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Clean Room  作者: 嵯峨一紀
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第五章

第五章


 マックでカプチーノ飲みながら「白痴」読んでから、ついにタイヤ交換しました。ついでにその翌日、ポリマー加工洗車もしてもらい、六月直前、サマー到来へ向けセリカを万全の状態に仕上げました。ま、サマーが到来するって言っても、日光嫌いだし、彼女もいないので、なにがどうなる訳でもないんですがね。でも、恋人がいても、職場の女子学生のバイトによると、結局、殺したくなったりするそうなので、そのことから一つの仮説を想起しました。それはつまり、簡単に言うと恋愛とは実在しないのではないかというものです。そう、まるでSTAPなんとかのように。恋愛は死にました。そう、まるで神のように。あるのは、快楽とそれを求める汚らわしい欲望。ないしは憎しみとそこから発生する、殺意。すなわち恋愛、愛情、恋心、それらは、本来の下等な動物的感情を、ロマンティック・コメディとかラブソングなどで加工され、美化され、捏造された、人間の魂などと同様に実在しない幻想、幻影、蜃気楼でしかないというショーペンハウアー風の思想まがいです。愛、愛情が実在しないと一旦仮定してしまえば、それらを求めることも不可能になりますし、その必要性も消滅します。となるとですよ、ここからコペルニクス的に転回しますが、求めることが不可能であり、求める必要性もなく、そもそも実在しないのであれば、それらを得られないことによって、心が傷つき、それによる苦悩、憎しみ、殺意などの発生も根絶可能であるという論理的帰結に到達します。そもそも、無いのだから、無くても困らないだろうってことです。なので、そもそも無いものから発生した、苦悩、苦痛も、やはり、実質的根拠及び要因のない、幻影、悪夢でしかなく、それらは確実に克服可能ではないか。つまり、なんて言っていいか。とにかくもっと、楽で、快適な生き方もあるのではないでしょうかという一つの提案です。愛とか、必要だったら、無視、否定、抹殺してもらっても一向に構いませんよ、もちろん。所詮、単なる、思想まがいですもの。私はセリカがピカピカだったら、もう、それで十分です。出来ればC7コルベット欲しいんですけども。

 いや、だから、恋愛は死んだから、あきらめてクルマに情熱を傾けろ、ショーペンハウアーだったらそこは古典文学とオペラかなんかに置き換えられますが、なんかそんなような禁欲主義の焼き直しをここで、わざわざ書き起こしている訳ではありません。本質はより享楽的、唯美的、悪魔主義的なんです。恋愛は楽しい。けど、殺したくなるときもある。だから、楽しい時は、何の問題も無い訳ですよね。問題は、そうではない時、つまり、楽しくない時、殺したい時、つらい時、苦しい時。すなわち、恋愛要因苦悩への対処。これをどのように行なうか、それが問題です。恋愛は実在しないという前提に立てば、それが楽しい時は、それを単純にフィクションとして幻想として、恋愛映画や、恋愛小説を楽しむように、それをファンタシーとして楽しめばいいんです。ニーヨのラブソングに心を奪われるように、それに心を弾ませさえすればよい。そして、楽しくないとき、楽しくなくなったら、愛情そのものは虚構として、ファンタシー、幻想、幻影、実体の無い、ただのお芝居。それが苦しくなったら、全部放り投げてしまったらいいじゃないですか。愛されない。もちろんです。愛情は実在しないのだから、それが当然です。愛はフィクションの中だけにしかなく、それ自体フィクションなのだから、そもそも実在しないものを、失ったように感じているだけ、つまり、その苦痛、殺意も結局はフィクションであり、そもそも存在しません。あるのは、快楽と幸福のみです。不幸と苦悩はあるように感じているだけのものでしかありません。つまり、恋愛の殺害によって、逆説的に、そのマイナス面の根拠を解消し、快楽側面だけを、気楽に楽しもうという発想の転換です。

 いや、まあ、気楽に楽しむって言っても、あのアイドル志望女子学生バイト店員が誕生日を迎えた折の、その彼氏による祝いの言葉が軽いことに対する不満。まだプレゼントを貰ってない不満。そのたもろもろ聞かされたほぼ二万項目に渡る不平不満。要求、敵意、憎しみ、殺意等々を考慮に入れると、愛の実在問題以前にそもそも男女交際を〈気楽〉に楽しむことは本質的に不可能であることが例証及び類推されつつもありますけど。よく聞きます。人生は短く、辛く、苦しく、悲惨である。それは、つまり、そう、正解。結婚したからです。毎日見てたら飽きます。ただでさえ、愛ははかないのに。交際相手と会う頻度。それはせいぜい一ヶ月に一回くらいでいいんじゃないですかね。その方が、会わないことによって欲望も拡大しますし、会った時の快楽もそれに比例します。たまにしか会わないから飽きにくいし、新鮮な恋愛感情を長く保持することも可能になるのではないのでしょうか。結婚なんて一種の恋愛関係として考えたら、それを持続するのには最悪の状態と言えそうですね。毎日会う上に、生活まで一緒にしないといけないのですから。恋愛感情なんて短期間でミイラみたいに枯渇、乾燥、蒸発しちゃいますよ。だから、ま、クルマに情熱を傾けたりとかもありなのかもしれませんが。ま、カネがあれば、クルマに情熱を傾け、ホイール、インチアップし、結婚し、愛人を作り、更に、フェラーリとランボルギーニ・ムルシエラゴも転がしますけど。無いですからね。GT―R買うカネさえ無いのに、ましてや愛人やムルシエラゴなんてって話しですよ、全く。


