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読書部の謎解きディスカッション

読書部の謎解きディスカッション 9 〜席替えとプリンと・・・。〜

作者: くろすけ。


  一学期の期末テストも終わり、いよいよ全校生徒が待ち望む夏休みが、間近に迫った七月の中旬。

————キーンコーンカーンコーン。

「はぁ、はぁ! はぁはぁ!」

四時間目が終わると同時に、西山東輝は校内の廊下を全速力で駆け抜けていた。

 夏服に変わり、半袖のシャツに紺のネクタイという軽装になったと言っても、流石にこれだけ動くと暑く、額に薄らと汗が滲む。

 しかし、そんな煩わしさを気にしている余裕は無かった。

 ————今日こそは!

 一階まで階段を降り切った東輝は、西の方角へ向かって再び廊下を強く蹴る。

 見知らぬ生徒達が、ビックリしたように脇へ避けていく姿を横目に辿り着いた、その場所は、様々なお弁当やパン、お菓子やジュースなどが売っている購買エリアだった。

 昼休みが始まって、まだ早い時間なので、男子生徒が数人カートの上に並べられたパンを物色している姿しかないが、しばらくするとお昼ご飯を求めて沢山のお腹を空かせた生徒達が群がってくるだろう。

 その前に目的を達成しなくては、と東輝は真っ直ぐ購買エリアの一番右端にいる、お菓子売り場担当の女性に声をかけた。

 「すみません。プリンって、まだ売っていますか?」

 この購買担当の各販売員達は、近くのパン屋や弁当屋などで働く方達が、わざわざ学校へ来て、自分達の店で売っている商品を学生に安く提供してくれている。

 そんな中、声を掛けた販売員は一ヶ月に一回のペースで来るのだが、この人はスイーツ店の店員でオリジナルのパンケーキやマカロンなどのお菓子を売ってくれる。

 甘い物好きの女子生徒達は、特にこの人が来ると購買エリアに、いつもの倍以上集まるのだが、そのほとんどが、あるレアな商品を求めて戦争になっていた。

 その商品こそが————。

 「あぁ、極上プリンね」

 一日限定三個の『極上プリン』こそ、東輝が暑い中走ってきた目的だ。

 高級そうな瓶に詰められた黄色のプリンの甘さ、その下に広がるカラメルソースのほろ苦さのハーモニーは、溜息が出るほどの代物であると、クラスメイトが語っているのを聞いて甘党の西山東輝としては、一度は食べたいと思っていた。

 「あー、えっとねー」

 そんな期待の目を向ける東輝に対して、赤い三角巾とクマの絵が描かれた紺のエプロンを身につけた女性は困ったように、眉をハの字に歪めていた。

 「ごめんなさい。今さっき全部売れてしまって」

 「えっ」

 申し訳なさそうに、東輝の背後に目を向ける女性の視線の先には、中庭に続く廊下があり、その途中に設置されたベンチには見知らぬ男子生徒が座っていて、極上プリンを嬉しそうに付属の木のスプーンで口へと運んでいた。

 「どうやら一年生は、今日は早めに授業が終わりになったらしいのよ」

 なんて事だ。それではチャイムと同時にいくら走り出しても勝てるはずがない。

 「あぁ、そうですか」

 悲し過ぎる、あんなに頑張って走ったのに・・・・・・。

 女性店員に会釈をして、トボトボと自分の教室へ歩きながら、先程のベンチに座った男子生徒を見てみると、半袖のシャツのボタンを上までキッチリしめて、ネクタイも新入社員か! と言われそうなくらい、きっちり締められており、とても暑苦しそうなのだが、その顔はとても幸せそうで、このうだるような暑ささえも、あのプリンの前には、なす術がないのかと思ってしまった。

 「西山東輝!」

 「わっ」

 いきなり目の前に文字通り飛び込んできたのは、昔懐かしい少女漫画に出てくるような、縦ロールのロングヘアーがトレードマークで、この学校の風紀委員長である、三年の渡辺麗華だった。

 そんなお嬢様キャラを絵に書いたような彼女は、何故か酷く息を切らせて自慢の髪型を乱した状態で仁王立ちしている。

 「はぁはぁ、あ、あなた! 廊下を走っていたわね! 校則違反よ!」

 「え、あー、悪い」

 これまた高飛車なお嬢様口調で、勢いよく指を差してくるので、反射的に頭を下げてしまった。

 「全く、三年生にもなって情けないわね。普段から行動と言動には————」

 「それを注意するために、お前も全力疾走してきたのか?」

 「えっ!」

 ハァハァと肩で息をする彼女を見ながら、東輝は疑問を口にした。

 ————だとしたら、お前も立派に校則違反じゃ・・・・・・は、飲み込むか。

 スピード違反の車をパトカーが追うのと、同じではないかもしれないが、自分が悪いのも確かだ。

 仕方がない。甘んじて説教を受けるかと構えていると、何だか目の前の渡辺の様子が変だった。

 「わ、私は、えっと、その・・・・・・えっと」

 ボソボソと口を動かしながら、横目で何かをチラチラと見ているので、同じ方向に目線を動かすと、そこには先程東輝が立っていた、スイーツ販売のカートの前に立つ女性がいた。

 ————もしかして。

 「もしかしてお前も、『極上プリン』を買いに来たのか?」

 「にゃ! にゃにをぉ?」

 もう言葉が無茶苦茶になるほど動揺する渡辺の様子から、推理するまでもなく当たり、という事が分かった。

 「べ、べ、別にプリンなんて欲しくはないのだけど! まぁ、近くにあるのだし! 今後の学校生活改善の為に食べておくのもいいわね!」

 「・・・・・・」

 プリンを食べる事で、学校がより良くなるなら、ぜひ食べて頂きたいのだが。

 東輝は、自分と同じように期待を胸にした風紀委員長に既に売り切れているという残酷な事実をなるべく優しく言ってあげる事にした。

 「わ、わたくしの、ぷり・・・・・・ん」

 ガックリと項垂れる、その肩が酷く寂しそうで、東輝は自分のせいでは無いのに、悪い気がしてしまった。

 「すみません、通ります」

 「あぁ、悪い」

 二人のプリン争奪戦脱落者の横を、颯爽と通り抜けたのは、先程中庭へ続く廊下のベンチで幸せそうに『極上プリン』を食べていた男子生徒だった。

 その手にはプリンの瓶があり、綺麗に完食されている。それに気付いた委員長は、ハンカチを食いしばりながら、悔しそうに男子生徒の背中を見つめていた。

 「ぬぐぐぐぐ、何なのかしら! あの余裕! ずずズルイわ————まさか、あの子が全部買い占めたんじゃ! だとすれば校則違反で、停学にしてやるぅぅぅううう」

 「待て待て、そんな事で停学にするな。てか、そんな校則は無いだろ」

 渡辺風紀委員長の目は血走っていて、本気でやりかねないので東輝は何とか抑えつけようとする。

 「それに買い占めは出来ねぇよ。一人一個ずつが決まりだ。店の前に書いてあるだろ」

 「んんんん!

