Cafe Shelly 心の中の心
私は迷っていた。
高校二年生の夏。そろそろ自分の進路をはっきりさせないといけない。
自分の成績だけで選んだこの高校。とりあえず普通科に進んでおけば、きっとなんとかなるだろうと安易に考えてここまでやってきた。けれど、来年の進学に向けてそろそろ本気で自分のことを考えないといけなくなってきた。
「心奈、お前将来なにかなりたいものとかないのか?」
先生からそう言われても悩んでしまう。だって、今はこれといってなりたいものなんか思いつかないもん。
親友の美穂は学校の先生になるんだということで、教育学部に進学を決めている。同じく、つるんでいる仲間の優希は、女性ながらもエンジニアになりたいということで、工学部に進学するらしい。彼女の家はバイク屋さんだもんなぁ。
私のように、まだこれといって決まっていない人もいる。でも、自分の進路を決めている人たちの成績は間違いなく上がっている。
先日の模試も、とりあえず適当な志望校を書いてはみたが、どれもDとかC判定ばっか。まぁ、私の今の成績じゃ大した大学に進むことができないのはわかっているけど。
「とにかく、夏休みが終わるまでには自分の進路を決めておけよ」
「はぁい」
夏休みに入って早々、課外の時間に個人面談。先生から進路を決めろ、なんて言われたけれどそんなにすぐに決められるもんじゃないし。さぁて、どうすればいいのやら。
「心奈、進路どうするか決めた?」
課外の帰りに友達四人でマックへ。席について早々、美穂がそう言ってきた。
「まだなぁんにも決めてないよ。美穂は先生になるんでしょ」
「うん、あとは志望校を絞るだけなんだよね。優希は工学部でしょ?」
「うぅん、実はちょっと悩んでるの。大学に行ってもいいけど、私バイク屋を継ぎたいのよね。だったら専門学校でもいいかなって」
なるほど、方向性は決まってもそういった悩みもあるんだ。
「ところで晶はどうするの?」
今日、もう一人私たちと行動を一緒にしている晶。彼女はちょっと変わった所があって、やたらと精神世界っていうのに詳しい。ありがとうを言うとパワーがついてくるとか、ついてるって言えばついてることが起きるよ、とかそういったことをよく口にしている。その晶も私と同じく、まだ進路が決まっていない一人だった。
が、今日はじめて晶から意外な事実を知らされた。
「わたし? わたし、実は親にも言えない進路を考えているんだよねぇ」
「親に言えない?」
晶はシェークをズズズっとすすって、ちょっとうつむいている。
「ねぇ、どんな進路を考えているの?」
私は晶の進路に興味を持った。と同時に、また一人仲間が減った気がした。
「私ね…」
ここで晶は私たちをぐるりと見回す。
三人とも晶に注目。そして晶の口からこんな言葉が。
「セラピストになりたいの」
「セラピスト!?」
三人同時にこの言葉を口にした。
あまりにも見事にハモったのでちょっとおかしくなったけど。
「セラピストって、人の悩みを聞いて癒してあげたりするんでしょ。でもなんか晶にぴったりだと思うなぁ」
美穂の言葉通り、晶にはぴったりかな。
「晶って不思議系が好きだもんね。それ、おもしろそう」
優希は大賛成みたい。でも私はちょっと違う意見を持った。
「それって親に反対されそう。それに、セラピストになるってどこで勉強するの? そんな専門学校とかあったっけ?」
私自身が進路で悩まされているからか、晶がどこでそういった勉強をするのかを聞きたかった。
「それなんだけどね。実は私、素敵な人と知り合ったの。白石由衣さんっていう現役大学生のセラピストなのよ」
「その人知ってる。結構評判の人でしょ。雑誌でみたことあるよ。かわいらしい人だよね」
「へぇ、美穂はその人知ってんだ。で、晶はなんでそんな人と知り合ったの?」
私もそんな憧れるような人と出会いたいな、という気持ちで聞いてみた。
「それがね、やっぱり引き寄せの法則ってあるんだなって思ったの。私、こういう精神世界のこと好きでしょ。あるとき、ちょっとこの世界では有名な人の講演会に行ったの。そのときにたまたま隣りに座った人がこの由衣さんだったの。由衣さん、気さくに私に話しかけてくれて、講演会の後にお茶までして。それから二回くらい由衣さんのセラピストルームに遊びに行かせてもらったのよ。そのとき受けたメタファリングっていうので、私の将来が明確になったの」
「メタファリング?」
聞きなれない名前だな。それって何だろう。