「暑い(から、なんとかしろよ、お前)!」

「あ、暑いんですか?」

「ハァイ(って言ったろうが、コラ)!」

「エアコンの送風の風速が弱になってたんで強にしておきました」

「楽しみに待ってまーす。(送風口に向かい、しばらくし)涼シー!」

例のバイト女子店員、気のせいかもしれませんが、なんの昇進もしてないのに、どんどん勝手に偉くなっているような気が。いや、ある意味、自主性に富んでいるというかなんと言うか。「あたし、こんなにかわいいのに何でアイドルになれないんですか?」と質問するだけのことは確かにあったので、それまで私が勝手に付けてたあだ名は〈エロティシズム番長〉でしたが、最近とても偉くなってきたので、あだ名も〈女王陛下〉に昇進させようかなと思います。そのエロティシズム陛下が街にカラオケに行った際、三人からナンパされたという話を、なにか義務付けられた事務的報告のように聞かされました。その後も、陛下は、コンビニの客に話しかけられ、ヤダー、コワーイとかなんとか騒いでおりましたっけ。いや、ま、そんなにかわいいんだったら、私も陛下を好きになるはずでもあるのですが、私はスレンダーに弱いのに対し、陛下は若干……。簡単に言うとタイプではない。つまりスレンダーで、大人っぽくって、ファムファタールで、サイレンサー付きの22口径で暗殺しそうな雰囲気のスーパーモデルみたいな女性だったら最高にタイプといいましょうか。とすると陛下に似合いそうな武器はなんでしょうかね。ある意味、そのエロティシズムそのものです。自分は手を下さず、男を操って相手を間違いなく仕留めそうみたいな。敵に回したら、間違いなく最も危険なタイプです。

「あたしみたいな最高の女には、最高の男が必要なんです」だったかな? 「……最高の男じゃないとダメなんです」だったかな? どんな言い回しだったか正確には記憶していませんがなんかそんな主旨の発言を例の陛下がされておられました。自分で自分を最高の女と規定し、その最高への属性が当然、最高の異性と交際する権利そのものとなるはずであるという特権主義的な主張なんでしょうか。ま、果たして、自分で自分のことを最高と思っている女を、最高の男が、最高の女と思うのかどうか。あるいは最高の男と当然交際する特権があると自分で思っている女と最高の男が交際したいと欲するのかという問題は問題としてあるのでしょうが、そんなことよりも問題なのはその特権主義的な思想は、ほぼアンナ・カレーニナと同様のものであり、その思想そのものがヒロインの致命的な欠陥となってその作品のドラマの根幹となっており、つまり彼女の破滅の直接的な原因であったという点、及び、陛下はまだ、アンナ・カレーニナ、多分、それ以外のどのトルストイもロシア文学も読んでないし、これからも読みそうにないので、永久にそのことを知る機会は多分得られないのではないか、という点です。となれば、エロティシズム陛下の将来には、アンナ・カレーニナのような悲劇的宿命が待ち受けている可能性も類推できるでしょう。アンナ・カレーニナのような悲劇的な宿命! いやあ、どこからこの話はそんな大事になっちゃたんでしたっけ。最高がどうのこうのなんていうのは、単なるジョークでしょうからね。そんなジョークからは、叙事詩的展開とか、悲劇的宿命、カタストロフィックな終局なんかは発生しません。ま、せいぜい愉快で低俗な喜劇くらいのものでしょう。

「別人になって他人の人生を生きてみたい。別人にはなれないんですか?」

「大丈夫ですよ。一応、人間は自由ですから(サルトルによると)」

「じゃあ、学校(看護学校)やめていいですか?」

「いや、それは、ちょっと、やめない方が」

「医者と結婚したら、学校やめていいですか?」

「いやいや、医者と結婚したって、いろんな可能性がありますよ。医者と結婚した女がいろんな事件に巻き込まれ、最終的に破滅するような小説もありますから」

「え? そんなの知りません」

「十九世紀のフランスの小説です。ボヴァリー夫人」

「なんでそんなこと知ってんですか?」

 本来であれば、いろんな事件に巻き込まれるのではなく、いろんな男の誘惑と自らの過剰な欲望によって堕落し破滅に至る物語ですが、仕事中の表現として若干不都合かなと思い、言い換えておきました。

「見てください。指から血が出てきました。セロテープ貼ります」

「絆創膏あります」

「ありがとうございます。あたし貧乏なんで、絆創膏買うおカネもないんです」

「じゃあ、金持ちと結婚しないと。絆創膏を買えるほどのカネを持った男と」

「ハイ、あたし、看護師に告白されました。恐山に連れてってやるって言われました」

「恐山ですか」

「恐山って、あんまりうれしくねー」

「神秘的な人物ですね」

 例の十円で買ったサルトルの小説「嘔吐」、ついに読みましたよ。そこで、主人公のロカンタンが、終盤、昔の女と話をした際に、例のおかしな思想を語ったところ、女に言われます。「神秘的な人物ね」 ま、こういった文学作品からの引用をなんの注釈もなく密かに陛下との会話に滑り込ませて遊んでいます。アメリカ映画を見るとハンバーガー食べたくなったり、「タンポポ」見るとラーメン食べたくなるのと一緒に、インテリな小説読むと、真似して、出て来たインテリっぽい言葉を使いたくなるみたいなことです。あともうひとつサルトルから引用してみたかった言葉がありました。その昔の女が使った言葉〈特権的状況〉です。なんかインテリぽくってかっこいいです。普通に分かりやすく言うと〈特別に劇的な高揚を伴った、こう絵になるような状況〉とでも換言できましょうか。そう言うとかっこよくないけど、短く、それっぽい感じの言葉を選ぶあたりのセンスがいいみたいなことですよ。ことなんですか? いずれにせよ、やがて陛下との会話でその言葉を、密かに滑り込ませる日も訪れることでしょう、案外、その場面こそが果たして〈特権的状況〉にもなり得ましょうか。