では! 私のこの怒りは一体何処へ行けばいいのよ!」

 「知らねぇよ。明後日の方に飛ばせ」

 「それでは、明後日にまた、この怒りを味わってしまうじゃないの!」

 「物の例えだ!」




 ————キーンコーンカーンコーン。

 いつも通りの放課後を迎え、西山東輝はゆっくりとした足取りで廊下を進んでいた。

 夕方になっても、まだまだ暑さは残っていて、そこかしこから「暑いぃ、溶けるぅ」と言った声が上がっているのが、よく聞こえた。

 ノートでパタパタとお互いの顔を仰ぎ合う女子生徒の横を通り抜けて、東輝は目的地に到着する。

 【化学準備室】

 所属している『読書部』の正式な活動場所であるここで、これから大好きな小説を読んで過ごすはずなのに、昼の出来事のせいで何だか気分が落ちてしまっていた。

 ————くっそ、本当なら極上プリンで、気分爽快のはずだったのに。

 昼以降から何度ついたか分からない溜息をつき、東輝は目の前の扉を開いた。

 「おかえりなさぁい。ご飯にしますぅ? お風呂にしますぅ? でも、やっぱり私を味わいますよねー」

 小さい体をイヤらしくくねらせながら、徐々に近寄ってくる姿は化け物そのものだ。

 再び深い溜息を吐きながら、その可愛らしいおでこにデコピンを喰らわせてやると、小さく「いたーい」と言って両手で押さえた北野南が、涙目でこちらに目を向けてくる。

 「もう冗談ですよぉー、冗談。ちょっとくらい、抱き締めて頭を撫でてくれる余裕を持ちましょうよぉー ねぇ、ジェントルメェーン」

 「そんな余裕は、一生来ないだろうな」

 「い、一生来ないんですか! ダメですよ! 私達の新婚生活の楽しみが!」

 いつものように、南を適当にあしらうと、室内中央に置かれた机の上に鞄を置き椅子に座る。

 「よいしょ」

 慣れてしまっているようで、さっきまでの涙目な表情とは打って変わってニコニコしながら向かいの席に腰を下ろした南は、珍しく直ぐに鞄からハードカバーの小説を取り出し読み始めた。

 「・・・・・・」

 大抵、東輝が近くにいると鬱陶しいほど絡んでくるのに、いきなり真面目に読書をする姿勢に正直驚きを隠せず、思わず声を掛けしまう。

 「め、珍しいな」

 「ほい? 何がですか?」

 ページから目線を上げた南が、小首を傾げた。

 「いや、お前が急に本を読み出すから」

 「東輝先輩! ここは何部ですか?」

 「・・・・・・読書部」

 「そうです! 〝読書〟部です! 本を読むのは当たり前ですよぉ!」

 その指摘は、間違えていない・・・・・・いないが、コイツに言われると、何だか微妙な気持ちになる。

 とは思ってみたが、言っている事は正しいので東輝は「悪い」と一言謝り、自分も鞄から文庫本を取り出すと、ページを開いて大人しく読み始める事にした。




 ————カチカチカチカチ。

 部屋の壁に掛けられた、何の面白味も無いシンプルな時計の針の動く音だけが、妙に耳に残る。

 本を読み始めて30分程経過したのだが、実は未だに二ページしか進んでいなかった。

 別に東輝は、普段から読むのが遅い訳ではなく。むしろ早い方なのだが、今日はどこか集中出来ないでいた。

 「はぁ」

 パタンと目の前で本を閉じた様子に気が付いた南が、ふと顔を上げる。

 「読み終わったんですか?」

 「いや、なんか集中出来なくてな」

 「えっ! 先輩が本を読めない? 大丈夫ですか? どこか具合が悪いんですか?」

 「体は至って健康だが」

 「じゃあ! まさか私に恋をして、胸がいっぱいで?」

 「違う」

 「なっ! ま、ま、ま、ま、まさか! 別の女に欲情————」

 「違う」

 南の言葉マシンガンの銃弾をかなり浴びたが、今日は何だかこうやってお喋りでもしていたい気分なのだな、と気が付いた東輝は、机に頬杖を付いて問い掛けた。

 「・・・・・・なぁ、何か話さないか?」

 「ふえ!」

 その発言にそうとうビックリしたのか、南は芸人のように思いっきりのけぞっていた。

 言い出したのは自分だが、ここまでビックリされるとは思わず、反応に困ってしまう。

 「お、お、お話ですか?」

 「おう」

 「で、では、私達の将来について————」

 「その話題は、却下で」

 「なぁぁあん!」

 ヘナヘナと机に倒れこんだ南だったが、お喋りをしたいと発言された事が嬉しかったのか、その口元はニヤニヤしている。

 机の下を見ると、足をパタつかせており、まるで犬のようだった。

 「いいですよ! 私がお相手しますよ!」

 「悪いな。珍しくお前が、真剣に、真面目に読書をしているのに、こんな事、もう二度と無いかもしれないのに、くそ」

 「いやいやいやいや! またありますよ! 本好きなんですから! 何ですか、私の読書を天変地異みたいな言い方して!」

 そう言って机を両手でバンバン叩く南を見てると、この日常が戻ってきて、本当に良かったなと素直に思えた。

 もし、先日の演劇部との勝負に負けてたら、この日常は————。

 「まぁ、私も相談事があったので、ちょうどいいですね!」

 右手の人差し指をピンッと立てた南が、こちらに視線を向けていた。

 「相談事?」

 「はい! 実は今日の五時間目に、ウチのクラスでは席替えが行われていたんですが」

 「席替えか」

 夏休み前だが、この学校では休み明けの行事の多さから、この時期に席替えする事が多い。かくゆう東輝達のクラスも先週に行われていた。

 「それで先輩、覚えていますか? ウチのクラスにいる、三バカの事」

 「三バカ? ・・・・・・あぁ」

 以前、南のクラスで行われた数学の小テストの時。猿谷、犬山、鳥本という三人の男子生徒がカンニングをしたという事件があり、その事について南と真相を話し合った事があった。

