癒えたころに呼ぼう。そして、はっきり好きだと言おう。僕の愛人になってくださいって。今まで貯めたお金は棺に貯めてあるから、全部出したら少しは心が揺らぐかもしれない。

 幸いハーディンは小さな男の子は好きなようだから、嫌だとはっきり言われるまで頑張ろう。

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