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ホシヨミガタリ  作者: 半藤一夜
第一章 一人でサバイバル
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006 【二日目~五日目】冴えない火の起こし方

 腹を満たしてある程度体力が回復したので、寝床作りに取りかかった。

 条件は水場の近くで、かつ敵に襲われにくいこと。

 シェルター作りの知識はある程度持っているが、道具がないためすべて一から組み立てなければならない。

 ラッキーなことに、水場の近くには竹林があった。石斧で切り倒した竹を何本か木の枝に立てかけ、樹皮を裂いて作った紐で縛って骨格を作る。そこに木の枝を隙間なく並べ、上からシダなどの大きな葉を何重にもかぶせればお手軽シェルターの完成である。

 だがその案は却下だ。寝ている間にモンスターに襲われる危険がある以上、地面にシェルターを作るわけにはいかない。

 考えた末、樹上にシェルターを作ることにした。なるべく大きな木の太い枝に竹を二本差し込んで固定し、逆側を枝から吊るす。二本の竹の間に樹皮を巻きつければ、即席ハンモックができあがる。

 周囲を警戒しながら材料を集め、作業に没頭した。身体は相変わらず重かったが、昨夜の悪夢を思い出せば苦にならなかった。


 完成したのはちょうど日が暮れ始める頃だった。

「不格好だけど、初挑戦にしてはまあ上出来かな」

 さっそく寝そべってみると、寝心地はお世辞にもいいとは言えないが、体重を支えるのに充分な強度はありそうだった。

 地面を見下ろすと、少し離れたところをキノコの魔物が歩いていた。あれからずっと何をするでもなし、俺の周囲をちょこまかと動き回っているのだった。

 何が目的なんだろう。まさか懐かれたわけでもないだろうし。

「お前もここで寝たいのか? 悪いけど、このシェルターは一人用なんだ」

 意地悪キャラみたいなことを言ってみる。害がないなら放っておけばいいだろう。

 ハンモックに揺られているうちに眠気がやってきた。

 今日はひどい一日だったけど、なんとかこうして無事に終わりを迎えることができた。昨日ろくに眠れなかった分、今日はたっぷり眠ることにしよう――


 と、そんな願いは叶うことなく。

 その夜、激しい腹痛と下痢のせいで一晩中のたうち回ることになるのであった。

 トカゲ三兄弟――残念ながら食用として不採用。


*************************************


【召喚五日目】


 グオアアアアアアア――!!

 竜の鳴き声で目を覚ます。朝の瞑想を済ませ、朝食代わりに沢の水で口を癒したら活動開始。日が暮れたら夜の瞑想をし、早々に樹上シェルターにもぐりこむ。これが日課になっていた。


 当面の目的は、樹上シェルターを中心に生活の基盤を作ること。ようやく発見した水場を離れる気にはなれないし、当てもなく島を歩き回るのは危険すぎるからだ。

 問題は食糧の確保だった。一昨日はトカゲ三兄弟の肉を食べて食当たりを起こした。幸い朝方には収まったものの、この状況で体調を崩したらそれが致命傷になりかねない。

 しかし食糧については素晴らしい解決方法を得た。沢を少し下ったところに清流を発見し、そこで魚を獲ることができたからだ。

 釣り具はすべてハンドメイドだ。竿は木の棒、釣り糸は樹皮で作った紐。釣り針はトカゲ三兄弟のトゲを加工する。餌は土を掘ればミミズや虫がいくらでも入手できた。半日がかりの作業になったけど、なんとか道具は完成した。

 それで肝心の釣果だが……これが驚くほどよく釣れた。釣られた経験がないので警戒心が薄いのだろう。

 どの魚も何故か皮がゴムみたいに弾力があり捌くのにも苦労したが、それよりも問題は調理ができないことだった。淡水魚は寄生虫や病原菌が多いためできれば火を通したい。

 あれから何度かキリモミ式の火起こしを試してみたが、一度も成功していない。乾いた板の上で木の棒をひたすら回転させて摩擦熱で火種を作り、乾燥した火口に移して息を吹きかけ続ければ火が起きる。非常にシンプルな方法だが、しかし回転が足りないのか道具が悪いのか、いくら挑戦しても煙すら出ず、手の平に血豆ができただけだった。百円で手に入るライターがいかに便利なものだったかをつくづく思い知らされる。