 「その三人が、また、やらかしたんですよ!」

 「何を?」

 ポケットに両手を入れて、背もたれに寄りかかる東輝に、机越しに思いっきり顔を近付けた南が、ゆっくりと口を開く。

 「クジ引きの不正です」

 「?」

 どういう事だと、目で続きを促すと、南は一つ咳払いをわざとらしくしている。

 「ウチのクラスは毎回、と言っても一年なので入学して、これで二回目ですが、先生の意向で、クジ引き形式で席を決めているんです」

 「ん」

 「今回も、もちろんクジ引き形式だったんですけど、その三バカが引き当てた席というのが、窓際の一番後ろの三席という超ラッキーなポジションなんですよ!」

 超ラッキーというのは、あくまで個人の意見だが、まぁ確かに教卓の真ん前なんて席を引き当てたら、いつも寝ている生徒や早弁をしようとする生徒にとっては地獄だし、当たりと言えば当たりなんだろう。

 「公平なくじ引きだったなら、三バカがラッキーだっただけじゃ————」

 「絶ッッッっ対! 違いますよ!」

 その場で立ち上がり、両手で大きくバツ印を作る南の鼻息が荒くなる。

 その彼女の熱量で、今度はこちらの体温が上がりそうで、東輝は胸元をパタパタと仰いだ。

 「根拠は?」

 「ちょっとした理由や、不自然さがあるんですけど、特に三バカだからですね!」

 「・・・・・・」

 ————感情論丸出しだな。

 呆れたように、頭を掻く東輝に対し南は話を続ける。

 「でも決め手はありましたよ! 怪しいから私、先生に言ってクジを再度やってもらったんですよ、そしたら二度目も、まったく同じポジションの番号を引き当てたんですよ!  おかしいでしょ!」

 「まじか」

 その発言に、色々な意味で驚いてしまった。

 まず南や先生、他の生徒がいる前でクジの不正を成功させた事。

 そして、二度も同じポジションを選ぶという、明らかに「何かしてますよ」といった行動をとってしまう、そのマヌケさにだ。

 「どうですか! 先輩! お話のネタになりそうでしょ?」

 「・・・・・・」

 以前のカンニング事件の時にやった推理ゲームみたいで、確かに面白そうなネタだし、気分転換にはちょうどいいかもな。

 「謎が解けるかは分かんねぇけど、少し考えてみるか」

 「はい! 考えてみましょうね、一緒に!」

 腕時計で時間を確認してみると、完全下校時刻まで、残り四十分程だった。




 お昼休みの教室内には、クラスメイト達の笑い声と食べ物の匂いが広がっていた。

 朝から机にしがみ付き、黒板とノートを往復し続けた学生達にとって、癒しの時間なのだろう。

 などと北野南が思っていると、隣からトントンと肩を叩かれる。

 「どした? 南」

 「んん? 何でもないよぉー」

 友達と机を並べて食事をしていると今、自分の手元にある、ただのサンドイッチも大変美味しく感じた。まぁ気のせいだけど。

 口の中で、ハムとトマトの食感を楽しみながら、友達同士の会話に耳を傾けていると、その中の一人のクラスメイトが何かを思い出したかように、声を上げる。

 「そういえば、六時間目に席替えをするぞって、さっき鬼沢先生が言ってたよー」

 「おっ、マジで」

 「やったー、ラッキー」

 鬼沢先生とは、南達のクラスの担任であり理科教師だ。

 「今回もクジだってさー」

 「うっわ、やっぱかー」

 「いい席が当たりますように! いい席が当たりますように!」

 みんなそれぞれに、願い求める席があるようだが、正直南は、この席替えというイベントに察して熱くはなれなかった。別にどのクラスメイトでも全員と話す事は出来るし、例え教卓の前だろうが、一番後ろだろうが、そんな事はどうでも良かった・・・・・・なにより。

 ————あぁ。東輝先輩が一緒のクラスなら。

 愛しの彼は二学年上で、絶対にそんな事にはならないが、もしそうなっていたらクラス全員を買収してでも、隣の席を確保しただろう。

 「おぉ! 美味そー!」

 「お前ラッキーじゃん!」

 「たまたま、運良くね」

 ふと背後から男子達の笑い声が聞こえてきたので振り向くと、三人ほどが一人席に座る男子を取り囲んでいるのが見えた。

 どうやら、そこにいるクラスメイトの種田正樹君が、購買で限定販売されている『極上プリン』を手に入れたらしく、全員興奮して味の感想などを求めているようだ。

 そういえば東輝も前に、あのプリンを食べてみたい、などと言ってたなと思い出していると、ふと種田君と目が合い彼は顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。

 ————ありゃりゃ、私の可愛さに当てられたかな?

 などと自慢気に鼻息を荒くするが、一番可愛いと思って欲しい人には、全く届かない事には意味が無いと、一人肩を落としていると。

 ————キーンコーンカーンコーン。

 楽しい楽しい昼休みの終わりを告げる、チャイムが校内に鳴り響き、南達は残った食料を急いで口の中へ押し込んだ。




 「さぁ、みんなー席につけー。席替えの時間だぞ」

 六時間目の開始のチャイムが鳴ると同時に、大声で入ってきた担任の鬼沢桃太先生は、片手に白い箱を抱えて教室内に入ってきた。

 「先生、その箱は?」

 一人の生徒が、先生の手元を指差しながら質問をすると、教卓にその箱を置きながら返答してくる。

 「ああ。犬山が提供してくれた、特製のクジ箱だ」

 そう言って全員が、無駄に鬱陶しい自慢の長髪をかきあげている男子生徒に注目した。

 「いやいや、以前のように、クジをそのまま引かせるのでは、何か不正が起こるとも限りませんからね。簡単な物ではありますが、準備をさせて頂きました」

 「こういうのも、面白くていいな。ありがとな犬山」

 「お礼を言われるほどでも」

 小さく頭を下げながら、ニヤリとイヤらしく笑うその口元を見て、南は何やら嫌な予感がしたが、先生が話を進めるので視線を仕方なく戻した。

 「じゃあ、前回と同じように今日の日直の・・・・・・種田、後は任せるぞ」

 「はい」

 先程、幸運にも『極上プリン』を手に入れた、七三分けの髪型がトレードマークでいつもピシッとしている種田正樹君が、席替えの進行をする事になった。

 彼が自分の席から立ち上がり、教卓前まで歩いていくと、先生は教室後方に移動して眠たそうに欠伸をしながら、「後はどうぞ」と言わんばかりに右手を差し出していた。その姿を見て種田君が頷くと、振り返り黒板にチョークで座席表を書き始める。