「メタファリングってね、カードを使って自分の心の中にある答えを引き出すっていう手法なのよ。占いみたいな感じだけど、占いとはぜんぜん違うの」
なんだかわかったようなわからないような晶の答え。すると、さすが理系の優希、手にしたスマートフォンで早速メタファリングを検索して見せてくれた。
「へぇ、メタファリングってまだまだ全然検索数が少ないんだ。これを見ると、新しい手法ってなってるけど」
「うん。メタファリングって造語らしいの。比喩って意味の英語のメタファーをもじった言葉だって」
晶はニコニコしながら答える。
私、今まで晶を誤解していた気がする。彼女はどちらかというと、オタク系に見えていた。休み時間とか一人で本を読んでいることが多いし。私たちとも滅多につるむことはなかった。
でもそういえば、今日は晶の方から「課外終わったらマックに行かない?」って誘ってきたんだった。あまりにも自然に誘ってきたから、つい「うん」って言っちゃったけど。よく考えたら、こんなの始めてだったんだ。
「じゃぁ、そのメタファリングってので晶は自分の進路を決めたんだ。そんなので決めちゃっていいの?」
理系の理論派優希が得意とする質問攻めがスタート。優希と議論すると、この質問攻めでいつも負けちゃうんだよね。
「優希は親とか先生が出した答えと自分が出した答え、どっちを信じる?」
おぉっ、今度は晶が質問返しだ。
「そうねぇ。親とか先生は私のことを思って言ってくれているんだろうけど、最後に決めるのは自分だからなぁ」
すると晶がニヤリとした。
「そう、そこなのよ、メタファリングのすごいところは」
興奮する晶の姿に私たちは圧倒された。晶は目を輝かせて話を進めた。
「メタファリングはね、コーチングの一つなの」
「コーチングって?」
私は聞きなれない言葉が次々に出てくるので、追いつくのに必死だ。晶は私の質問に対して、簡単に教えてくれた。
「コーチングは、自分の中にある答えを引き出すためにコーチが目的を持った会話をしていくのよ」
「それって会社とか学校とかで使うやつじゃない? うちのお父さんがなんか研修を受けてきたみたい。先生が生徒に対してコーチングをするとか言ってたから」
美保のお父さんは教頭先生。だからそういった研修も受けてくるんだ。
「そうそう、由衣さんのお師匠さんみたいな人もそんな研修をしているって。由衣さんはそのお師匠さんと一緒にこのメタファリングを開発したんだって。そのお師匠さんがコーチングをやっている人らしくて。でね、とにかくこのメタファリングがすごいのよ」
ここから晶の独壇場となった。最初は色のカードを使って今の自分の気持をはっきりさせてくれたらしい。それだけでも目からウロコだったのが、次に絵のカードを使うことでさらに深い気づきを得られたらしい。そのときに、気がついたら自分の将来目指すビジョンがありありと目に浮かんだとか。
私は気がついたら、晶の言っているメタファリングにとても興味を持ち始めていた。
「ねぇ、私もそのメタファリングっていうの受けてみたいんだけど…」
私がボソリと言うと、晶は待ってましたとばかりにこう言ってきた。
「あのね、由衣さんが今度の土曜日に行きつけの喫茶店でちょっとした講座を開くのよ。朝早くからなんだけど、よかったら来ない?」
そう言って晶はカバンから小さなチラシを取り出して私に渡してくれた。
「朝八時からかぁ…」
私は土日となると朝寝をゆっくりするタイプ。下手すると昼前まで寝てるからなぁ。でも、自分の将来がこれでわかれば儲けものかな。
「十人限定の講座なんだって。よかったらどう?」
参加費は私の小遣いでなんとかなる範囲。
「うん、受けてみようかな」
私の言葉に晶がにっこり笑っていた。
メタファリングかぁ。
あらためてそのチラシを見る。場所は喫茶カフェ・シェリー。初めて聞く名前だな。位置はなんとなくわかる。
こうして私は土曜日を期待しながら待つことになった。そしてその日がやってきた。
「あら、心奈今日は早いのね」
土曜なのに私が早起きしたことで、お母さんがちょっとびっくりしてる。
「うん、友達と約束があるから」
私は家族には何も言わずに家を出た。自分の進路がこれで決まるかもしれない。期待を胸にしてはいるものの、万が一とんでもない結果が出たらどうしようという不安もある。
それにしても、休日に朝の空気を吸うのは久しぶり。学校に行く時間と何ら変わりはないんだけど、なんだか雰囲気が違うな。私は自転車を走らせて、目的の喫茶店まで夏の朝の、少し冷たい空気を満喫しながら進んだ。