 「あたし、リア充だ。やばい、〈私〉さんに死ねって思われる」

「そんな、〈陛下〉さんを死ねなんて思う訳ないじゃないですか」

「ああ、その言い方、死ねって思ってる言い方だ。ま、あたしを死ねなんて思ったら、死ぬことになりますけどね」

 いや、この会話に至る経過というのが、陛下がツイッターに載せた写真を、何者かに「ブサイク」と言われ、陛下はひどく傷つき、死にたくなり、彼氏の前で泣いたけど、彼氏が冷たかったので、喧嘩になったけど、仲直りして、海行って、アイス買ってもらって、イチャイチャしたから、リア充みたいなことを、私に全部報告したから、その報告を受けた私が陛下を妬ましく思い、死ねって思っているだろうという憶測が陛下の内部に萌芽した次第ですということです……。いや、当然死ねなんて思いませんけど。そういうふうに思っているような言い方をした方がおもしろいかなと思ってそうしただけの、コミック・レリーフ的配慮です。でも、彼氏の前で嘘泣きするのはいいけど、バイト中に私の前で嘘泣きされるのは困りましたね。ま、なかなか上手な嘘泣きでしたよ。以前、言ってましたよ。「あたし、演技上手いんです」 とにかく安いテレビドラマみたいなシーンでしたね。出来損ないな〈特権的状況〉です。そんな出来損ないな状況に置いてさえ、私は、そこで〈言われるべき言葉〉を思いつかなかったばっかりに、〈完璧な瞬間〉まがいのものも訪れはしませんでした。ただ、その嘘泣きにたじろぎ、おろおろしつつ、何かで読んだか、どこかで聞いたもっともらしい慰めの言葉を並べたてる始末です。アメリカのインチキな恋愛映画風のセリフらしきものを言っておくべきだったのでしょうかね。ま、いずれにしろ、〈特権的状況〉なんかとは程遠い、低俗で出来損ないのラズベリー賞候補作程度です。

 まだ、死ねとまでは思いませんが、最近の陛下の傍若無人ぶり、もう陛下っていうか、カリギュラとかネロとかローマの暴君皇帝クラスかもしれません。なんか偉そうなことを言ってるなと、ぼんやり放置していたら、それが勢力を拡大し、支配、侵略、統治され、エロティシズム皇帝陛下による独裁軍事政権が樹立、ロベスピエールまがいの恐怖政治体制の発足を目の当たりにするに至った次第です。なのであだ名も更に昇格し、アドルフ・エロティシズム総統閣下へ。いや、これ、ヨーロッパあたりだと、間違いなくパクられるそうなのでやめときますけど。要するに、段々おっかなくなってきたので、ちょっとやばいかなってことです。ド派手なピアスつけっぱなしでレジに立ち、堂々とスマホをいじり、ガムを噛む。恐ろしい悪霊のようなオーラを放ちながら「ああ、早く帰りてー!」と猛獣のように咆哮する始末です。

 いや、ま、でも、もう慣れましたけどね。最初は怖かったけど、最近は支配下には置かれてますけど、支配させてやってる。支配させておいてやってる、あえて、みたいな感じです。いつでも、その支配権を剥奪しようと思えば、剥奪出来るのにも関わらず、それは最後の切り札としてとっておいているという具合です。ま、でも、かわいいもんですよ。時として、猛獣のように咆哮するといっても、客に猛獣のように襲い掛かる訳でも、殴り掛かる訳でもありませんからね。かわいいもんです。そりゃ、ま、もちろん、いつまでもかわいいかどうかは定かではありませんが。時間というものは抗うにはあまりに強大な敵である、とゲーテも言ったかもしれませんし。あるいは、よく聞くのは、時間が癒さない傷はないとか。時間は敵にもなれば、薬にもなると。あるいは素敵な贈り物にさえなります。これを書く時間がなければ、これを書けませんから。時間があるおかげで、作文もできます。いや、というのも今週から、週六夜勤から遂に解放され、週休二日制に移行した為です。やっぱ、週休二日は正しいです。数ヶ月ほったらかしにしていたこれを書く時間も発生しましたし。ゆっくり、「白痴」も読めましたし、マックで。最近、マックでは、白痴とナボコフの文学講義本を読み、家ではヘンリー・ジェームズ、ヘルマン・ヘッセ。セリカで酒飲みながら、エルモア・レナードとロス・マクドナルドの犯罪小説を読んだり、ニーヨかなんか歌ったりしています。で、その練習成果を発表しに、週末はスナックにも、性懲りもなく通っていますと。もちろん、STAPじゃない方のスナックですけどね。けど、いつも飲み放題だったのが、間違って、ホステスの口車にうっかり乗っかってしまい、ボトルを入れちゃったので、予測不能会計要因で、スナックで飲む時間、スリルとサスペンスが激増しました。同じ時間でも飲み放題とボトル飲みでは不安と恐怖の影響によって、全く異質な物へと変貌を遂げるという相対性理論まがいの実験結果が得られた次第です。時間は敵にもなれば薬にもなり、スリルとサスペンスおよび膨大な出費にもなりかねませんが、結局は時間が全てを解決し、STAP問題なんか、あたかも、そもそも何も無かったかのように忘れ去られることでしょう。

 スナック、すごく高いんで、セリカで酒飲んでから、軽くファミレスで食事を済まし、ラミー食って寝て、さっき起きて二時間ほどスナックの代替として、パソコンで音楽流して歌いまくってひとりパーティーを繰り広げていたところでした。パーティーといっても朝ですが。酒の代わりにインスタント・コーヒーと緑茶をすすりながら。ま、さんざんジャスティン・ビーバー(初期)とかマイリー・サイリスで叫んだあとは、口直し的にプリンスのオールドスクールなのをじっくり堪能しました。パーティーっぽい演出のステージでD.M.S.R.を歌う動画。プリンスの周りで一緒に踊る一般客たちが彼の熟練のパフォーマンスに大喜びでしたね、さすが実力派なだけのことはあります。ジャスティン・ビーバー(最近)とは大違いですよ。スナックで間違ってボトル入れてしまってからは、行く頻度激減させました。あんなホステスなんかにカネを巻き上げられてたまるもんですかって話ですよ。そんなもん、ひとりパーティーでも十分楽しいですもの。後、これ、声帯のメンテナンス的な面からもメリットありますね。あんなスナックなんか行って、煙突みたいにセブンスター吸いまくってるホステスだらけの副流煙まみれコンディションで毎週歌いまくってたら、喉に甚大な被害を被ってたみたいです。ここんとこ、しばらくスナック行かなくなったら、喉を温存していたこともあって、高音があたかも天使の瞳のようによどみなく澄みきっていました。テイラー・スイフトも余裕で歌えるほどですよ。来月は十二月。去年はカラオケ大会がありましたが、今年は、クリスマス・イブ、スナックに乗り込んでって、ドーンとレット・イット・ゴーとかビート・イットとかバンバン歌ってやりますよ、もちろんジャスティン・ビーバー(初期)のベイビーやなんかも。