 そうして前回と同じように、それぞれの席に1つずつランダムに番号を振り終えると、今度はこちらも犬山が持ってきたと言う、クジを種田君は確認していた。四つ折りにされた手の平サイズの白い紙には、ご丁寧にパソコンで打ったと思われるゴシック体で、数字が書かれているのがチラリと見えた。

 ————犬山がねー。なぁんか、嫌な予感が止まらないなぁ。

 机に頬杖を付いて、白い箱の中にクジが入れられるのを見ながら南は、ふと猿谷、鳥本の方を見てみた。

 犬山も入れて、三バカとクラス内では言われている三人は、以前行われた数学の小テストで協力してカンニングをするという事件を起こしていた。

 その真相は、愛する夫で読書部先輩の西山東輝が、見事に解決したのだが・・・・・・。

 「では、準備が出来ましたので、出席番号順にどうぞ」

 一人ずつ教卓の前まで歩いていき、クジの番号を確認していく作業が始まる。

 その場でガッツポーズをする者もいれば、崩れ落ちる者もいたりして、中々にみんなのリアクションが面白かった。

 そんな様子をボーっと観察していると、いつの間にか自分の番が回ってきたので、椅子から腰を上げる。

 「南ちゃん、俺の隣の席を!」

 「馬鹿言え! 俺の隣になるんだよ!」

 「何だと!」

 「やるかー!」

 モテる女はツライな。とわざとらしく髪をかきあげ、争う男子達へウィンクをしながら、教卓の前に立つ。

 クジが入っている箱には、腕が通る程の大きさの穴が空いていて、中にあるクジが見えるが四つ折りのせいで番号までは確認出来なかった。

 別にどの席になってもいいが、なるべくなら後方の付近がいいな、と願いながら南は穴に手を入れる。

 「ん?」

 「あ」

 ふと顔を上げると種田と目が合い、彼は昼休みの時と同様に顔を真っ赤にしながら、視線を足元に落としていた。

 ————はぅ。可愛いって罪よね。

 などと、自分の容姿の良さを改めて思い知らされながら、一枚の紙を引く。

 「えっと・・・・・・十三番だね」

 四つ折りの紙を開き、記載されていた数字を口にしながら、黒板の座席表 に目を向けると、ちょうど真ん中の列の後方辺りの位置の番号だった。

 「かぁぁ! 俺外れたぁ!」

 「よし、十三番の隣は絶対に俺が!」

 「いやぁ! 俺が引く!」

 「待て待て! この俺だぁ!」

 まぁまぁの位置だなと、南は自分の席へ戻りちょこんと腰を下ろした。

 クラスの男子達の騒ぎを種田君が何とか宥めると、また一人ずつ歩いていきクジ引きが再開される。




 段々と席が決まっていく中、南はおかしな事に気がつく。

 それは、三バカである犬山、猿谷、鳥本の三人の座席の位置がクラスで人気のある、後方の窓際三席に綺麗に揃って並んでいたからだ。

 偶然とは思うが、チラリと犬山の顔を見てみると口元が緩んでいるのが分かった。

 ————怪しすぎる。

 前回のカンニングの時もそうだったのだ、きっと今回も————と南は立ち上がり黒板に指を差した。

 「ちょっと、三バカが揃って後方窓際って、何か変じゃないの!」

 その声に、犬山が涼し気な眼差しを向けてくる。

 「何を言っているんだ、北野。偶然だろ、偶然」

 「他の人なら、そう思えたけど! あんた達だと、どうも疑わしいのよぉ!」

 「横暴だそ! 俺らは何もしてねぇーって! なぁ、鳥本!」

 「う、ううう、うん。し、してないよ!」

 それぞれの反応を見て、南だけではなく、他の生徒も疑念を抱いたようで、教室中がざわつき始めた。

 「確かに、南の言う通りかもね」

 「そうだね。あそこの窓際って人気だしね、私もあそこ狙ってたもん」

 「おい、犬山。お前なんか不正でもしたのかよ」

 「俺だって、その席が良かったんだぞ! 早弁は出来るし、昼寝は出来るし、スマホ弄ってても気づかれねぇし」

 「お前らは、授業中そんな事ばかりしているのか! 今度から目を光らせておくからな!」

 最後に教室後方で暇そうに立っていた先生の怒号がとんできて、一瞬シラけたが、南は再度三バカを問い質した。

 「答えなさい! 三バカ! 絶対に何かしたでしょ! この類稀なる洞察力を持った、北野南の目からは逃れられんぞ!」

 ビシッと向けられた人差し指を鼻で笑った犬山は、スッと立ち上がり教卓前までゆっくりと歩き出した。

 「酷い言いがかりだが、そこまで言うのなら仕方がない」

 そう言って右手で白い箱を撫でると、ニヤリと微笑む。

 その仕草がいちいちウザったく、どっかの演劇部の海老マヨ先輩を思い出して胸糞が悪くなった。

 「もう一度やり直してもいいぞ。よく観察しておきたまえ」

 「上等じゃない」




 目の前で腕を組んで、黙って聞いている東輝を気にしつつ、南は、その後再び行われたクジ引きについて話し始めた。

 「————まず犬山の提案で、黒板に書かれた席番号を、再び書き直す事になったんです」

 「書き直したのは、犬山か?」

 「いえいえ、種田君に書かせてましたよ。『私だと疑わしいのだろ?』と気持ち悪い長髪を揺らしながら言ってましたぁ、あぁ、キモい」

 いつも二人が読書をして過ごす化学準備室には、授業で使用する様々な薬品が置いてあり、いつもその匂いが仄かにしているが、今日は何だか匂いが強く。もしかしたら授業で取り出したのかもしれないなと南は、鼻を少し擦った。