「えっと、この通りだよな」
私が立っているのは街中から少し外れたところにある通り。
パステル色のブロックで敷き詰められた道路。道幅はそこそこ広いんだけど、両端にブロックでできた花壇があるので車は一台しか通れない。
ちょうど、ここかなって思えるところで女性が黒板の看板を出しているところだった。その黒板には「Cafe Shelly」の文字が書かれている。
「あそこだ」
私は自転車をとめ、その女性に声をかけてみた。
「あの、今日ここで講座があると聞いてきたんですけど」
「あ、由衣さんの講座のお客様ね。ここの二階ですから。どうぞあがってください」
その女性は私にそう言うと道路の掃除を始めた。髪が長くてさわやかな感じのする女性だな。こんな大人になりたいな。
カラン、コロン、カラン
爽やかなカウベルの音が私を出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
カウンターから渋い男性の声。少し遅れて
「おはようございます。どうぞ、こちらへ」
先ほどの女性とはまたちょっと違った雰囲気を持つ、かわいらしい女性が私をエスコートしてくれた。お店に入ると、すでに六名ほどの人が集まっている。みんな女性だ。
「あ、心奈!」
「晶、もう来てたのね」
その中の一人に晶がいた。知らない空間で知った顔に出会うと、なんだかホッとする。
「これで全員おそろいですね」
どうやら私が最後らしい。
お店は空間としては狭くないのだが、窓際の半円型のテーブル、カウンターにそれぞれ四席ある。今回は真ん中の空間に椅子を並べて、丸テーブルを端に寄せて会場を作っている。
「では始めますね。みなさなん、おはようございます」
私は軽く礼をしただけだけど、他のみんなは「おはようございます」と口にしている。なんだか元気のある人ばかりだなぁ。
あらためて集まっている人を見ると、私と晶が最年少みたい。大学生ぽい人や主婦かなって人もいるけれど、全般的に若い女性ばかりだ。
「あらためて自己紹介しますね。私は白石由衣といいます」
清楚な感じだな。
「早速ですが、今から八枚の色のカードを見せますね」
そう言って由衣さんは八枚の色のカードを私たちの前に並べてくれた。その色とは
「赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫、ピンク、そして白。さて、今のみなさんの気持ちを色にたとえるとどの色になりますか? そしてどうしてその色を選んだのですか? その言葉を添えてい自己紹介をしてもらいましょう」
今の気持ちを色にたとえて、か。
私はじっと八つの色を眺めてみた。このとき、気になったのはオレンジ。どうしてかな。きっと、これから何が起こるのかドキドキしているから、その心臓の色がオレンジって感じなのかな。
そうして自己紹介がスタート。一人一人、名前と色、そしてどうしてそれを選んだのかを発表。
私と同じオレンジを選んだ人がいたけれど、その理由は私とは違ってワクワク感があるから、ということだった。そして最後に私の番。
「初めまして、私は佐原心奈といいます。心に奈良の奈と書いてここなです」
ここで数名がへぇという言葉を洩らした。珍しいし割と覚えやすいので、名前はみんなに知ってもらいやすい。
「私はオレンジを選びました。これからどんなことが起きるのか、ドキドキしているからです」
「そっか、心奈さんはドキドキしているからオレンジなんですね。ありがとうございます。今、自己紹介で色を選んでその意味を自分で考えてもらいましたよね。実はこれがメタファリングなのですよ」
えっ、どういう意味だろう?私は由衣さんの言葉に意識を集中した。
「さっき、オレンジを選んだ人が二人いましたよね」
あ、私のことだ。
「こちらはわくわく、こちらはドキドキ。似てるような気もしますけど、ちょっと違いますよね。他の方はオレンジからどんな意味を連想しますか?」
ここでは「元気」とか「太陽みたいに輝いている」という意見が出た。
「そう、このように色の意味はそれぞれの人が決めています。これは色を見てみなさんが直感でそう思ったんですよね。こうやって後からその意味付けを行っているんです。けれど、その意味はずっと同じじゃないはずですよ。その時の心境によってわくわくになったり、ドキドキになったり、元気になったり。でしょ?」