 とはいえ、私がそこで常に最も歌いたい曲は、プリンスのクリームなんです。というのも、そこのキレイなママの好きな曲がなんとそれなんですよ。いや、まだ、三十歳で、プリンスと、クリームが好きだなんて、多分、美人の三十歳以下に限定したら、日本にその人一人しかいないんじゃないですかね。私と同世代の大学の時の映画研究会の女子学生でも、プリンスが好きな人なんかひとりもいなかったですからね。彼を崇拝してる洋楽オタクの男を数人知ってるくらいですよ。それがいきなりスナックのママで、美人ですと。結婚したいです。統計学的には結婚して幸せになれる確率は十五パーセントしかないのですが、まあ、プリンスが好きならその確率、少なくとも二倍くらいに見積もってもいいかもしれないですね。いや、だから当然、クリーム練習しまくりですよ。簡単な歌なんですぐ歌えるようになりましたけど。で、当然歌いました。なんかニコニコしてたなママ。でも、結婚か。結婚式の準備して、結婚指輪買って、育児、学費、衝突、葛藤、家事の分担、ストレス……、いやあ、やっぱ、やだな、やーめた。やっぱ、これからもイソップ童話のキリギリスみたいに、酔って、歌って、チヤホヤされてフラフラしてたいです。ま、一応、プリンスのベスト盤借りて、キッスも練習しておくことはしておきますけども。

 いや、しかし、このクリーム、しつこく何回も聞いてて思ったのは、非常に楽しい楽曲ですね。規則正しい行進曲みたいなリズムパターンで、なんとなく原っぱをピクニックしてるかのように、朗らかで清々しいといいましょうか。結構、女性の音楽の好みってこういう感じのミドルテンポで安定感のある、ほのぼのとした曲調に集まる傾向があるんでしょうかね。やっぱレディ・ガガも最初からロック寄りでやってたら女性受けはなかったかもとおもいますし。やはりあの初期のエレクトロ・ポップっぽいテケテケした安定感のあるリズムパターンが女性の音楽嗜好にマッチしてたのではないのでしょうか。ま、でも、レディー・ガガなんかもう永久にスナックでは歌いませんけど。旬が過ぎ去りました、まるで冬の木々のように。青々と茂っていた木の葉は枯れ落ちた次第です。いや、でも、今聞いても初期の曲はとてもいいですけどね、大好きなんですけども、やっぱ、ママはクリーム好きなんでクリームを歌わないといけないじゃないですか。でも、クリーム知ってるの、そこでそのママのみです、もちろん。私ですらすっかり忘れてた曲ですからね。クリームって聞いて「何? 知らねえなあ」とか思ってたら、持ってたCDにしっかり入ってましたと。だからもちろん、ママ以外はポカーンとした顔で聞いてましたよ。「え、何? 誰?」的な。ただママはニコニコしてたんで、ママさえニコニコしてたらそれでいいんです。クリームはママ専用なんですもの。さてと。では、作文も済んだんでこれからスターバックスへクリーミーに泡立つスターバックスラテにシナモンを振りかけ、存分に資本主義を味わいつつ、昔のロシア人が書いた小説を読みに、セリカのクラッチ修理の代車で借りた、オートマのハイブリッドで向かうことにいたしましょう。

 代車。のろいのは仕様がないとして、そもそも誰も欲していない新機能が満載です。自動で鍵が開く。自動でライトが点く。「ああ、鍵が自動で開いてくれたらいいなあ、それに暗くなったら自動でライトが点いてくれたら言うこと無しさ」なんてかつて誰も思ったことないはずです。それに加え、こういうのが欲しいという機能が一向に開発されない。例えば、雪で動けなくなったら、クルマのタッチ画面に「歩行移動モードを起動しますか?」と表示され、「ハイ」をタッチすると歩行移動を可能にする足的なデバイスが車体から四本くらい出てきて、ガタガタ歩いてくれるとか、あるいは渋滞の時とか「飛行モードに移行しますか?」と表示され「ハイ」をタッチすると「キュイーーーン」的なかっこいい音ともに車体下部の垂直離着陸用ジェットエンジンが起動するとか、あと最高は「パワードスーツモードに移行しますか?」と表示され「ハイ」をタッチすると、車体全体が人型ロボット風のパワードスーツに変形し、敵と戦えるとか。そういうことでしょ、必要な機能って。科学者が偉そうに、ノーベル賞だとか、なんとか細胞がどうだの青色LEDがこうだとか下らない自慢話でいい気になってる一方、クルマは今だに空飛ばないし、火山の噴火は予知出来ないし、原子炉は簡単にメルトダウンするしで、全然自然に太刀打ち出来てない。パワードスーツとかは無理でも、せめて雪程度で動けなくなるのはどうにかしてもらいたいものですね。あんなの絶対どうにかなるはずですよ、本気で開発さえすれば。余計なもの無駄に開発しすぎで手が回らないだけでしょ。

 で、例のパワードスーツが開発された未来においても、宇宙から強力な侵略系知的存在に襲来されると、多くはバッテリー切れ及び弾切れ要因において苦戦を強いられるのでしょうが、地球には、人類を救うのがとても得意なトム・クルーズさんがいらっしゃったおかげでどうにかそれは滅びずに済みましたという物語を描いた映画のDVDを借りて見ました。あのパワード・スーツはかっこわるすぎ、性能悪すぎ、バッテリーすぐ切れすぎで、エリジウムのかっこいい高性能外骨格型強化装置、エクソスーツ(第三世代)には相等見劣りしてましがたが、トム・クルーズが出てたのと、エミリー・ブラントがかわいかったので大きく加点されたのを割り引いても、なかなか、よく出来た「エイリアン2」の知的パロディーとして結構楽しめました。年齢を重ねるうちに、あの爆発とか、スーパーヒーローとか、ああいうの「結局全部ウソだろ」みたいに思い始め、現実的な実録系現代ドラマ。つまり、スコセッシとかが監督して、デニーロとかが主演で、やたらとナイトクラブで派手に遊ぶシーンが多い映画とかを観まくってたんですが、やっぱ、そればっか見てても結局それにも飽きて、「たまにはウソばっかりのSFでも見てみよっかな」と思い、トム・クルーズの映画借りてみたんですが、「あれ? 全部ウソでも結構楽しめるな」と思い始め、「じゃあ、例のあれ、また見たら、また楽しめるかな?」という期待のもと見始めた「アバター」、予想通り最高におもしろいです。このワクワク感満載な演出、全く隙のない構図とカット割、ジェームズ・キャメロンのサービス精神満点の熟練された職人芸ですっかり、全部ウソな世界に引き込まれ、もうほとんどパンドラに住んでる感覚に到達したと言っても過言ではありません。