 「それで?」

 「はい。種田君が黒板に番号を書いてある間、私はクジと白い箱を調べる事にしたんです」

 まずはクジを大雑把にだが、一枚一枚よく観察してみるが、特に変わった所は見つからなかった。

 「三バカが引いたクジにも、例えば手で触って判るように目印を付ける、みたいなものは見つからなかったです」

 「・・・・・・」

 東輝は、特にリアクションを返してこなかったので、続ける事にする。

 「えっと、次に白い箱の方ですけど。直径30センチくらいの大きさで、お菓子の箱みたいに上蓋が開く構造になっていました」

 「それに手を入れる穴が空いている、って事か」

 「です、です!」

 蓋を開けて中を念入りに触ってみるが、こちらも別段普通で、クジを隠して置けるような秘密のポケットが付いていたりはしていなかった。

 「そして、新たな席番号を黒板に書き終えた種田君がクジを箱の中に入れて、二度目のクジ引きが開始されたんです」

 放課後の校庭から、野球部のバッティング音が鳴り響いてくる「カキーン」という豪快な音が、まるでクジ引き開始を告げているみたいだった。

 「一回目と同じように、出席番号順にクジを引いていきました。そして、いよいよ犬山の番になります」

 「おう」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・?」

 「どうですか、先輩」

 「ん、何が?」

 「私、今日も可愛いでしょ?」

 「何の話をしているんだ」

 ジッとこちらの顔を見られていたので、つい口が滑ってしまった。

 「コホン。まぁ、照れている先輩は置いておいて、先を続けますね」

 「照れてはいないが、早く続けろ」

 呆れたように溜息をつく東輝に投げキッスをした後、顎に人差し指を当てて、話を再開する。

 「犬山の番になった時、あいつが『真横で見ていなくて、いいのか?」と挑発してきたんで、私も教卓の前に行ったんです」

 「ん」

 念の為に、別のクジを手の中に隠していないか確認したが、広げられた手の平にはもちろん何も無かった。

 「そのまま手を入れて、クジを一枚引いたので、その紙をジッと見てたんですけど、あいつそのまま開かずに、目の前の種田君に渡したんですよ」

 「・・・・・・」

 腕を組んでいる東輝は、相槌も打たずに天井を見つめていた。

 「いきなり渡された種田君が焦っていると、犬山が『北野が疑っているので、君が開けてくれ』と言ってきたんです」

 恐る恐るといった様子で、クジを開いた種田君が言った数字は、又もや後方の窓際の番号だった。

 二度も続いた事で、明らかに不正は発覚したが問題のやり方が分からないのであれば、『偶然』だと言い逃れされてしまう。

 そんな悔しさを滲ませた南の視線を鼻で笑った犬山は、ゆっくりと席へ戻っていった。

 「その後、他二人も引いたんだよな」

 「はい! 次に引いた猿谷も、犬山の丁度前の席の番号のクジでした」

 「ふぅーん。で、最後の鳥本も」

 「もちろん。二人のすぐ前の席の番号のクジでした」

 「んー、割と簡単そうだが、後一押しが足らないな」

 「えっ!」

 まさか、こんな説明だけで、もう真相に辿り着きそうなのかと驚いていると、彼は顎に手を当て、こちらに目だけ動かした。

 「なぁ、それでクジ引きは最後までやったのか?」

 「はい。最後の出席番号の人が引き終わった後、一応確認のため箱の中身とか引き終わったクジを見せてもらったんですけど、特に異常は————」

 「最後の人まで、クジはあったんだな?」

 「ん? ありますよ、もちろん」

 「・・・・・・そうか」

 眉間に皺を寄せながら、頭をガリガリと掻く仕草を見ながら、南は一つだけ思い出した事があった。

 「そういえば、先輩」

 「何だ?」

 「三バカ最後の鳥本がクジを引くとき、ちょっとした事件があったんですよ。言い忘れてました」

 「事件?」

 それは、他二人と同じようにクジを種田に渡して、席番号が読み終えられた直後に起きた。

 席に戻ろうと振り返った鳥本の腕がクジの箱に当たり、教卓から箱が落ちて床にクジが散乱してしまったのだ。

 「・・・・・・箱を床に、か」

 「鳥本は、直ぐに拾おうとしてたんですけど、これも何かの作戦じゃないかって、私が慌てて止めたんです!」

 南が手を合わせて、英語のTの文字を作る仕草を東輝は静かに見ている。

 「クジは近くの生徒と、種田君で拾い集めてくれて、鳥本は普通に席へ戻りました」

 「それで、後は普通にクジを全員が引いて終わったって事か」

 「そうなんです」

 結局二度目も三人は、一度目と全く同じ位置になり『どうだ』と言わんばかりに笑い声を上げていたので、「絶対に、その不正を暴いてやる!」と思わず啖呵を切ってしまった。

 化学準備室の前を複数の生徒が楽しそうに話しながら、通り過ぎて行くのが分かり、ふと顔を上げて壁に掛けられた時計を見てみると、完全下校時刻まで残り二十分程なっている。