そう言われてなるほどと思った。確かに、今はドキドキだけれど、違う場面で違う気持ちだったら別の答えになっていただろう。
「メタファリングは今の気持ちや思いを、このような色や絵に投影させて答えを出すんですよ」
そこからしばらくはメタファリングの解説が始まった。
メタファリングの語源はメタファー、Metaphorからきていること。これは比喩という意味の英語。自分の考えや気持ちを色や柄に比喩して、あとから意味付けするということだ。
このメタファリングの面白いのは、直感で選んで言語化するという流れ。これは潜在意識の中にある答えを引き出して自分に気づかせるという作用があるとのこと。また一回の時間も十五分程度と非常に短いのが特徴。
そして何より私が興味を持ったのがこれ。
「この手法、カードを使うので見た目は占いにとても似ています。けれど占いとは大きく違うんですよ。占いは占い師が答えを出しますが、このメタファリングは本人が答えを出すんです。私たちメタファリスト、あ、これはメタファリングを行う人のことを言うのですが、メタファリストはただ質問をするだけなんですよ」
へぇ、ただ質問をするだけで答えが出てくるんだ。
「じゃぁ早速実演してみましょうか。今からこの八枚の絵を使ったメタファリングを行います。後から一人ひとり行いますけれど、今この場で受けてみたい方いらっしゃいますか?」
どうしようかな…受けてみたい気もするけど…。
私が躊躇していると、別の女性が先に手を挙げて立候補。しまったなぁ、まただ。私はこういう場面になると、つい後手に回ってしまう。引っ込み思案な性格なんだよなぁ。
「では今からこちらの靖子さんに対してメタファリングを始めてみますね。まず簡単に、どのようなことで受けてみたいと思いましたか?」
手を挙げた靖子さんは大学生。就職についての悩みを持っているそうだ。自分の得意なものを活かそうと思うけれど、それがなんなのかよくわからないとか。なんか私と悩みが似ているな。
「では今から八枚の絵をお見せします」
そう言って由衣さんは八枚の絵を並べてみせた。その絵は風景や人物、花とかいろんな種類のいろんなタッチで書かれたもの。そこからメタファリングがスタートした。
まずは今の状況として気になるものを一枚選ぶ。そしてなぜそれを選んだのか、理由を考えてもらう。
次に、将来どんな姿になりたいのかをイメージしてもらい、また別のカードを一枚選んでもらう。またそれを選んだ理由を考えてもらう。靖子さんの選んだカードは親子が景色を眺めているものだった。
「このカードの特にどこが気になりましたか?」
「子どもがいるところ…子どもを育てる…」
靖子さんはじっと考えている。その間、由衣さんはそれを黙ってみている。
「子どもの教育関連に進んでみたい、かな。私もいずれは親になるんだろうから。その日のためにも、子どものよりよい育て方を提供できるような、そんな会社に就職してみたいな」
「なるほど、子どもの教育関連の会社、ですね。では最後にもう一枚。その道に進むためには、という方法を考えたときにピンとくるカードを一枚選んでください」
靖子さんはじっと眺めて、都会の景色の絵を選んだ。その理由を問われると、こんな答えが。
「とにかく、そういう会社のあるところにでかけないと。こんな感じの都会に、そういった会社が多いのかな。うん、狙いが絞れたから就職活動しやすくなりそうです」
そう言った靖子さんの顔はとても晴れ晴れとしていた。
最後に由衣さんは靖子さんに感想を聴く。
「漠然としていたものが、なんだか焦点が絞れた。そんな感じです」
このとき思った。私も早くこのメタファリングを受けてみたい。私自身の進路を明確にしてみたい。その欲求が高まってきた。
「ではここで少し休憩しましょう。マスター、お願いします」
振り返ると、マスターと女性の店員がコーヒーを抱えて身構えていた。
「当店自慢のシェリー・ブレンドをどうぞ」
そう言って一人ひとりにコーヒーが配られた。私はあの女性店員からコーヒーを受け取る。
「どうぞ」
その優しい目としぐさに私はドキッとした。
「ありがとうございます」
その後も、その女性店員を目で追う。なんかすごく気になる人だなぁ。
早速コーヒーを口にする。
「ん、おいしぃ」
なんだろう、このホッとする味は。コーヒーなんだけど別のものを飲んでいるみたい。
例えて言うなら、冬の寒い時にあたたかいコーンスープを飲んで温まる。そんなイメージだ。夏なのにどうしてこんな風に感じるのかな?