 サム・ワーシントン演じる、最初のうちは冴えないアメリカのチンピラみたいなキャラ設定。これ、なかなかいいな。ラストサムライのトム・クルーズ(アル中)とかと冴えない感は近いけど、更に、チンピラな感じがいいですね。愛嬌があります。タトゥーだらけで、BitchとかWho’s bad?みたいなチンピラ英語を使う、若干軽薄そうでラップ聴いてそうなチンピラが、「仲間」とか「絆」とかの大切さに目覚め始め、少年マンガ風のお約束展開を通じた上で、宮崎アニメ風もののけだらけの星で「アラビアのロレンス」風大冒険を繰り広げるという全部盛り大サービス3D大作。全部盛りなだけに、結構まとめるの大変そうですよ、意外と。でもこれ批評家筋から「物語が幼稚だ」とか、「ストーリーがラストサムライのパクリだ」的指摘ありましたよね。いや、後者に関してはそもそも「ラストサムライ」は「ダンス・ウィズ・ウルブス」のパクリだし、「ダンス・ウィズ・ウルブス」は「アラビアのロレンス」のパクリだし、ハムレットだって、セネカのモロパクリだし、なにがなんかのパクリだとか言い始めたら無限に無数の作品群の間を永久に彷徨い続けるだけの無意味な中傷でしかないと断じて終了しますけど、この前者に関しては、多少議論の余地はあるでしょう。

 では、なんらかの物語を幼稚だと指摘した際、幼稚でない物語もあるはずですね。では幼稚な物語が面白く無く、悪いのであれば、幼稚ではない物語は、面白く、良いという確たる前提が無ければ、幼稚であることによって、何かを批判することは出来ないはずです。では、一体、幼稚でない物語はどの作家のどの物語で、それらは、全て、面白くて、良いという前提を保証する根拠は果たしてあるのでしょうか? 〈幼稚〉という、それを使うこと自体〈幼稚〉とも思える言葉で作品を批評することは、果たしてそれほと説得力があると言えるのでしょうかね。それは文学の専門用語のようには聞こえませんし、インテリっぽいかっこいい響きも失した、無粋な言葉のように感じて仕方ありません。つまり幼稚かどうかはその物語の良さを計る尺度として適していません。身長を体重計で計るようなものでしょう。では物語の良さを計るのに適した尺度とは一体どのようなものでしょう。それは必ずしも一つとは限りませんが、そのうちの一つとして挙げられるのは信憑性、もっともらしさです。それが物語においてその本来的な性質であるウソを信じさせるからです。物語(プロット、ストーリー)は複数の出来事イベントの連続と定義されます。それぞれの出来事は人物たちの行動、言葉、感情、意思によって成立します。それぞれの人物の行動、言葉、感情、意思に信憑性があるかどうか、それがその出来事に信憑性を与え、信憑性のある出来事の連続が、全部ウソで幼稚な大冒険物語に信憑性を与え、信じ込ませ、遂には楽しませるという奇跡を起こす、ことは起こしましたが、残念ながらアカデミー賞は前妻が監督した「ハート・ロッカー」に持ってかれましたと。

 いやあ、奇跡起きました。注文して買えば三千八百円するヘンリー・ミラーの「セクサス」、古本屋で四百五十円で購入出来ました。それと探してた「フレンチ・コネクション2」のDVDもその店で発見し八百円で購入。欲しかったものがダブルで発見しかも激安、これ、奇跡です。良かった。ま、セクサスはヘンリー・ジェームズの「ある貴婦人の肖像」を読み終わったら、家で読みます。だって、ちょっと汚れてるから、スターバックスには持っていけませんからね。そこでは小奇麗な白痴を読みます。白痴、二回目だけど、全然飽きないですね。いろいろな伏線とか予兆とかがくっきり浮かび上がって理解が深まり、面白さ、逆に増してるかもしれません。で、このヘンリー・ジェームズ、読んでるとすぐ眠くなります。すごく面白いんですけどね、なぜか、すぐ眠くなってしまいます。たぶん、文章にキレがないっていうか、まどろっこしいっていうか、ま、なんかそんな感じです。いやあ、これ、さっさと片付けて、セクサス読みてー。もう、ヘンリー・ミラーの文章はマジックですよ、読んでて最高に楽しい文章、文体ですね。文章自体の魅力からいったら、これまで読んだ作家の中だと、ダントツで一位、最高の作家です。マジ尊敬、リスペクト。で、逆に酷いのがナボコフ。こいつの文章は小細工だらけで、無理矢理流行の技巧をたくさん使ってみました的な、すごく眠くなりました。やっぱイマイチな文体だと眠たくなっちゃいますね。あとナボコフ寄りなのは、えーっと、名前なんだったかな? ま、いいや、フランス人の誰かです。思い出したあ、モーリヤック。これもイマイチだったな。えー、ま、そんな感じで酒飲む合間に、小難しい本も読んでましたという話です。で、これからスタバで白痴読んだら、セリカでタカラ焼酎ハイボールと焼酎飲んで、さっきまで見てた「フレンチ・コネクション2」の続きを。ちょうど四十分くらいで敵に誘拐されてました。その誘拐されるまでの四十分間の、マルセイユで、ブラブラ、バー行ってナンパしたり、酒飲んだり、ビーチ行ってナンパしたりなんかしてるダラダラしたくだりが最高に好きですねえ、なんかポカポカ陽気で、フラフラ遊んで、女に話しかけて、ジーン・ハックマンがとても楽しそうでいいですね、と同時にシャルニエはシャルニエで愛人とイチャイチャして、ワイン飲んだり、ヨット乗ったり、高級レストランで食事したり、こいつはこいつでやっぱ楽しそう。人生を楽しんでる二人の様子と南仏の小奇麗な街並み、見ているコンビニ店員のこっちも若干バカンス気分です。けど、映画なので、いつまでも楽しくはないですけどね。四十一分でハックマンはシャルニエの手下に捕まり、そこからは酷い目に遭いますが。そこからはそこからでスリルとサスペンスな感じを酒飲んで、焼いた肉を食いながら楽しむことといたしましょう。

