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ホシヨミガタリ  作者: 半藤一夜
第一章 一人でサバイバル
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005 【二日目】命の味

 トゲカメにぴょんぴょんゼリー、愚連隊ザルに火の玉猫、ぱっくんヘチマにくそでカバオチと、ここに来てから立て続けにモンスターに遭遇してきたわけだが、それらは異形ではあれ、いずれも俺の知っている生き物と近い、いわば常識の範囲内といえる姿形をしていた。

 だが、無機物はどうだろう?

 岩や土に生命は宿っていない。常識だ。

 だから今、俺の目の前で動いている土と岩でできた怪物は、俺の知っている生物の定義を根本から覆す存在なわけであり、俺は不思議な感動を覚えていた。

 その百倍くらい、ちびりそうになっているわけだが。


***


 蜂の大軍から命からがら逃げてきた俺は、切り立った崖沿いに大きな洞窟を発見し、そこに逃げ込んだ。洞窟は奥の方まで続いているようだったが、俺は入り口付近にへたり込んだまま動けずにいた。

 どこに行ってもモンスター。これじゃ水場を探す前に死んでしまう。


「きゃっ!」


 首筋に冷たいものが触れて、思わず女の子みたいな悲鳴をあげる。

 首に触れると濡れているのがわかる。水滴が天井から垂れてきただけらしい。

 見回すと、洞窟の壁がうっすら濡れていた。とするとここは石灰岩でできた鍾乳洞か。

 微量とはいえようやく見つけた水分だ。岩壁を舐めるようにして口の中を湿らせる。喉の渇きが癒えるほどではなかったが、それでも生き返った気分だった。


「……何してんだろうな俺、本当に」


 自分がどうして異世界に飛ばされたのか、その理由がわからない。

 そういえばあの声は「世界を救え」とかなんとか言っていた気がするが……岩壁をぺろぺろして喜んでいる俺が世界を救うなんて、救われる世界に失礼ってもんだろう。


 洞窟の入り口から外を見ると、やや高台になっているため遠くまで見渡せた。

 ずっと遠くまで樹海が広がっていて……その景色の中の一点に、俺の目は釘付けになった。

 樹海の中心部分にひときわ背の高い巨木がそびえるように立っている。その周辺だけは開けた草原のようになっていて、そこだけが切り取られた空間のようだった。

 樹齢何千年だろうか。周りの木々と比べても何十倍もの太さと高さ、圧倒的な重量感だ。この島に神がいるとしたら、その居場所は間違いなくあの木だろう。遠くからでもそう思わせるほどの存在感があった。

 もっと近くで見てみたい。そう思った。


「余裕ができたら行ってみるかな。とりあえず水場を見つけるのが先だ」


 しばらく休息をとってから、洞窟の奥を探索してみることにした。鍾乳洞なら奥に水たまりがあるかもしれない。

 洞窟の奥は光が届かないために真っ暗で、またスマートフォンの灯りに頼るしかなかった。電池の残量は三十パーセントを切っている。もはや誰に連絡を取ることも叶わないが、火がない今、貴重な光源だった。

 しばらく足場の悪い道を進んでいくと、少し広くなった空間に出た。その先に道はなく、そこで行き止まりのようだった。


「仕方ない、戻るか……ん?」


 スマートフォンで何気なく照らした奥の岩壁に不自然なものを見つけ、俺は足を止めた。近づいてみると、それは石造りの扉のようだった。いつ頃作られたものかはわからないが、明らかに人工的なものだ。この先に道が続いているのだろうか。力で開けることは到底できなさそうだし、何か開ける方法があるのか?

 扉を調べようとしゃがみ込んだその時、予期せぬことが起こった。

 ゴゴゴ、と轟くような地響きとともに、洞窟内が揺れたのだ。


「――地震!?」


 こんな場所でもし崩落にでも巻き込まれたら。そんな心配をしたが、杞憂に終わった。

 揺れの正体は地震などではなかった。それまで完全に洞窟の一部であった岩壁の一部が、メキメキとせり出したのだ。それはやがて完全に壁から分離し、人の形を成した。


 二メートル以上もある巨体の岩の化け物。


 重い足音を響かせながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 これまでに遭遇したモンスターが比較にならないほどの異質さ、異様さ。