「へぇ、これが噂のシェリー・ブレンドなんだ。面白い味がする」
そうつぶやいたのは晶。
「晶、それどういう意味?」
「あのね、由衣さんから聞いていたんだけど。ここのオリジナルブレンドは、飲んだ人が今欲しいと思う味がするんだって」
飲んだ人がほしい味? ってことは、私が感じた温かさというのは、今私が欲しがっているものなのかな。
そう思ってもう一口飲んでみる。さっきと同じような温かさを感じるけど、今度はあの女性店員が頭に浮かんだ。
あ、そうか。私が欲しがっているのって、あんな女性になりたいってことなのか。まだ自分の気持ちが漠然としているけれど、なんとなく私が欲しがっているもの、望んでいるものが見えてきた気がした。
「ではここからは一人ひとりのセッションに入ります。本当は一人十五分くらい時間をかけて行うのですが、今日は先ほどデモンストレーションでお見せした程度の簡易版にさせてもらいますね。じゃぁ、まずは誰からいきましょうか」
ここですぐにハイと手を挙げたかった。けれど、心の中の何かがそれを邪魔している。
見ると、すぐに手を挙げた人が三人。その中に晶も入っていた。結局私の順番は最後。しばらく待ちぼうけとなった。
私は一人でコーヒーカップを抱えてカウンター席にいる。このとき、店員の女性が私に話しかけてきた。
「こんにちは。お名前は確か心奈さんだったよね。珍しい名前だから覚えちゃった。私、マイっていうの。よろしくね」
マイさんか。マイさんはさらに私に話しかけてくる。
「このメタファリングっておもしろいよね」
「はい。私も受けたくてうずうずしているんですけど…」
「心奈さんもそう思うでしょ。占いと違って自分で答えを出すのがおもしろいよね」
「はい。そこはとても興味を惹かれました」
「あは、まだ緊張してるかな?」
「えぇ、ちょっと緊張が解けなくて。今回参加している皆さんって、結構積極的だし。私はあそこにいる晶から情報をもらって参加したんですけど。こういうのって初めてだから」
「そうよね、こういうのが初めてだったら緊張もするわよね」
「はい」
と言いながらも、マイさんが話しかけてくれてとても助かった。
晶は私以外にも友だちがいるのか、他の参加者と親しげに話をしているし。なんだか私、この空間に一人取り残されたような気がしていたから。
「ところで、シェリー・ブレンドはおいしかった?」
「えぇ、私コーヒーってそんなに詳しくないんですけど。このコーヒーは変わった味がしてよかったです」
「どんな味がしたかな?」
「はい、コーヒーなんですけど、冬の寒い時にあたたかいコーンスープを飲んでいるような、そんなホッとした感じの味がしました」
「そっか、気持ちの中でどこかホッとしたいっていう願望があるのかな」
「それもあるんですけど。私、今日ここに来たのは自分の進路をはっきりさせたくて。今高校二年生なんですけど、この夏の間には進路をはっきりしないといけなくて」
「そっか、高校二年生だとそんな時期にきているんだね」
「はい、そうなんです」
なんだかこのマイさんって話しやすい人だな。
そういえば、二口目を飲んだ時にこのマイさんが浮かんできたんだった。これ、きっと私はこんな女性になりたいっていう願望があるんだろうな。でもそのことはさすがに口には出せなかった。
それからマイさんは自分の高校生の頃の話をしてくれた。驚いたのは、このお店のマスターが高校の頃の先生だったってこと。そして二人は歳の差がありながらも結婚をしていること。
「それでね、私もここにあるカラーボトルを使ったオーラソーマっていうセラピーをやっているの」
「おもしろそうですね、それ」
マイさんはそういうお仕事もしているのか。
「オーラーソーマは選んだボトルに込められている意味をリーディングして相手に伝えるの。でも、今やっているメタファリングはさっき説明があったとおり、色やカードそのものには意味を持たないのよ。意味付けをするのは自分自身。ここが大きな違いかな」
「そこなんですよ。私にそんな答えがだせるのかなって思っちゃって」
「大丈夫よ。あまり考えないのがコツよ」
マイさんはそういってにっこり微笑んでくれた。なんとなく自信がでてきたな。
「じゃぁ最後、心奈さんお願いします」
「あ、はい」
いよいよ私の番だ。緊張した足取りで由衣さんのところへ向かう。
「心奈さん、よろしくお願いします」
「は、はい。よろしくお願いします」
「あはっ、ずいぶん緊張しているみたいね。一度深呼吸してみましょうか。あ、深呼吸は先におもいっきり肺の空気を吐いて、そして自然に吸ってみてね」
言われたとおり、まず吐いて、そして空気を自然に吸う。すると、体の力がふぅっと抜けて落ち着きを取り戻した。
「あ、いい笑顔になった」
由衣さんの言葉は魔法のように私に響く。そう言われるとさらに笑顔が出てくる。
「さて、今からメタファリングを行いますね。先ほども説明したけど、これは直感を司るイメージ脳でカードを選んで、その意味を後から言語脳で言葉にするの。だから、まずは何も考えずにこれかなっていうカードを選んでみてね」
「はい」
「じゃぁ、まず今日はどんなことをみて欲しいのかな?」
「私、この夏までの自分の進路を決めないといけないんです。でも、まだそれが決まらなくて。そこをはっきりさせたいと思ってやってきました」
「なるほど、進路についての相談ね。じゃぁ、今から八枚のカードを見せるから」
そう言って由衣さんはカードをテーブルに並べた。
「では、今の状況をイメージしたときにピンとくるカードを一枚選んでくださいね」
今の状況。そう思いながらカードを眺める。
パッと目に入ったのは、色鮮やかな絵。オレンジをベースとして、そこに緑や赤、紫色などが散りばめられている。これは…サラダの絵かな?