 せめてもの対策として、内臓をきれいに取り除き、よく水洗いした切り身のみをペースト状になるまで咀嚼して飲み込むようにする。夜中に腹痛で飛び起きるのはもうごめんだ。


 などなど、まだ問題は山積みではあるものの、それでも楽観的でいられた。


「元の世界に戻ったら俺、木こりと釣りで暮らしていけるな」


 元の世界に戻ったら――そんな望み薄な希望を口にする一方で、俺はそれなりに達成感を感じていた。

 自分の力で衣食住を確保した。将来のことなど考える必要もない、ただその日を生き抜くことが目的である毎日。今まで味わったことのできない充実感だった。


「あとは足りないものといえば……」


 ふと足下に視線をやると、例のキノコがよちよちと歩き回っていた。あれから相も変わらず、俺の後をつかず離れずついてくるのだ。

 一人で過ごすことは苦痛ではないが、会話に飢えていることも事実だった。言葉を交わしたのはあの魔物の娘が最後だ。彼女も島のどこかで一人でいるのだろうか……。

 そういえば、無人島に漂流した男がラグビーボールを友人に見立てて会話する映画があったっけ。だけど、キノコを相手に会話するほどまだ追い詰められてはいない。

 余計なことを考えないためには作業に没頭することだ。

 そう自分に言い聞かせて、水汲みを兼ねて、魚の仕掛けを確認するために沢に向かうことにした。釣りは水場に長い時間滞在しなければならないというリスクがあるため、罠漁でも魚が獲れるのならそちら主体にシフトしていく予定だ。


「確かこの辺に……お、あった」


 流れに腰まで浸けて、籠の仕掛けを引き上げる。仕掛けは入り口が細くなっており、一度魚が入れば出ることができない構造になっている。

 中を見て、俺の心は躍った。体長五十センチはありそうなウナギがかかっていたからだ。

 天然のウナギ! 文句なしに高級食材だ。


「蒲焼きとは言わないけど、せめて焼いて食べたいよなあ」


 シェルターに戻ったらもう一度火起こしに挑戦してみるかと、そんなことを考えながら岸に向かった時、全身に電流が走ったような痺れを感じた。

 周囲に魔物はいない。籠の中に目をやるが、活きのいいウナギがぴちぴちと暴れているだけ……


 あ。やばい。


 咄嗟に籠を岸に向かって放り投げたが、遅かった。放物線を描いて宙を回転する籠から、幾筋もの放電が拡散し――そのひとつが川面に触れた。


 バチッ!!

 鞭で打ったような音。同時に俺の身体は弾け飛んだ。


「ぶ、はっ――!」


 水底まで沈んだ身体を必死にくねらせ、水面からかろうじて首を出す。まずい、全身が痙攣している。手足の指一本さえ動かない。

 電気ウナギ……! それも放電が起こるほど強力な電撃を持った。

 くそ、不用心だった。花が襲ってくるこの世界、魚にも危険なヤツがいる可能性くらい想定してしかるべきだった。

 懸命に体を動かし、ようやく岸辺近くの岩に背中を預ける。このまま回復を待ちたいところだが、他にも電気ウナギがいる可能性を考えたら一刻も早く水から出ないと危ない。水中で直接あの電撃を食らったら命はないだろう。


「シャー」


 頭上から嫌な音が聞こえて、首を少しずつ曲げると……岩の上から、六つの冷たい瞳が俺を見下ろしていた。

 トカゲ三兄弟。それも以前に捕まえたものよりひと回り大きい。

 すでに背中をこちらに向けている。びっしりと生えた針の照準が俺に合っている。

 この距離でこれだけの数を食らったら――怪我じゃ済まない。

「待て、待ってくれ! もう君らを食べたりしないから!」

 身体が動かないので口を動かすが、助命嘆願など彼らに通じるはずもない。

 いよいよか、と観念しかけた、その時だった。


「ギャア!」


 頭上から、岩の周囲を包みむように、茶色い粉のようなものが降ってきたのだ。トカゲ三兄弟はその粉を嫌がるようにバタバタと暴れ、水に飛び込んで逃げて行った。

 九死に一生を得た俺がその粉の正体に気付いたのは、手足をかくつかせながら這う這うの体で川から上がった時だった。

 俺の足下にキノコがすり寄ってきた。カサの部分から茶色い胞子をまき散らしながら。


「まさかこれ、お前がやったのか……?」


 俺は何も感じないけど、トカゲは明らかにこの胞子を嫌がっていた。もしかして俺を助けてくれた、のだろうか?

 投げた籠を探すと、ウナギの放電によりボロボロに焼き切れてしまった籠の残骸が川岸に転がっていた。もはやトラップとしての用をなさないガラクタになってしまったが、それを俺は今日最大の戦果として持ち帰ることにした。


「ま、結果オーライってことで……火、ゲットだぜ」


 焼き切れた籠の一部が、まだ赤く燻っていた。

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