夕方の教室
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時刻は、午後5時を回ったか。クリーム色の壁と、磨かれた床に、夕陽が眩しく反射している。私は、誰の声も、誰の足音も聞こえないこの廊下の存在を、確かめるように足を前に出す。黄金の道が私を導く。道から外れては帰れないよ、と言いたげに時々、ふと揺れた。
突き当たりを、すぐ左。不似合いな大音量を響かせて、教室のドアを開けた。
中に入ると、1センチのズレさえ許さずに、机と椅子が並んでいる。使われた形跡のない黒板。威厳を示すように正面を向く教卓。ここに生徒が通っていたことはあるのだろうか。そして、先生が授業を行ってはいたのだろうか。
廊下よりも薄暗く、夕陽が差し込んでいる。教室の中を斜めに照らし、隅の机が私を手招いた。他の机を動かさないように、細心の注意を払いながら椅子を引いた。慎重に腰掛けた、その途端、古く、懐かしい教室のガヤが、一斉に耳に入ってきた。
女子の甲高い笑い声と、男子の盛り上がる声と、先生がジョークを言う声と。脳内が押されてしまいそうになるくらい、様々な声が届いた。俯いて、眉間にしわを寄せた。中身のない情報が隙を作らず声になっている。
「××ー!」
はっとして顔を上げた。教室の隅に目をやる。途端、多くの声は完全に止まって、私の名前を呼んだ気がした声も姿も、当然失われた。どんなに周りを見ても、この教室には他に、人一人いない。橙色の光が、意味深にゆらりと揺らめくだけ。
誰もいない教室は、あまりにも神秘的で、不気味だった。そう、まるで、私は別の世界に来てしまったかのように。
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