1 僕が後宮に入ることになったわけ
昨日、僕の後宮入りが決まった。
当代の王様は女好きで、後宮に美女を集めているという噂だ。僕は美しくも女でもないけれど、女と偽って入ることになった——。
*
没落寸前の我が家は、昔からの貴族だった。祖父の功績で現王の従姉妹が父に降嫁したけれど、僕を出産する時に死んでしまった。
それから坂を転げるように家は衰退していった。父曰く、全ての責任は僕にあるそうだ。だから下働きの皆に混じって、掃除や雑用の仕事をしていた。
ここまでの話だと可哀想かもしれないけれど、僕にとっては幸せな環境だった。下働きの皆は優しいし、友達もいる。
お金がないのに、見栄のために必死であちこち出かけている義母や異母弟を見ていると窮屈そうだし。
だけど……後宮なんて、もっと窮屈そうだ。
「ルート、ため息なんてついてどうした?」
「ハーディン……」
ハーディンは近くに住む都警備隊長の息子だ。彼自身もすでに警備隊に所属していて、定期的に異母弟に剣術を教えに来ている。来ると必ず僕のとこにも来てくれて、僕の知らない世界の話を聞かせてくれるから大好きだった。
「どうせ男に嫁ぐならハーディンが良かった」
「は? 男に嫁ぐ?」
誰にも言ってはいけないのに、もう会えなくなると思って本音が零れた。どうせ、なんて嘘だ。ハーディンがモテるのに相手を作らないことに、都合のいい夢を見ていた。女の子になりたいと思ったことはないけれど、ハーディンと結婚できるなら女の子になりたいと願っていた。きっと僕の初恋はハーディンだ。
最後なら、少しだけ甘えてもいいかな。彼にとっては可哀相な雇い主の息子だろうから。
「しーっ、これ内緒だった。えっと、そう、僕は実は女だったんだよ」
「ついてたろ」
下半身を指差して言われて、一緒に裸で川遊びをしたのを思い出した。ハーディンの身体は筋肉が綺麗についていて、格好良かったなぁ。僕、あんな小さな頃からハーディンが好きだったんだ。
「うっ。……どうしたら隠し通せるかな……」
「……そもそも、なんでお前が嫁ぐんだよ」
「うち、貧乏だからさ、後宮に入るといいお手当が出るらしくて」
本気で怒っている様子のハーディンに、勘違いしそうになる。十も年下の、しかも男に、ハーディンが優しいのは同情しているだけだ。
「ルート、連れて逃げてやろうか」
なんかいい感じの幻聴が聞こえる。いいなあ、ハーディンと駆け落ち。……できるわけないよ、ハーディンはお父さんの跡を継いで立派な警備隊長になるんだから。
憐れみの視線が向けられていると信じて隣に座ったハーディンの顔を見たら、思いがけず真剣な眼差しだった。そんな目で見られたら、抱きつきたくなってしまう。
返す言葉を探していたらハーディンの顔が近付いてきて、唇が、重なった。これ、キスだ。ハーディンが、僕にキスしてる?
「だ、だめだよ! ハーディンは警備隊長になるんだから! ……でも、うん、初めてが、ハーディンで良かった。僕、がんばるね」
「あっ、おい、ルート!!」
顔は見れなかった。これ以上一緒にいたら、連れて逃げてと言ってしまう。
蔑ろにされているけれど、下働きの人達は優しくて大好きだった。この家が潰れて困るのは、両親だけじゃないから。
***
「意外に見られるようで良かったわ」
「喋るんじゃないぞ、今は変声期前だけど、いずれ男の声になるからな」
既に二十人も後宮には妃がいて、国王陛下は日替わりで妃のもとに通っているらしい。父は、きっと名ばかりの妃もいるのだから僕にもそうなるようにと言った。具体的には、国王陛下が来たら月の障りで、とか腹痛がと言えばいいらしい。月の障りってなんだろう。
支度金は支給されたそうだけど、僕には母のものが使われた。支度金は継母のドレスになったようだ。母の私物は、王家の紋章が入っているから売れなかったらしい。母の思い出がなかったから素直に嬉しかった。
後宮の迎えは静かに来て、数人の下働きの人たちがこっそり見送ってくれた。ハーディンはいなかった。最後にもう一度顔を見たかったような気もしたけれど、見ないほうが良いのかもしれない。
男のくせに王様を騙して嫁ぐだなんて、ハーディンに恋した罰だろうか。