私はその一枚を手にした。
「その絵ですね。その絵のどこが特に気になりました?」
「うーん、なんだろう。ごちゃごちゃしているところ、かな」
口から先に答えが出てくる。
「そのごちゃごちゃしているって、心奈さんにとってはどういう意味だと思いますか?」
これはすぐにわかった。
「自分という人間がよくわからない。だから心の中がこんなふうにごちゃごちゃしているってことだと思います」
「なるほど、自分という人間がわからないってことなんだ。じゃぁ、その状態がどうなりたいか。自分が望む未来を今度はイメージしてみてください」
自分が望む未来、か。もちろん、自分の気持がはっきりして進路が決まっている。そういう未来をイメージしてみた。
「そのときにピンとくる絵を残りの七枚から選んでみて」
残りの七枚の絵をサーっと眺める。
「これです」
今度もすぐにピンとくる絵が決まり、それを手にする。私が手にしたのは、海に向かって子どもが歩いて行く絵。これを手にすると、由衣さんはすぐにこんな質問をしてきた。
「この絵のどんなところが気になりました?」
「はい。まずはさっきのと違ってすごくすっきりしているところ」
それが一番の理由でこの絵を選んだようなものだ。
「なるほど。すっきりしているところ、か」
由衣さんが続けて何かを言おうとしたとき、私はもうひとつひらめいたことを言葉にした。
「それとこの子ども。海に向かって歩いて行っているところ。私もこんな感じで、なにか一つのことに向かって歩いていきたい…」
これは言いながらそう思い始めたことに気づいた。
「なるほど、子どもが歩いて行っているところなんだね。さっきのすっきりしたところとこの子ども。これ、心奈さんに当てはめると何を意味していると思いますか。もっと具体的に教えてもらえるかな」
「はい。自分の進路が明確になって、そこに向かって一直線に歩んでいる。うん、そうなりたいんです。そうなると、何もかもうまく行きそうな気がします」
「そっか、進路が明確になって、そこに向かって一直線か。そうなるとうまくいきそうなんだね」
「はい」
私はにこやかに返事をした。
なんとなく将来が見えてきた。そんな気がする。けれど、頭の片隅にある言葉が残っている。それはこの言葉。
「どうすりゃいいのよ」
進路が明確になって、一直線に歩んでいくってイメージが出来ても、具体的にどうすればそうなるのか、その部分が私に不安を煽ってくる。
「じゃぁもう一枚カードを選んでもらうね」
由衣さんのその言葉で、私の中にある不安な気持ちが少し隅に追いやられた。
「今はこっちのごちゃごちゃとした状態。そして目指したいのはこっちのスッキリとした状態」
由衣さんは私が選んだ絵を指しながらそう言う。
「こっちからこっちにするには、どうしたらいいか。そこをちょっとイメージしながらピンとくる絵を残りの六枚から選んでもらえるかな」
ごちゃごちゃからスッキリにするには。その方法がわからないから、さっき心に不安が出てきたのに。そう思いながらも六枚の絵を眺める。
どうすればいいの、どうすれば。考えれば考えるほど不安が出てくる。
でも、そんな中一枚の絵が私に語りかけるように目に入ってきた。その絵はピンク色の花の絵。大地からしっかりと生えてきて、小さいながらもここに根を張っているぞっていうことが私に強く伝わってきた。
「これ…すごく気になります」
私はゆっくりと、そのピンクの花の絵を手にした。
「そっか、その絵が気になるんだ。特にどんな所が気になったの?」
「はい。なんか小さいながらもしっかりと根を張って生きているって感じがして。自分はここにいるんだぞって主張があるのかな。もっと自分をアピールすること。私、こんなふうになりたい」
ボソリボソリと、私の口から言葉が出てくる。出てきた言葉に、あぁそうなんだと自分で納得する。
「そうか、心奈さんはこんな花のようになりたいんだ。そのために自分をアピールするってことなんだね。何をアピールするのかな?」
何を、ここで考えが止まってしまった。それがわからない。そもそも、この花のように生きるってどういうことなんだろう。ここで私は考えこんでしまった。
しばらく沈黙が続く。
そのとき、マイさんがすっと現れて私が飲みかけだったコーヒーを持ってきてくれた。
「のど、乾いたでしょ」
「ありがとうございます」
私は飲みかけのコーヒーを一気にのどに流し込んだ。このとき、またさっきと同じ映像が、いやさっきよりも鮮明に映像が頭に浮かんできた。その映像とはマイさんの姿。そして、また気持ちがホッと温かくなる。
「私、ここのマイさんみたいになりたいんです」
思わず言葉としてそれが出てしまった。
「マイさんみたいに、なんだ。もっと具体的に教えてくれるかな?」
