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君がわからなくても  作者: 爺誤
2/10

2 隠し通します

 後宮は大きな建物だった。王宮と続いている廊下はひとつだけで、あとは二重の塀で囲われて簡単に侵入できないようになっている。塀と塀の間には獰猛な動物が放たれているらしい。

 そんな説明を受けたあと、後宮に入る前に僕の身上書が読み上げられた。


「お一人で良く来られましたね。身の回りのことは全てご自分でなさるということになっていますが、宜しいですか?」


 身上書を見ながら問うてきた怖そうな女官長に、精一杯おかしく見られないように頷いた。


「とはいえ、誰もつけない訳にはいきませんので、女官をひとりつけさせていただきます。女官の名はタリャです。用事がある時は呼び鈴をお使いください」


 タリャは三十前後の落ち着いた雰囲気の女官だった。目が合うとにっこり笑ってくれたから、きっといい人だ。

 最後に、下着一枚になって身体を改められた。念のためと前を挟み込んで止められたのは恥ずかしかったけれど、助かった……。貧相な体つきの子供だと思ってほしい。


「ルート様、月のものはおありですか?」


 月のもの? 月の障りのことだろうか。陛下が来そうになったら月の障りだと言えと言われたな。今日の今日で陛下が来るなんてことはないだろうし、よく分からないけれど首を横に振った。


「そうですか。陛下にも念のためお伝えしましょう。タリャ、いいですね」


「はい」


 二人とも貧弱な身体に少しだけ同情しているようだ。まぁ、家が貧乏なのはバレバレだろうけど……。




 タリャと二人で部屋まで静かに歩いた。色々聞きたいことはあったけれど、僕は喋れないことになっている。家にいた頃は喋らなくても生きていけると思っていたけれど、駄目だと言われると無性に話したいから困ってしまう。


 僕の部屋は広くてすっきりしていた。

 調度品は装飾が控えめで、ファブリックも落ち着いた色合いのものばかりだった。女性ばかりだから、鮮やかな色彩を使われていたら落ち着かないから嬉しい。


「今はこちらの部屋しか空いておらず、申し訳ありません。お好みの雰囲気がありましたら遠慮なくお申し付けください」 


「……っ」


 思わず、これが好みですと言いそうになった。話してはいけないのだから、慌てて口を閉じて首を横に振った。質素だと怒るか心配しているのかもしれない。

 装飾がないほうが掃除もしやすいし、汚れも気付きやすい。良い部屋で嬉しい。


「早速ですが、今夜、陛下が渡られます。ルート様はまだ大人ではいらっしゃらないので、おそらく何もないと思いますが、陛下のなさるようにお任せしてください」


 今夜!? 国王陛下はマメなんだな。こういう時は、月の障り……ないって言っちゃった!

 あわあわと視線を彷徨わせていると、タリャが失礼と断りを入れて抱きしめてくれた。柔らかくて優しい感触は初めてで、母が生きていたら、一度ぐらいは抱きしめてもらえただろうかと思った。


「どうしても嫌なことがあったら、ベルでタリャをお呼びください。控えていますから、すぐにお助けします」


 それはタリャが陛下に逆らうということだ。出会ったばかりの僕のために命をかけてくれようと言うのか。身体の発達していない女性だと思われているから、優しいんだ……。僕が男だと陛下にバレたら、彼女も罰を受けるのだろうか。

 僕はタリャから離れて微笑んだ。大丈夫、隠し切ってみせるから。


 タリャが手伝おうとするのを必死で追い出して、身体を洗った。部屋ごとに小さな湯殿があって、流石……と感動した。

 母の夜着を纏って、鏡を見た。似ていると言われるから、母はこんな感じだったのだろうか。


 父に嫁いだ時の母は十四だった。すぐに僕を身ごもって、産む時に死んでしまった。街で子を産んでいる人たちは十代後半からだから、早すぎて身体が追いつかなかったのかもしれないと聞いた。

 僕は身籠もらないから、そんな心配しなくていいんだ。タリャの優しさを、偽りの身分で受け取るわけにいかない。出会ったばかりで、迷惑をかける可能性のあるタリャは極力遠ざけよう。



 夜になり、寝台に腰掛けて陛下を待った。

 どういう方なんだろう。母の従兄弟で、遠い親戚だけど想像もつかない。


 扉が静かに開いて、大きな人が入ってきた。ハーディンと同じぐらいか、それより大きく見える。

 声を出しての挨拶ができないから、立ち上がって礼を取った。頭を下げて、許しが出るまで上げてはいけないのだ。


「頭を上げよ。ルート、か。母親によく似ている……」


 顔を掬うように両手で支えられて、じっくり見られた。そのまま、キスをされた。立場は納得して来たつもりだけど、ハーディンとしていて良かった。

 不安で小さな震えが止まらないのを、陛下が肩を抱いて寝台に座らせてくれた。


「安心しろ、子供に興味はない。だが、今日は同衾するのが決まりだから、隣で眠るだけだ。俺のコレもたまには休ませねばならんからな」


 頭を撫でながらにやりと笑われて、ふっと力が抜けて涙がボロボロッとこぼれた。緊張し過ぎていたようだ。


「っ、ごめ、ごめんなさい」


「何だ、話せるんじゃないか。話せないというのは、何か理由があるのか?」


「〜〜っ」


「あー、まあいい。おいおい聞いてやる。俺はその顔に弱いんだ。本当に母親にそっくりだ……お前、顔に傷だけはつけるなよ」


「は、い」


「よしよし、素直で何よりだ」


 色々混乱していて、寝台に横になって頭を撫でられているうちに眠ってしまった。

 肩を抱いた僕の身体に違和感を覚えた陛下が、寝ている間に服をめくって頭を抱えていたことは知らなかった。




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