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ホシヨミガタリ  作者: 半藤一夜
第一章 一人でサバイバル
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002 【一日目】水を求めて

【召喚一日目】


 誰もいない砂浜を当てもなく歩きながら状況を整理してみる。

 全身の痛みは消えていた。背中に負ったはずの傷も。熊に襲われたあのリアルな恐怖体験が夢だったとはとても思えない。かといってあの声が幻聴でなく、本当に違う世界に飛ばされたというのも信じがたい。あまりに非現実的だが……

 先ほど目の当たりにした空飛ぶ竜。

 疑いようもない、ここは地球じゃない、別のどこかだ。


「おーい、聞こえるか! ここはどこだ!?」


 試しにあの天の声の主に呼びかけてみるが応答はない。ナビはしてくれないらしい。

 これからどうしたものか。セオリーではまずは人里を目指すべきなんだけど、あいつは無人島だと言っていた。住人がいないなら探すだけ無駄だ。

 それにどうやら、それよりも優先すべきことがあるようだった。

 喉が渇いていた。

 水筒の入った荷物はあちらの世界に置いてきてしまったから、この付近で飲める水を探すしかない。

 異世界に来て最初にやることが〝喉が渇いたから水を探す〟ってのはかなりしょぼい気もするけど、いきなり干からびて死ぬのは御免だ。俺も伊達に野生児を気取ってるわけじゃない、水くらいすぐに見つけられるだろう。


 しかして一時間後、俺は喉の渇きを癒せぬまま途方に暮れていた。

 サバイバル環境課において水を得る方法としてはいくつかあるが、手っ取り早いのは水場を探すか、植物から得る方法だ。これもアニキに教わった知識だ。

 ヤシの木が群生しているのを発見した時は「これで助かった」と思った。樹幹部分になっている実には電解質を多く含む水が豊富に詰まっている。海岸に落ちていた枝で背の低いヤシの実を狙い、いくつか叩き落とすことに成功した。

 と、そこまでは良かったのだが……実が割れないのだった。

 ヤシの実にしては硬すぎる。それも異世界だからか?

 岩に叩きつけても表面が少し傷つくだけで、分厚い繊維に包まれた実を削ることすら叶わない。やけくそに齧ってむしろうとしたが歯が折れそうになったのでやめた。ハンマーか、尖った道具が必要だ。

 汗をかくばかりで水分が得られないという状況は想像以上に恐ろしいものだった。人間は水なしでも三日は持つというが、この暑さではもっと早くに限界が来るだろう。

 どうしよう、やはり森に入って水場を探した方がいいか――そこまで考えた時、沢で熊に遭遇した恐怖が蘇り、俺はパニック状態に陥った。

 いかん、このままじゃ干からびて死ぬ。

 他の方法はどうだ? 海水を蒸留して真水を作るというのは……火がなければ無理だ。メタルマッチもリュックの中だし、今からプリミティブな火起こしに挑戦する余裕もない。

 水……どこかに水はないか。飲めるならなんでもいい――


「そうだ!」


 起死回生のアイディアが閃いた。もうこれしかない。

 シャツを脱いで地面に丸めて置き、スボンとパンツを勢いよく下ろす。シャツに染み込ませて絞れば、尿を口に戻すことができるというわけだ。


「……何やってんだろ、俺」


 フルチンで佇む俺と、一向に出ないおしっこ。

 そういえば山で出したばっかりだったっけ……。

 パニックを通り越して無力感に涙が滲んできた。

 人間関係から逃げ、逃げた先の山で熊に殺されかけ、死を受け入れた矢先に異世界に飛ばされ、ヤシの実も割れず、正気を失っておしっこを飲もうとして、それすら上手くいかない。

 あまりに惨めすぎる。

 とぼとぼと砂浜に戻り、手ごろな岩に腰を下ろすと、一気に疲労感に苛まれた。

 目の前に広がる大海原が恨めしく思えてくる。塩分濃度の高い水を飲むと脱水症状はさらに悪化する。遭難して海水を飲んでしまい、発狂するほどの苦痛に苛まれた挙句に死んだ漁師の話を聞いてことがある。蒸留できない以上、海水には絶対に手を出してはならない。

 そんなことくらいわかっている。だけど、こんなに水はあるのに飲めないなんて、あまりに皮肉じゃないか。


「……なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ?」


 感情が一周したのか、今度はふつふつと怒りが湧いてきた。


「おいこら、聞いてるか! よりにもよってどうして無人島なんだよ! 言ったよな、面倒な人付き合いがなくて、働かなくてもよくて、大自然に囲まれて暮らしたいって……あれ?」


 自分で言っていて気が付いた。

 ここには人がいない。働いてお金を稼ぐ必要もない。そして手つかずの大自然。

 なるほど、確かに。


「って、そういうことじゃないんだよ!」


 確かに間違ってはいないが、曲解が過ぎる。何の装備も持たず、着の身着のままのガチサバイバルが始まるなんて聞いてない。

 それに、何が『僕が守ってあげる』だ。何にもしてくれないじゃないか。


「ちきしょうめ! 絶対生き延びてやるからな!」


 自分を奮い立たせるように叫んで立ち上がった、その時だった。

 ジャキン!と、鋭い音がした。

 振り向いて見ると、今まで座っていた岩から、鋭いトゲが何本も飛び出していた。


「うわあっ!?」


 思わず後ろに飛びのく。すると今度は岩が動いた。岩の下からもぞもぞと何かが出てくる。


「か、カメ?」


 四つの足と首。見覚えのある生き物のフォルム。

 どうやら岩と思っていたのは亀の甲羅だったらしい。サイズからするとウミガメのようだが、甲羅からトゲが飛び出すウミガメなんて聞いたこともない。ということは、この世界特有の生き物か。

 立ち上がるのが数秒遅れていたら俺の尻には二つ目の穴が空いていただろう。

 声が熊のことを「魔物」と言っていたことを思い出す。

 まさか、そういう生き物ばかりなのか、この世界は?


「どうどう、俺は敵じゃない。その甲羅カッコいいね、どこで買ったの?」


 身構えながら語りかけると、話が通じたわけではないだろうが、亀は甲羅のトゲはそのままに、首と手足を引っ込めてしまった……助かった。

 いや、そもそも敵を攻撃する必要がないのか。この剣山のような防御姿勢がこの亀の魔物にとって最上の生存手段なのだろう。

 と、そこで気付いた。


「……硬くて尖ったもの、発見」


 しばし逡巡したものの、覚悟を決めた。これはきっと最後のチャンスだ。

 俺はヤシの実を両手で掲げ、甲羅のトゲに向かって思い切り振り下ろした。

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