 「・・・・・・でも、何でそんな事を」

 急に目の前から発せられた言葉に南は、小首を傾げた。

 「はい? 何か言いました? ・・・・・・あっ! まさか! 真相への突破口を発見したんですか! 先輩!」

 期待を込め、前のめりになって東輝に顔を近付けると、彼は鬱陶しそうに椅子から立ち上がり窓際に寄っていく。

 「何言ってんだ?」

 「ほい?」

 振り返った彼の表情は酷く呆れているようで、頭をガリガリと掻いていた。

 「結論なんか、とっくに出ているだろ」

 「そうですよね。全くさっぱ・・・・・・って! えええええええええ!」

 南のその絶叫に、東輝は慌てて両耳に指を突っ込んでいた。

 「うるさい」

 「え、え、ええ、いや、だって、待って下さいよ。いつもみたいに、話し合ってないんですよ!」

 「そうだな」

 何でそんな事を? と言わんばかりに呆れた顔で、東輝は蒸し暑い部屋の空気を入れ替えるためか、窓の鍵を開けていた。

 「そうだなって、いやいや、私の話だけで分かったんですか!」

 「ん、まぁ、一つ謎は残っているが、それは直ぐにでも分かると思うし、それが分からなくても真相は解ける」

 「??????」

 おそらく、私達が漫画の登場人物なら、きっと南の頭の上には?マークが、いっぱい飛んでいる描写が書かれるだろう。

 そんな南の困惑を察してか、東輝が「仕方ない」と小さく呟き、人差し指を一本だけ伸ばして、こちらに向けてきた。

 「お前は当事者だったから、気付きにくいのかもしれねぇから。一つだけヒントをやるよ」

 「はいはい! ヒント下さい! あと、結婚指輪もついでに下さい!」

 「じゃあ、ヒントな」

 さり気なく言った逆プロポーズは、見事にスルーされたが、今は事件の真相が知りたくて堪らないので、歯を食いしばってスルーに耐えた。

 「お前は〝マジックを見せられているのに、マジシャン本人じゃなくて、観客を見ていたんだ〟」




 翌日の朝ホームルームの時間、北野南は先生の了承を得て、クラスメイトを一望出来る教卓前に一人立っていた。

 全員、南のいきなりの行動に困惑しているようで、そこかしこからヒソヒソ話が聞こえてきて、授業中に話を聞いてもらえない先生の気持ちが、少し分かった気がする。

 「えぇー、皆さんにお集まり頂いたのは、他でもありません」

 推理小説のクライマックスの定番の台詞を、雰囲気たっぷりに発すると、全員一斉に黙り、教室内は静寂に包まれる。

 一度言ってみたかった台詞を言えて、内心満足していると、クラスメイトで仲良しな宇佐美弓月が、手を挙げているのが見えた。

 「南ちゃん、何かあったの?」

 「ふふん。私、分かったのだよ。宇佐美ちゃん」

 「何が?」

 不適に笑みを浮かべる南に対して、最初以上に困惑するクラスメイトの表情を眺めつつ、ゆっくりと口を開く。

 「昨日行われた、このクラスの席替えで行われた〝不正〟についてね」

 「な!」

 「に!」

 「を!」

 本当に呆れる程馬鹿な、犬山、猿谷、鳥本の三人が後方窓際の席で、ビックリしているのが分かった。

 「な、な、ななななんだ! ふ、ふ、ふ不正とは、ま、まさか我々の事を言っているのでは無いだろうな!」

 「おお、おい! 俺、私、ん? 僕? ・・・・・・いや! 俺らは、や、や、やってねぇぞ! なぁ! 鳥本!」

 「う、う、う、う、うん!」

 前回も思ったが、この三バカは、何でこんなにも・・・・・・馬鹿なのだろうか。

 南は呆れて、片手を腰に当てながら溜息を吐いた。

 「二回も全く同じ位置の、席番号を三人とも引くなんて、不正に決まってるじゃない」

 「お、お、お俺達は、運がいいんだよ!」

 「そ、そ、そうです。ぐ、偶然です」

 猿谷、鳥本がその場に立ち講義してくる中、犬山はやっと冷静になったようで、足と腕を組んで偉そうに踏ん反り返っていた。

 「まぁまぁ、そこまで言うのなら北野。我々三人が、一体全体どのように不正を行なったのか、説明してもらおうか」

 自慢の長髪をかき上げながら、小さく鼻で笑う犬山に、南は首を横に振りながら答える。

 「三人じゃ、無理でしょ?」

 「う!」

 「そ!」

 「だ!」

 こいつらの、示し合わせているのではないか? と疑いたくなる馬鹿なリアクションをしてくれた事で、この発言の正しさがより強くなった。

 「あんた達は、私達と同じ観客。ただ場を乱していただけで、何もしていない、実際にみんなの前でマジックを披露していたのは、あなたでしょ!」

 ビシッと、右手の人差し指を向けた先には、夏服のシャツを上までキッチリ締めて、前髪をこれまたキッチリと七三に分けた、男子生徒が申し訳なさそうに俯いていた。

 「ねっ、種田正樹君」

 南のウィンクを見て頬を赤らめた、種田は小さく頷いていた。

 「な、な、ななななぜだ、種田。き、き、貴様! 我々を裏切ったのか!」

 さっきまでの冷静さは、どこかへ消え去り、頭を掻きむしりながら、立ち上がった犬山は眼球が飛び出そうなほど目を見開いている。

 「悪い事をしてしまった。君達に加担してしまったのは、いけない事だった」

 「何を今更! ざけんな!」

 「種田君! 何で、ですかぁ!」

 猿谷と鳥本は、既に涙目で種田に噛み付いていた。

 そんな中、他のクラスメイト達は完全に置いてけぼりにされていて、口をポカンと開いたまま、みんなキョロキョロと辺りを見渡している。

 「えっと、南ちゃん。種田君が、三人に加担って、どういう事なの?」

 気まずそうに、小さく質問をしてくる宇佐美や、他の生徒に目を向けながら南は、今回の席替えでの不正の真相を話し始めた。

 「今回、前提として、種田君がマジシャンだった、というのを頭に入れて聞いてね」

 そう言ってニコッと微笑むと、宇佐美は頷いてきて、他の生徒達も黙って聞く姿勢になっていた。

 「まず一回目。この時は簡単で、三人が狙っていた番号のクジを元々持っていて、箱から引く時は、手の中に隠していたクジをあたかも『今、引きました』と見せていただけ」

 四つ折りの紙は、小柄な南の手の中にもスッポリ入ってしまう程の大きさなので、問題無く隠せただろう。

 実に単純な、幼稚園児でも思いつきそうなレベルのトリックに、最初に気付けなかった南は自分を恥じた。

 「つまり種田は、三人が持っていたクジの番号を、ランダムに黒板に書く振りをしていたわけか」

 今まで黙って教室後方でやり取りを聞いていた、担任の鬼沢先生が感心したように顎を摩っているのが見える。

 「そうです。これが、一回目のクジ引きの時の、三バカの不正の真実です!」

 どんなもんよ。と胸を張っていると、犬山が歯軋りをしながら、こちらを睨み付けてきた。

 「待て待て、待ちたまえ! それでは二回目はどうする気だ! あの時はお前も不正を疑って念のため、色々検査していただろ!」

 そうだ。二回目はクジ本体、箱、三バカの手の中など念入りに確認していたので、一回目の時のように手の中にクジを隠す事は不可能だ。

 「冬服なら、袖の中にクジを隠せたかもしれんが、今は、ほらっ! この通り夏服だ! これではクジを隠し持つ事は不可能だろ! はっはははは」

 両手を広げ、大声で笑う犬山に対して南は、何の焦りも感じては無かった。

 「その謎も解けているよ」

 「い!」

 「や!」

 「だ!」

 毎度の馬鹿なリアクションに、ご苦労様と言いたい所だが、ホームルームも間も無く終わりの時間になってしまうので、話を続ける。

 「二回目は、まず疑ってくる私に色々チェックさせる・・・・・・これで、もし一回目の方法がバレたとしても、次は、その方法を使えないと言い訳出来るしね」

 おそらく自分達が疑われる事を最初から予知して、二回目の作戦も予め立てていたのだろうと、あの人が涼しげな顔で言っていた。

 「そこからが本番ね。クジをチェックした私が、次に箱を調べ始めている隙に、黒板に新たに書き直した狙った席番号のクジを、山から三枚だけ抜き取った・・・・・・だよね、種田君」

 チラリと横目で見ると、種田は申し訳なさそうに項垂れていた。せっかくの綺麗な七三分けも、何だか乱れていた。

 「そして、三人がそれぞれクジを箱から引く時、この時は、みんなと同じように普通に一枚引くだけ・・・・・・ただ」

 微笑みながら、犬山達を見ると冷や汗ダラダラの汚らしい顔が並んでいて、思わず笑いそうになるのを必死に抑えた。

 「引いた後、あんた達、直ぐに種田君にクジを渡して自分で開かなかったよね。『疑われているから、代わり開いてくれ』とか何とか言ってたけど、本当は、その場で開いていたら、狙っている席とは、全く別の番号が書かれていたんでしょ?」