 で、まだ、マルブラ中のジーン・ハックマンがブラりと立ち寄ったバーで、バーテンにいきなり、英語で、小難しい注文します。「えーっと、フォーローゼズのダブルと、あと、氷水をグラスに入れてその横に置いてくれ」みたいな。フランス人のバーテン、チンプンカンプンで「は?」みたいな。で、じゃあ、仕様がねえなみてえな感じで、有名なやつなら分かるだろってことで「ジャック・ダニエルズ」って言うと、「誰? そんな奴は知らねえな」みたいな。最終的に「バーボン(ブァーブン)」って言ったあたりで、やっと相手「ウィスキー?」みたいに気付いて、何だか分からない謎の銘柄のウィスキーをグラスに注ぐと。ジーン・ハックマンが「お前も飲め」的なこと言うと、バーテン、謎の緑色の酒を注ぎ、その色をハックマン面白がってました。で、酒が来ると、しきりに、その酒飲みアメリカ人、隣のテーブルのフランスのギャル二人を「こっち座れよ」的にナンパしてて、そのギャル達はあとから来た、バイクに乗った、フランスの不良みたいなのと合流。ま、そういうアメリカのろくでなしが酒飲む芝居、ハックマン天下一品でしたという話です。だって、あの例のクリームが好きなママのいるスナックに行こうと思ってたけど、セリカで酒飲んで、小くたびれたから、すき家で、ネギ玉牛丼食って、帰って寝てしまったから、何にも書くことなかったんだもの。クリームもしっかり練習しておきながら、結局行かなかった。行かなかったから、フレンチ・コネクション2のマルブラシーンを文字で再現してみました。いや、当然、別にする必要もなかったんですけど、ちょっと、そのバーで酒飲むくだりが最高に好きだったから、紹介しておきたいなと思いましてね。いやあ、ハックマンが一生懸命ウィスキー飲んでましたけど、あれ、日本人は体質的に無理、胃腸に悪い。だから、もう、アメリカ人の真似してストレートとかロックでJDなんかを飲むの、あれ、すっかりやめました。やめたら、すっかり、胃腸の調子が良くなっていいことづくしですよ。もっぱら芋焼酎です。スナックだと、鏡月、でも、やっぱ、アメリカ人の真似してたまにはマティーニとかそんなのも飲みたいなとは思いますけどね。バーなんか行っても、カラオケがないから何にも面白くないんですよ。だから、やっぱ、セリカで芋焼酎か、スナックで鏡月ですね。《和》な感じでやってます。

 昨日は小くたびれて行けませんでしたが、通常二連休の二日目、夜は牛丼食ってすぐ寝るだけだったけど、スーパーで例のタカラ焼酎ハイボールを買い、セリカでそれと芋焼酎を体内に注入後、なぜか颯爽と、例のクリームが好きなママがいるスナックに乗り込んでいったので、今日は映画鑑賞の感想文以外にも書くことができました。クリスマスまで後二週間ということもあり、ホステスからクリスマスパーティーへの出席を勧められました。えー、三時間飲み放題で六千円のチケットを購入するとその、華やかできらびやかな特権階級のスーパーエリートのみが出席を許される謎のパーティーに出席できます、っていう話だったんで、そのチケット購入いたしました。どんなやつらがそのパーティーへと集まるんでしょうか、こんなコンビニ店員が行っていいものかな、ま、そこでもママの好きなクリームを歌ったりして大暴れしてくる予定ですがね、で、なんかそのママが歳をとった常連のカモみたいのを連れて同伴出勤してきました。髪を切ってましたね。えーっと短めのセミロングストレートでいいのかなその髪形の名前。分かんないけどそんな感じに切って、完全に金髪になってたな。かわいかった。服もかわいかった。ぴたっとしたダークなニットに赤いスカートだったかな。うーん、これは恋に落ちるね、そのカモも。ま、よく分かんないけど、とりあえず、クリーム、完璧に歌ってやりましたよ。Yes, you are cream です。で、当然、なんかニコニコしてました。で、クリーム歌った後、そのカモが、シーラEのなんかをカラオケに入れてたな。歌える訳はないですよ、そいつが。ただ伴奏聴きたかっただけ。えー、その昔、プリンスのバンドでドラム担当してた女の人です。クリームのドラムはマイケルBですが、ちなみに。でなんかよく分かんないけど、クリスマスだから、キリストがどうのこうのと訳分かんない話して、いろんな歌歌って、鏡月飲んで、チョコ食って、ママをちらちら鑑賞して、おもしろおかしく過ごし、あんまいつまでもいれば、またカネ巻き上げられるので、パッとカネ払ってサッと帰って、すき家行ったら、まさかの内装改築中で閉まってましたね。だからファミマでうまそうな弁当買いましたと。いや、もう、そんな弁当なんかどうでもいいんですよ、そんな資本主義の産物は。そんなことよりも、ママがかわいかったという点が最も重要です。クリスマスパーティーでママに謁見する機会に恵まれたら、「髪切った?」と言ってみたいです、であとまたクリームも歌います。