「はい。なんかマイさん見ていると、大人の女性ってかんじで、でもすごく心が温かくなるような、ホッとする存在なんです。まだ会ってそんなに経っていないのに、こんな女性になりたいなっていう気がしているんです」
「なるほど、マイさんをモデルとした生き方をしてみたい。そういうことかな」
「はい、そうですね」
「じゃぁ、そのためにはどうすればいいと思う?」
「マイさんをお手本にしていきます。マイさんともっといろいろ話をして、そうすれば自分の生き方や進路のヒントになるんじゃないかって思うんです」
「なるほど、マイさんをお手本か。ですって、マイさん」
私の会話、ずっとマイさんに聞かれていたんだ。そう思うと少し恥ずかしくなった。
でも、マイさんは私の横に来て、両肩に手をおいてこう言ってくれた。
「私でよければいつでもお役に立ちますよ」
「はい、ありがとうございます」
なんとなく見えてきた私の未来。まだまだ漠然としているけれど、どんな姿になりたいのかという未来が見えてきた気がする。
それから由衣さんの講座も終わり、喫茶店もオープン。ほとんどの人は帰ってしまったが、私は気になることがあってしばらくカフェ・シェリーに居残り。由衣さんも残っていて、私としばらく雑談をしてくれた。
ここでわかったんだけど、由衣さんにはお世話になっている羽賀さんというコーチングの先生がいるとか。このメタファリングも、その人と二人で開発したもので、実際に由衣さんが活用しているみたい。
「私ね、羽賀さんみたいになろうと思って勉強を初めて、そしていろいろと行動をしてみたの。そしたら、周りが私の道を作ってくれたんだよ」
周りが道を作ってくれるなんて、とても恵まれているなと思った。そのことを伝えたら、その話を聞いていたマイさんがこんなことを。
「それ、恵まれているんじゃないんだよ。自分でその意志があったから、周りが共感してくれたの。私もね、このカラーセラピーをやろうという意志を明確にしたから、マスターが援助してくれたの。自分の意志をはっきり示せば、ちゃんと援助はくるのよ」
自分の意志をはっきりと、か。
「でも、私は今日はそれがはっきりすると思ったんだけど。でも、わかったのはマイさんをお手本にするっていうことだけ」
私がしゅんとしていると、マイさんがにっこりと笑ってこう言ってくれた。
「私、とても光栄だな。こうやって人の役に立てるんだから。でも、心奈ちゃんはセラピストや喫茶店をやろうとは思っていないんでしょ。だから私の外側をまねするんじゃなくて、内側をまねしてほしいな」
外側じゃなくて内側。その言葉は私の心に大きく響いた。と同時に、私がなにをまねしないといけないのかがおぼろげながら見えた気がした。そのタイミングで由衣さんがこんな提案を。
「心奈さん、カラーメタファリングしてみようか」
そう言って講座でやったように八枚の色のカードを私の前に並べてくれた。
「今、心奈さんが感じていることを色にたとえると、どのカードになるかな?」
私はじっと一枚一枚の色を眺める。
「ん、これ…」
私が何気に手にしたのはピンクのカード。
「ピンクか。どうしてそれを選んだと思う?」
そう質問されて理由を考えてみた。その答えは意外にも口から先にぽつりと出てきた。
「私、もっと人に対して優しくなりたいんだ。もっと人に関わってみたいんだ。その心のあたたかさ。それに触れていたいんだ。そして私も人に元気を与えたいんだ」
自分で言った一言が心に響いた。
「じゃぁ、そのピンク、心のあたたかさにふれていくためにはどうしたらいいと思う?」
私はピンク色をじっと見つめる。次にマイさんにも視線を移す。ここで頭の中に何かが浮かんだ。これ、なんだろう。
人と触れる仕事。そして人に役に立つ仕事。頭の中にひらめいた何かを探る。そしてもう一度ピンク色を見る。
「元気…あ、そうか」
「心奈さん、なにか浮かんだかな?」
「私、すごく職業に囚われていたんだと思うんです。進路って言うと、何かの仕事を目指さないといけないって。でもわかったんです」
「どんなこと、教えて?」
由衣さんが優しく微笑む。
「人に触れて、人に元気を与えて、心の温かさを交流させる。それさえできれば、職業はなんでもいいんだって。私の中のこの部分さえしっかりしていれば、どんな仕事に就いても、どんな進路を歩んでもぜんぜん問題ないんだって。そっか、そういうことだったんだ」
「目標と目的の話、だね」
今まで黙々とカウンターの中で仕事をしていたこのお店のマスターが突然そう口を開いた。
「目標と目的、ですか?」
私は恐る恐る聞き返した。
「心奈さん、だったよね。君は今、とても大事なことに気づいたんだよ」
「大事なこと、ですか?」
マスターは微笑みながら視線を合わせてくれる。私はその視線から目をはずすことができない。マスターはこれから私に何を言ってくれるのだろうか。そんな期待を込めて、私は言葉を待った。