 「ああ!」

 そこまで言って、クラスメイトはようやく理解したようで一斉に種田に視線を向ける。

 さっきよりもっと俯いた彼は、もう消えそうな程小さくなっていた。

 「なるほどね。つまり種田君は、犬山君達からクジを受け取って、手の中に隠し持っていた方のクジとすり替え、南ちゃんの前で開いていたんだね・・・・・・凄い! 南ちゃん!」

 宇佐美が拍手をしてくれたので、自分で解いたわけでは無いのに、勝手に鼻が伸びそうになった。

 他のクラスメイト達も、小さいが歓声を上げており、このまま事件は解決したと思いきや、犬山はまだ諦めていないらしく、争う姿勢をしている。

 「ぬぐぐぐぐ・・・・・・まだだ! クジは最後まで全員が引き終わり、箱の中に余りなども無かったぞ! 我々が箱から一枚ずつ引いたとしたら、他の者が引く三枚分は足りなくなるだろ! はっはははは、さぁ! どう————」

 「鳥本が、クジを引き終わった後、箱を落としたでしょ」

 「そ!」

 「ん!」

 「なぁぁぁぁあああああ!」

 床にクジをばら撒いたのは、もちろんわざとで、種田が三人の引いたクジをさり気なく戻す為に行われた作戦だったのだ。

 ————バンッ!

 南が両手で教卓を強く叩く音に三人は、ビックリしたようで、揃ってその場で尻餅をついていた。

 そんな彼らがいる後方の窓際へ近付くと、犬山が悔しそうに唇を歪めているのが見える。

 「これが、真相でしょ」

 「ぐぐぐ・・・・・・何故だ! また我らの計画が阻まれるなんて!」

 長髪を振り乱しながら、頭を抱えた犬山の鼻先に、南は人差し指を向けてニコリと微笑んだ。

 「甘い、甘過ぎるわよ! あんた達如きが、私の愛する愛する愛する愛する旦那様である、読書部の先輩に勝てるわけがないでしょ!」

 強く大きく言い放たれた言葉に、口をパクパクさせて震える犬山は、最後に一言呟き、その場に仰向けで倒れ込んだ————。




 口に入れた瞬間、滑らかな舌触りと卵、牛乳の自然な甘みが広がり、さらに二口目には底に沈んでいたカラメルソースのほろ苦さが、甘ったるくなった口内をさっぱりさせてくれる。

 「んっふふふ、幸せそうですねぇー先輩! あーん、んぐんぐ・・・・・・やっば! 本当に美味しいじゃないですか!」

 前日に買えなかった『極上プリン』の話をしたら、南が『席替えの不正の謎を解いてくれた、お礼に買ってきますよ! 私も食べたいし!』と言っていたが、購買のスイーツ店の人が来るのは、また再来週なので、どうやって手に入れる気だろう? とあまり期待せずにいると、翌日の昼休み前にスマホに連絡がきた。

 昼食を済ませ、読書部の活動場所である化学準備室に行ってみると、机の上に黄金に輝いて見える『極上プリン』が二つ並んでおいてあり、その横でブイサインをする南が、ちょこんと座っていたのだ。

 「でも、よく手に入れられたな。どうしたんだ?」

 「えーと、それは色々と・・・・・・コ、コネがあったんですよ!」

 何やら怪しげな匂いがビンビンしているが、正直食べられたならどうでもいいと、東輝は思考を停止して、目の前の黄色の物体にスプーンを差し入れる。

 「先輩! 改めてありがとうございます! 無事、席替えの不正を言い当てて、やり直しをさせる事が出来たんですよ!」

 再度行われた席替えクジ引きでは、今回の犯人である、三バカ+種田は、クジを引く事も無く、揃って一番先頭の教卓前の席に、問答無用で決定されたとの事だ。

 一旦スプーンを置いて膝の上で両手を組んだ南が、深く頭を下げてくるのを片手で制しながら、東輝は気になっていた事を質問した。

 「そういえば、よく種田に真実を聞き出す事に成功したな」

 犯行のほぼ全貌をすぐに見抜く事はでき、前回と同じように席替えの司会進行を、日直が担当すると予期したはずの三バカが、種田に協力を依頼した所までは読めたが、肝心の三バカの手伝いを何故受けたのか? という理由までは、流石に分からなかったので、種田がシラばっくれたら打つ手がないと思っていたのだが————。

 しかし、そんな心配を他所に、南は彼を説得し、自供させる事に成功したというのだから、一体どんなマジックを使ったのかと気になった。

 「えー、えーと。先輩」

 「ん?」

 東輝の質問に、両手を顔の前で擦り合わせ、モジモジと俯いているので、何だ? と思っていると、小さく言葉を発してきた。

 「し、嫉妬しないで下さいね」

 「は? 嫉妬?」

 眉間に皺を寄せる東輝の目の前に南は、自分のスマホの画面を向けてくる。

 そこには教室内で、南と男子生徒がツーショットでピースをしている写真が映し出されていた。

 「なんか種田君・・・・・・私のファンクラブNo.125だったようで、ツーショットの写真をしたら、コロッと自供してくれたんですよ! あっはははは」

 「お前のファンクラブだ? そんなのあんのか————って! No.125って! どんだけ会員がいんだ!」

 「えっへへへへ」

 急に熱くなってしまった額を、片手で抑えている自分の目の前で、彼女は恥ずかしそうに後頭部を掻いている。

 まぁ、見た目は本当に整っているし、性格も一部を除いて良いから、モテるのは分かっているつもりだが、まさかファンクラブまであるのかと、ビックリしてしまった。

 「でも犯行への加担はお願いしたら、話してくれたんですけど、何で真面目な種田君が三バカなんかに協力したのか? って理由の問いには答えてくれなかったんですよねー。何でだろう?」

 「さぁ・・・・・・って、こいつ、アレ?」

 「ん? どしました、先輩?」

 机に置かれた南のスマホの画面には、今だに種田とのツーショットの写真が表示されていたのだが、それを見てあの時の情景を思い出した。

 「コイツ、廊下で『極上プリン』を食っていた奴だ」

 昨日、東輝が購買で買えなかった時、中庭に続く廊下の途中のベンチで、美味しそうにプリンを食べていたのが、この男子だという事を思い出した。写真に写っているのと同じ、首元までしっかりボタンを止めて、前髪を七三に分けている、とても覚えやすい見た目だったので印象に残っている。