 クリームが……がいるスナックで歌う甘い歌を練習する為に甘い歌を聴きまくっていたらもう、全く甘い物食べてないのになんか口の中がすっかり甘ったるくなってきた、ような気がします。だから、どうせだから、セリカの中もなんか甘ったるい香りのする芳香剤をオートバックスかどこかで買って、何もかも全部甘ったるくしようかなと目論んでます。クリームが好きなママがいるスナックって長過ぎかなと思って「……」を使ってみましたが、とりあえず、その省略名として、クリームルームってどうでしょうかね? 誰もダメと言う権力のある人はこの世にいないはずなので、では、これからそのスナックはクリームルームにしました。で、そのクリームルームで催される予定のクリスマスパーティーで歌う為に、マライア・キャリーが二十年前に発表したAll I want for Christmas is youを練習していました。ブックオフでCD買って。なんかそれを歌っていたら、それを歌っている自分と自分が結婚したくなってきました、っていうくらいの素敵さだったので、最終的に、そのクリームルームのクリスマスパーティーで誰かと結婚してしまうかもしれません。……いや、だから、ま、そんなカネはないのでそんなことはしませんけど、どんなに素敵だったとしてもですよ。そんなカネがあったら速そうで素敵なクルマに全部つぎ込みます。あとま、All I want for Christmas is youを歌っている時以外は常に全然素敵じゃないですし、一日に何回もセリカ、エンストしますし、いや、もう、なんか、クラッチ板新品にしたら、すごく速くなったけど、すごくエンストし易くなってしまいしてね。だから、誰か乗せるようになるまでにエンストしないように必死で練習ですよ毎日。だから、毎日、甘い歌とAll I want for Christmas is youと半クラの練習で、意外と忙しいもんですよ、週休二日になっても。

 とりあえず、パーティーだったから、ホステスがたくさんいたので、荒野で野鳥を観察するが如くホステスを観察し比較検討しつくしてみたんですが、やっぱりクリームが好きなママが一番かわいかったです。これは、もう、当然と言えば当然の結果でしたね。パーティーだからホステスもたくさんいたけど、客もたくさんいたので、一切、ママとは口利けませんでしたが。観察するに留まりましたし、クリーム歌うのもすっかり忘れてました。他のホステスはいつものドレスとか、猫っぽいコスチュームとかなんかそんな感じだったけど、ママは何故か謎の、将校っぽい感じの衣装なのかドレスなのかよく分からない、光沢素材のパーティーっぽいの着てました。何かな? 不思議でした。あと、髪、確か完全に金髪だったはずだけど、元にもどってましたね。やっぱ、ママだから、一番偉いということを誇示するために将校っぽいデザインを選択したんでしょうね。ちゃんと将校っぽい帽子も被ってましたし。階級は多分、少佐って感じでしたね。少佐ァ! 敵機多数襲来! 第二次世界大戦中のアメリカ軍の少佐っぽい衣装だったんで、敵機は当然プロペラ機、ゼロ戦とかです。いやあ、ブリットニー・スピアーズ歌ったら、歌い込み、聴き込みが思ったより甘過ぎだったんで、全然歌えなかったな、大失敗。ああいうとこで、失敗するとガッカリですよ、戦死です。撃墜されました。ただ、例の異常に歌い込み、聴き込んだマライア・キャリーは完璧でしたね。All I want for Christmas is you、行ってすぐ歌って、最後またホステスのリクエストでもう一回歌いました。まさかのアンコール的な感じになってしまいました。同じ歌、二回歌うと、場が引いてしまうものなんですが、クリスマスだし、聴き込みと歌い込みが万全で二回目も完璧に歌えたので、おかしな感じにはならなかったし、クリーム歌うの忘れた上、ママも観察に留まったけど、まあ良かったかなと思いました。ホントはもっと、ニーヨとか歌っとくべきだったかなと若干後悔。当然次回までには、リメンバー・パールハーバー的にブリットニー・スピアーズのBaby, one more timeしっかり仕上げてから進攻したいと思います。

 昨夜、酒飲んで寝て、さっき起きてから全力で歌っていたら、ようやく徐々に目が覚めてきました。今、五時前ですけど、音楽ボリュームも全力歌唱に合わせてあるので、多少近所迷惑なのかもしれませんね。でも、正月だからいいんじゃないですか? 知らないけど。で、これからどうするか考えてたんですけど。また、酒飲んでから寝るか、酒飲まないで食事だけして寝るか。どちらがいいか二時間ほど、入念な考察を施し比較検討しつくした結果、やっぱ、正月だから、また酒飲むことに決定しました。そうやって結局いつまでも、甘えた精神で誘惑に敗北しいつまでも酒を飲み続けることでしょう。アッシャーとかにも飽きたので、モーツァルトを流しながら、「ある貴婦人の肖像」を読みました。若く美しいヒロイン、イザベラが莫大な遺産を相続し、それを知ったマダム・マールは元彼のギルバート・オズモンドをそそのかし、彼はカネ目当てでイザベラと結婚するっていう話です。なぜか、このマダム・マールとオズモンドの二人、語り手とイザベラ側からは悪役にされてますけど、常日頃、カネ持った女と結婚したいと企んでいた私側からは、どこが悪なのかさっぱり理解できませんね。カネ目当ての結婚、うーん、ま、普通でしょ、そんなの。失業した夫と離婚する嫁なんてのもよく聞く話ですしね。カネ目当てでなんかするのが悪だったら、この資本主義経済そのものが根底から破綻してしまいすよ。もし、これ、カネ目当てでウソを言って結婚するとかだったら、詐欺罪で立件出来る可能性もありますよ、当然。でも、オズモンドは嘘とか悪質な詐欺行為をなにか働いたという描写もありませんからね、こういった悪だという評価は明らかに不当だと、わたくし、これ憤慨していた次第です。もうオズモンドさんの弁護士であるかのように抗弁した次第ですけど、彼に共感するのは、カネもった女と結婚出来てうらやましい以外にもう一つあるんですよね、これ。それ、なにかというと、彼がディレッタントであるという点です。芸術鑑賞とか、室内装飾、絵描いたりなんかして、大してカネもねえくせに働かないで趣味活動にいそしんでいる人なのです。要するにアリとキリギリスのキリギリス側な人なんですね、私と一緒で。彼、ある日、書物から、古代の硬貨の挿絵を見てそれを、紙に水彩画で写す行為をしていました。えーっと、なんなんすか、それ? どういう目的と効果があるのか、さっぱり分からない謎の趣味活動を誰にも知られずひっそりと行なっているのです。まあ、なんとも魅力的なディレッタントですね。この描写で一気に惹きつけられ、彼の弁護を買って出た次第です。いないな、周りに。カネ持った女。いたら全力で甘い歌かなんか歌ったりして誘惑してやりますよ、もちろん。でも、結婚して、この本のイザベラとオズモンドみたく仲悪くなって、嫁に悪党扱いされて、不幸だのどうのこうのと騒がれたら厄介なので、やっぱ、いつまでも家で練習したアッシャーとかをクリームルームで発表し続けるディレッタントでい続けることなのでしょう。