 ゴーレムの動きは遅かったが、ただでさえ疲れ切っているのに恐怖で足がすくんでしまい、目の前に立ち塞がれるまで俺は扉の前から動くことができないでいた。


「あ、ここ君の家だった? 勝手にあがってごめんね。もう帰るから」

「グオオオオ!」


 俺の震える声は岩の化け物の低い唸り声――どこから声を出しているのか――にかき消される。

 化け物がその右腕を振り上げた。

 とっさに背中を向けて防御姿勢を取る。一瞬の後、ものすごい衝撃が全身を襲い、俺は身体ごと吹っ飛ばされた。壁に激突し、額を強かにぶつける。

 超重量級のパンチ。ヘビー級ボクサーどころじゃない。

 必死に顔を上げると、ゴーレムの右拳が破壊されていた。背中を向けていたおかげで甲羅に当たったらしい。

 辛くも防御成功。次は俺のターンだ。

 たたかう――無理。じゅもん――使えない。道具――なし。体力――赤ゲージ。

 作戦、いのちだいじに――「逃げる」一択。

 死亡確定イベントではないことを祈りつつ、身体を奮い起こして洞窟の入り口に向かって走る。ゴーレムの咆哮が聞こえたが、その声は徐々に遠ざかっていった。

 洞窟を飛び出して森に入り、そのまま急ぎ足で先へ進む。

 あの扉がどこに通じているのか知らないが、あんな怪物がいてはどうしようもない。

 額や背中がずきずきと痛む。喉はカラカラで、空腹は限界を超えている。体力は底を突いており、足を止めたら二度と動けないだろう。次に何かに出くわしたら一巻の終わりだ。

 朦朧とした意識で機械のように足を動かす。そのままどれだけ歩いただろう、ようやく、待ち焦がれた瞬間がやってきた。


 水の流れる音。


 何度も転びそうになりながら音の方へ向かう。

 か細く水が流れている沢を発見し、頭から倒れ込むように水に飛び込んだ。

 ひと口だけ水を飲むと、両目から涙が溢れてきた。


「なんだ、まだそんな水分残ってたのかよ……」


 足し算と引き算。出て行った分を取り戻そうと水を飲む。しかし飲めば飲むほど、まるで口と目が繋がっているかのように、涙が止まることはなかった。


***


 喉の渇きが癒えたことでようやく気分が落ち着いてきた。

 今日はこれ以上の探索は無理だ。ここだって危険であることには違いないが、なるべくこの水場の近くに身を隠せるようなシェルターを作って休むべきだろう。

 だが、手足が鉛のように動かない。

 せめて腹に何か入れられたらと付近を見回してみるが、生き物の気配はない。もう少しこの流れを下れば大きな川に行き着くかもしれないが、その元気すらなかった。


「おーい。そろそろ助けてくれてもいいんじゃないのかー?」


 呼びかけてみるが、もちろん天の声からの応えはない。

 人をこんな地獄に放り込んでおいて音沙汰なしとはどういう了見だ。向こうだって、こんなに惨めに右往左往する展開を望んでるわけじゃないだろうに。

 だけど、不思議なことに、元の世界に戻りたいとも思っていないのだった。

 俺は今、確かに生きている。この残酷な世界で、ギリギリのところで命を掴んでいる。それを嬉しいと感じている。こんな状況を待ち望んでいたような、そんな気さえ。


「……とりあえず、瞑想でもするか」


 背筋を伸ばして足を組み、目を閉じる。心を無にする――すうっと、自分が世界と一体になったような感覚に包まれる。

 瞑想は俺の趣味みたいなものだ。昔から、どんなにしんどい時でも嫌なことがあっても、瞑想をすると気が楽になった。愚痴を言う相手のいなかった俺を癒してくれるのはいつも母なる大自然だった。

 と、その時。

 何かが動く気配がして、目を開けると、少し離れた岩の上で動くものがあった。


 頭が三つある異形のトカゲ。


 なんとまあ、どいつもこいつも、元の世界に連れ帰ったら高く売れそうな珍生物ばかりだ。

 しかもそれで終わりではなく、トカゲに続いて、後ろの茂みからまた別の珍生物が現れた。


「はは。今度は歩くキノコか」


 その生き物は確かにキノコの形をしていたが、二本の足のようなものが生えていて、トカゲの後を追うようによちよちと歩いている。もはや何が出ようと驚かない。

 なんにせよ、チャンスだった。

 甲羅で身体の全面をカバーし、じりじりとトカゲと距離を詰める。トカゲ三兄弟は俺に気付くと威嚇するように背中のトゲを逆立たせた。

 トゲを発射。遠距離攻撃がお前の護身術か――が、予想通りだ。

 針はいずれも甲羅に当たって弾かれた。すぐさま飛び掛かり、両手で掲げた甲羅を岩ごとトカゲに叩きつける。肉の潰れる音がする。

 横の隙間から覗き込むと、甲羅のトゲに貫かれてトカゲは絶命していた。


「貴重なたんぱく質ゲット、と。恨むなよ」

 ……いや、違うか。


「ありがとう。命をもらうよ」

 言い直したところで何が変わるわけでもないけど。


 尻尾を掴んで持ち上げる。初めて自分の意思で殺した獲物は見た目以上に重かった。

 キノコの魔物はその場から動かず、こちらの様子を窺っているようだった。襲ってくるというわけではなさそうだ。食べたら一機アップするわけでもないだろうし、放っておくことにする。

 ようやく肉を手に入れたわけだが、さてどうしたものか。安全面からも焼いて食べるのが最善だろうけど、あいにく火はない。つまり、生で食べるしかない。寄生虫とか病原菌とかが不安といえば不安だけど、そうも言ってはいられない。

 近くの岩を砕いて、薄く割れた石をナイフ代わりにしてトカゲの腹を割く。皮を剥ぎ、内臓を取り出して捨てる。うろ覚えだが身体が覚えていた。

 トゲカメの解剖にあれほど時間をかけたのが嘘みたいに躊躇いは感じない。あるのは祈りにも似た感謝の気持ちだけだった。

 切り分けた肉を水でよく洗い、軽く齧って毒がないことを確認してからかぶりつく。


「……うまいな」


 鶏肉のささみのように脂身はなく引き締まった肉質で、血の味と野生の臭みが強かったが、それでもどんな高級料理にも負けない極上の味だった。足し算としてはもの足りないけど、ここまで引き算しかなかったことを考えれば十分な成果だ。

 命で命を繋ぐ。ようやくこの世界の一員になれた気がした。

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