「心奈さんは、今日は自分の進路をはっきりさせたくてここに来たんだったよね」
「はい、そうです」
「でも、進路そのもの、つまり将来どんな職業に就きたいのかははっきりしなかった」
「はい」
「しかし、さっきは職業は何でもいい。人に触れて、人に元気を与えて、心の豊かさを交流させる。これがわかったんだよね」
「はい、そうです。何のためにこれから生きていくのか。それがわかった気がします」
「その、何のためにっていうのをなんと呼ぶかわかるかな?」
「何のために…」
私はちょっと考えた。きっとこれかな、という答えは心の中に出ているのだけれど、イマイチ自信がない。
私がそこで悩んでいると、マスターが答えを教えてくれた。
「このことを目的、というんだよ。そして、その目的を果たすための手段、方法、またはどこまで到達するのか。このことを目標と言うんだ」
「目的と目標…」
私は今までこの二つを同じものだと思っていた。けれど、マスターからそう言われて思わず納得。
「目標と目的、大事なのはどっちだと思う?」
そう言われてちょっと悩んだが、その答えはすぐに閃いた。
「目的、じゃないですか?」
「そう、そのとおり。目的、つまり何のためにその行動を行うのか。それがはっきりしないとどこまで行けばいいのか、どのような方法を取ればいいのか、目標なんて出てくるはずがないんだよ。ところが私たちはつい目標の方にばかり目を向けてしまいがちだ」
言われてドキリとした。私が求めていたのは目標、どのような職業に就けばいいのか、これを探しに来ていた。どうしてそれをやるのか、というのがわからないままに。
マスターの話は更に続く。
「目標ばかりに目を向けると、就職もなぜそれをやろうとしているのかが不明確なまま探してしまう。そうなると、給料とか待遇といった表面だけにしか目を向けずに仕事を探し、その条件に合わないと思ったら辞めてしまう。そういうことの繰り返しをしてしまうんだよ」
なるほど、なんか納得。
「じゃぁ目的がはっきりするとどうなるんですか?」
「心奈さん、どうなると思う?」
逆に質問返しをされてしまった。ちょっと悩んでいると、由衣さんが手助けを。
「どうなると思うか、また色で選んでみるといいよ」
私は由衣さんが並べてくれた色のカードをじっと見る。が、今度は選ぶのが早かった。
「これ、紫です」
「そうか、紫なんだ。どうしてかな?」
「紫ってなんか高貴な色じゃないですか。レベルが高いっていうか。だから目的がはっきりすると、自分のレベルがどんどん上がっていくようなきがするんです。ずっと前に進んでいける。そんな感じがします」
「心奈さん、いいねぇ。その答え、私いただきです」
質問返しをしたマスターが感心してくれた。なんだか恥ずかしいな。
「どうだい、どれだけ目的というのが大事なのかわかったかな」
マスターの言葉に私は笑顔で「はい」と答えた。
「心奈ちゃん、今日は自分の目的がメタファリングで見えたんだよね。この先がとても楽しみになってきたな」
憧れのマイさんにそう言われて、私はなんだか自信が湧いてきた。
何のためにこれから私は生きていくのか。人に触れて、人に元気を与えて、心の豊かさを交流させる。うん、これを軸に自分の進路を探してみよう。
昨日までの自分とは違う、別の自分が今日はここに立っている。おかげでこの日はとても気分が良かった。
そして週明け、夏休み最後の補修の週。私は学校の図書館で職業の本を目にしていた。
「おっ、心奈、進路調査か?」
担任の先生が話しかけてきた。
「はい」
「で、どんな方向に行くか決めたのか?」
ここで私はちょっと胸を張ってこう言った。
「はい。人に触れて、人に元気を与えて、心の豊かさを交流させる。そんな人間になりたいんです」
そう言うと、先生は目を丸くして私を見つめ直した。
「そ、そうか。で、具体的にはどうするんだ?」
「はい、長い人生ですから。いろいろなことに挑戦して、そして最終的に何に落ち着くかをゆっくり考えます」
実はこれ、習ったメタファリングを自分に使って導いた答えなんだ。
具体的に何をするか。そんなの、高校生の今決めてしまう必要はない。もっと見聞を広め、自分に本当に何が向いているのか。そこをゆっくり決めればいい。だから、今はその自由な時間を求められる進路を探している。
目的、そこにたどり着く道は無数にある。今はその道をたくさん楽しまなくちゃ。
私の心の中の心。それがわかったから、私が何を求めているのかがはっきりしたから。今はゆっくり落ち着いていられるな。長い人生、あせらず楽しんで行こうっと。
そして、ここまで導いてくれた由衣さん、カフェ・シェリーのマイさん、マスターに感謝しなきゃ。
<心の中の心 完>