 例の酒飲む決定、あれ、あの後全然大丈夫じゃなかったです。また、あの膵臓が痛くなりそうな危ない感じになり、その後一日酒を抜きました。久しぶりに飲み過ぎ、久しぶりに四十八時間酒を飲みませんでした。だからその人体実験の悲惨な結果を受けて今回は酒飲まない方の決定、これ即決でしたね、正月も終わったことですし。「ある貴婦人の肖像」は、ようやく読み終わりました。結局あのオズモンドの恋敵、無粋であんまおもしろくないキャスパー・グッドウッドがああ見えて、結構男気があって、いい奴でした描写を踏まえた上での、間接的な表現でのハッピーエンドになってました。後半は陰惨かつ暗澹な展開で、鬱屈した雰囲気に包まれ息苦しい重さに支配されていたんですが、グッドウッドの情熱的な求愛シーンに続く、一時的にはヒロインは夫のもとに帰りはしたが、その後のグッドウッドとの幸福を予兆する終わり方が、それまでの暗さとのコントラストでその幸福感がより強調された感じで、とても良かったと思いました。最後が一番良く出来てた感じです。一方最大の欠点はイザベラがオズモンドを好きになって結婚するまでに至る過程が、手抜いて割愛されていて、何でこの頭がいいってはずのヒロインが、この明らかに嘘っぽい、カネ目当てっぽい、キザなペテン師に騙されてかなんなのか、好きになったのかが曖昧で説得力がなく信憑性に欠ける点です。あと、ま、どのキャラクターもあまりにも退屈過ぎる点も良くないかな。退屈で気取ったカネ持った連中の上流階級の社交界における、別にどうでもいい話と言ってしまえば、ま、なんかそんな感じの小説ですね。白痴に比べれば残念ながら足元にも及んでません。まだ三十八くらいの若造のヘンリー・ジェームズが頑張って長いの書いてみましたって程度です。いやあ、やっとこの大したことない奴読み終わったんで、いよいよ「セクサス」読み始めました。完全にふざけてます、こっちのヘンリーは。退屈な奴なんかいません。退屈どころか、悪党、気違い、変人、まともな奴はほぼ皆無です。舞台も退屈な上流階級のサロンとかじゃなく、やかましいジャズががなりたてられる禁酒法時代のニューヨークのナイトクラブ、ぼったくりバーとか。踊って、酒飲んで、勘定が来てカネが足りないので、更に酒飲んで時間を稼ぐみたいな。非常に楽しそうで愉快な日々がふざけた文章で生き生きと描写されていました。ヘンリー・ミラーがいなかったら、あるいはヘンリー・ミラーに出会わなかったら、この世の楽しみの半分は失っていただろうと確信するにいたった次第です。

 クリームルーム行ったら閉まってました。なので、なんかアイドルっぽい衣装を着た女性バーテンがたくさんいるガールズバーに行ってきました。客は全員若い、アイドルオタクかどうかはよくわかんないけど、見事にみんな眼鏡かけてました。そこへこの洋楽カラオケオタクが乗り込んで行き、歌っていいのかどうかよく分かんないアウェー感の中、練習しまくったテイラー・スイフトの新曲を披露いたしました。そしたら、結構みんな面白がって、バーテンにバックストリートボーイズ歌ってくれとか、隣の眼鏡かけた客にシンディー・ローパー歌ってくれとか、マイケル・ジャクソン歌ってくれとかリクエストされて、頼まれた奴は全部歌ってやりましたよ。伊達に年季入ってないんでリクエストされそうな、どっかで聴いたことのありそうなお馴染みな奴は常時完璧に歌えるように抜かりなく準備してありますから。で、結構面白かったし、アイドルの歌を歌うショーもなかなかのクオリティーだったし、会計もクリームルームよりかなり低額だったことから、相等好感触を得ました。つまり、もうクリームルームとは残念ながらお別れということです。別離です。これでクリームが好きなママの前でクリームを歌うことも金輪際無いということです。休みが増えて遊ぶ時間が増加しましたが、逆に遊ぶカネは減少してしまったので、もう飲みに行くのはやめようかどうしようか悩んでいたんですが、クリームルームに行くというテーゼと、クリームルームに行かないというアンチテーゼの対立からアイドルっぽい衣装を着た女性バーテンがたくさんいるガールズバーに行くというジンテーゼへと止揚した模様です。ヘーゲル的弁証法、これ思わぬ局面で、意外と実生活に役立つことがこれまでも実証されていましたが、またまたこんな下らない気晴らし問題においても見事その実用性が発揮された次第です。ちょっともう、クリームルーム高過ぎで無理なんで、これからはこっちのガールズバーでパーッと楽しむことといたしましょう。さようなら、クリームが好きなママ。いや、だから、そんな簡単にあんなにかわいいママをほっぽらかしにするには、当然、裏はありますよ。ただ楽しくジントニックが飲めれば、それでいいなんて話はこの俗世では到底通りませんからね。そこは当然、背後に何らかのいかがわしい思惑といったものが……それも当然恐るべきものですよ。そのガールズバー、水曜なのにすごく混んでたんですが、以前、店の前通った時は店員が客引きしてましたよ。つまりそれはどういうことかというと、多分その時はいなかった店員が約一名新たにそこへ入店していたということかもしれません。私が目を奪われたその素敵な店員がその約一名であることは、みなさまご類推の通りでございます。だから、私もこうなったら、あれほど若く美しい女性とこう親密になってみたいと思うというのも、その他全員の客が同じようないかがわしい思惑を間違いなく抱いているのと同様、これ全く生物学的に自然なことであるでしょうし、そこからは当然、嫉妬と羨望、策略と陰謀、そして淫らな欲望と血塗られた悪徳が集積回路のように複雑に絡み合った恐るべきドラマがここに幕を開けることなのでしょう。いや、全く恐ろしいドラマです。何人死ぬことか……油断してたら隣の眼鏡かけた客に刺し殺されかねません。


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