7 利害のすれちがい
送って貰った日から、ハーディンとよく顔を合わせるようになった。嬉しいけれど、これまでなかったことだから違和感が強い。今日も僕が一人になったのを見計らったようにハーディンが現れた。
「ハーディンさん、どうして僕を気にかけてくれるんですか?」
果物を取ったからと持ってきてくれるのは嬉しいけど、僕を昔のルートだと認識していないのに会いにくるのは不自然だ。ハーディンを疑いたくないけれど、僕が備品部の役人だというのが理由だったら……。
「君が、男の愛人だと聞いたんだ」
「え!? 誰がそんなことを」
それはノジョウさんしか知らないことのはずだ。先輩も知らない様子で普通に接してくれるし、ノジョウさんが他人に漏らすとは思えない。どこかで噂にでもなっているのだろうか。
陛下に迷惑がかかってしまう。あの方のことだから、ノジョウさんへの嘘についても、女好きが色好みに範囲が拡大されただけだと笑っていたけれど。
僕が慌てるのをよそに、ハーディンが眉を寄せて苦しげに告白した。
「俺も……もしかしたら同性が好きなのかもしれないと思う時があって、ル……君に相談をしようかと」
何故かわからないけれど、ハーディンは僕の名を呼ぶのをためらう。いまもルートから言い換えたのがわかった。僕が男の愛人だと思っていて、本当は嫌悪しているのかもしれない。違うと言いたいけれど、違うなら僕と陛下の関係は何だと聞かれても答えを持っていない。気持ちは親子だけれど、それじゃあ僕が王子ということになってしまう。
その前に、いまハーディンはなんと言った? ハーディンも同性が好き? 僕は何に答えたらいい?
「あの、僕は、その……」
「問題が問題だから言い出しにくくて、君も本当だとしても肯定はしにくいだろう」
「愛人というのは……その、違うんです。それが都合が良かったから、そういうことにしただけで」
ルートが女性として後宮に入った以上、出るためには実家に帰るか死ぬかの二択しかなかった。実家に帰るなんてもってのほかだったから、死んだことになった。
身寄りがあやふやなのに役人にしてもらうには、陛下の愛人ということにして誤魔化したからだ。外に出て働こうにも、どうしたらいいかわからないから陛下に甘えている。もっとも、人に聞かれた時にはノジョウさんの会ったこともないような遠い親戚ということになっている。
「都合?」
「いえ……僕も、男のひとが、好きで、家に居づらくて困っていたところ、ここの仕事を紹介していただいたんです」
この言い訳は有りだろうか。とっさの割にはうまく言えた気がするんだけど。
「あの男の愛人じゃないのか?」
「あの男?」
驚いて見ると、ハーディンがしまったという顔をしている。陛下と一緒にいるところを見られていたのだろうか。あの男なんて言いかたなら、陛下とは気付いていないみたいだ。
「君がここで男に抱きしめられているのを見た」
「それは、僕がちょっと落ち込んでいたから」
「落ち込んでいたところで、普通はいい歳の男を抱きしめないだろう」
「……そうですよね」
後宮時代は陛下とは話すのは寝台の上だったから、だいたい密着していた。男は固いから好きじゃないけど、お前は顔がそれだから許すなんて言われていた。その癖があったから、抱きしめられても違和感がなかった。
髪や目の色が変わっても、顔立ちじたいはそう変わっていないと思っていたけれど、ハーディンが何も感じないなら顔立ちも変わったんだろう。
いや、以前のルートもハーディンにとっては取るに足らない人間だったのかも……あ、胸が痛くなった。
「僕はほかに好きな人がいるから」
「ほかに想う相手がいるのに?」
ハーディンの顔が険しい。同性間での恋愛に嫌悪感があるのかもしれない。自分もそうかもしれないという話も、そうであったら嫌だという意味かも。
「僕の好きなひとは僕のことを好きではないんです。だから」
「そこをつけこまれているのか」
話が噛み合っていない気がする。僕が言葉を重ねるほどにハーディンの怒りも増していくようだ。だけど僕がどうだろうと彼には関係がない。以前のルートならともかく、僕は偶然知っただけの備品部の役人だ。
「どうしてハーディンさんが怒るんですか?」
「君のことが……気になるんだ」
そんな苦虫を噛みつぶしたような顔で言われても嬉しくない。嫌悪感から気になって仕方ないんじゃないだろうか。言っていることは告白のようだけれど、以前のハーディンを知る僕からしたら全く自然じゃない。やっぱり備品の横流しだろうか。僕が男性を好むなら、ハーディンに告白されたらほいほいついて行くと思った? 実際ハーディンは警備隊長の息子で顔立ちも整っているからモテるひとだ。……騙されていてもついて行きたいけど、それは彼のためにならない。
でも、横流ししろと言われたらそのとき断ればいいんだし、ちょっとぐらい良い思いをしても良いかな、僕。
「それは僕のことが好きだということでしょうか」
「いや……うん……そうかも、しれない」
「嬉しいです」
強引かもしれないけれど、真面目なハーディンならこう言ってしまえば考えてくれるだろう。相変わらず苦虫を噛みつぶしたような顔をしているけれど、彼がほかの役人に目をつけなくて良かった。僕が彼の悪事を止めてみせる。
僕はハーディンとちょっと特別な関係になれて、ハーディンは悪いことができない。これは良いことだ。