 その事を南に話すと『あれ?』と首を傾げていた。

 「おかしいなー。種田君が昼休みに教室で『極上プリン』を食べているの、私も見たんですけど」

 「え・・・・・・あぁ、なるほどな」

 「?」

 南は気付いていないようだが、彼が何故三バカに加担したのか、という質問を南に対して、一切答えなかったらしいが、おそらく彼は・・・・・・無類の甘い物好きなんだろう。

 ————ちょっと、アホっぽい理由だが、気持ちは分かるんだよな。

 その事実を知っていた三バカは、購買で販売されている『極上プリン』を餌にして種田に協力を依頼————だから彼は、二個のプリンを食べていたのだ。

 「この美味さだもんな、俺でも頼まれたら・・・・・・」

 「はい? 何がですか、先輩?」

 「いや、何でもない」

 目の前で空になった、プリンの入っていた瓶を人差し指で弾きながら、東輝は一人納得していた。

 ————キーンコーンカーンコーン。

 「昼休みも終わりだ。プリンありがとな」

 「いえいえ! 美味しかったですねぇー。あっ! 今度は二人でスイーツ店巡りでもしましょうよ! 可愛い可愛い私と一緒なら、甘さが二倍ですよぉ!」

 「あっそ」

 「ちょっ! 毎回なんで、そんなに冷たい反応なんですかぁ! まぁ、そういう所も格好良いですけど!」

 化学準備室から出て、東輝が扉に鍵を掛けていると隣に立っていた南が、急に何かを思い出したように、両手をパンッと合わせる。

 「そういえば、先輩にも見て欲しかったなぁ! 犬山の口惜しそうな顔!」

 「何だ、そんなに凄かったのか?」

 「はい!」

 並んで廊下を進みながら、ふと横に目線を動かすと、南が楽しそうに軽くスキップしている。

 「最後にアイツの言った台詞が、そりゃあもう、悲壮感が漂ってましてねー」

 「台詞?」

 「はい! あんた達じゃ、東輝先輩に勝てる訳ないでしょ! って言ったら————」

 片眉を上げる東輝の隣で、両手を腰に当て胸を張った南が大きく口を開いた。

 「『ま、また! あの名探偵にやられたのかぁ!』って言ってましたよぉ! 」

 「え、名探偵?」

 その憧れの台詞を耳にした東輝は、思わずその場で立ち尽くしてしまった。

 「あれれ? 知りません? 最近一年————

あ、いや。 二年生の先輩達の間でも、この前聞きましたよー」

 「・・・・・・」

 「とにかくほぼ学校中の生徒の間で、三年の読書部の西山東輝は、名探偵だって!」

 「・・・・・・」

 「もう、それを聞いて私も鼻の下が————じゃねぇや、鼻が伸びに伸びまくりですよぉ! 」

 以前、体育館で行われた演劇部との推理勝負。

 北野南を賭けた勝負を、見事に勝利で収めた読書部。それを見ていた生徒から、どうやら広まったらしい。

 「・・・・・・」

 「およ? 先輩どうしました?」

 「俺は、名探偵って器じゃねぇよ」

 「え」

 東輝の反応に目を丸くしている南から、目を背けるように中庭に面してる窓の方に歩み寄る。

 「先輩?」

 「お前には・・・・・・ってか、他の誰にも話した事はないんだが、俺、小さい頃から名探偵に憧れてたんだよ」

 「・・・・・・」

 いつもと違う雰囲気の東輝に流石の南も、小さな唇を結んで黙って続きの言葉を待ってるようだ。

 「推理小説に出てくる、名探偵達は頭脳明晰で、何者にも動じない芯の強さがあって、他の登場人物の命すら守るヒーローみたいな、そんな存在だ」

 ————俺が名探偵って。

 とてもじゃないが、身に余り過ぎる。自分はそこまでの人間じゃない。俺が読んできた推理小説に登場した、名探偵達のような存在には、本当に程遠い。

 「何を言ってるんですか! 東輝先輩は名探偵です! 私のヒーローです!」

 「な、南」

 急に自分の胸元に、飛び込んできた彼女を慌てて受け止める。

 「演劇部との対決の時も、菜々先輩との時も、河童池の時も、社会科準備室の時も、宇佐美ちゃんの時も————いつもいつも先輩は、私に力を貸してくれた! そして、私の事だけじゃなく、事件に関わった人達も救ってきたじゃないですか!」

 「南」

 目の前の彼女に圧倒され、一歩後ろに下がると、さらに詰め寄るように東輝の胸に額を付けてくる。

 「他の誰がなんと言おうが、例えあなたが、あなた自身を名探偵と認められなくても・・・・・・私は、信じてます! 西山東輝は、名探偵だと!」

 「・・・・・・」

 何かが砕ける音が聞こえた。

 そして、じんわりと暖かい何かに自分が包まれているようなそんな感覚に全身が満たされていく。

 目の前で、大きな瞳で必死に訴えかけてくる読書部の一年生、北野南。

 あぁ、分かってしまった。

 いや、本当は分かってたのに分からない振りをしていたのかもな。

 自分が何故、この読書部を守りたいのか・・・・・・。

 そして何故、北野南という女を————。

 「南」

 「!」

 そっと胸の位置に置かれた、彼女の頭に手を置いた。普段なら絶対にしないスキンシップだが、今だけは彼女の暖かさに触れていたかった。

 南が東輝に救われたと思っていると同時に、自分もこの子に救われたんだ。、

 「ありがとうな」

 「と、東輝・・・・・・せん、ぱ・・・・・・」

 ふと顔を上げた南は、その頬を真っ赤に染めながら目を瞑り、爪先立ちになりながら、ゆっくりとその顔をコチラに向かって近付けてくる。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 ————ピンッ、バシッ!!

 「あ、いったぁ! デコピン、いったぁ! な、何でぇ! 今そういう流れだったじゃないですかぁ!」

 「何の流れだ?」

 「チューのッ!」

 悔しそうに歯を食いしばり、その場で地団駄を踏み続ける。南の肩を叩きながら、東輝は廊下の先を顎で示した。

 「ほら、そろそろ次の授業が始まる。行くぞ、南」

 「な! ちょっ! 笑ってるじゃないですかぁ! 東輝先輩、まだ話は終わ————アレ? ってか東輝先輩が笑ってる? え、えええ、ちょっと! 先輩、顔見せて下さいよぉ!」

 「うるせ、早く行くぞ」

 「わっ、待って下さいよ! 東輝先輩!」

 


 

 こうして、彼は歩き出した。

 名探偵とは、まだ程遠い、一探偵としての第一歩を。

 そんな彼が、身も心も真の名探偵になるのは・・・・・・もう少し先の物語になるだろう。


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