異世界に転移したら無人島でした
波の打ち寄せる音で目を覚ますと、俺は砂浜に倒れていた。
立ち上がって周囲を見渡す。砂浜は遠くまで続いていて、正面は切り立った崖。崖の上は鬱蒼と木が生い茂っていて、その遥か向こうには山が見える。海は見たこともないような綺麗なエメラルドグリーンで、遥かに望む水平線まで島影のひとつも見えない。
ここは……どこだろう。
記憶を辿ろうとするが、何も思い出せない。まさか記憶喪失か?
「ええと、俺は風森正宗、十九歳、高卒にして無職。オーケー、記憶はある」
まったくこれっぽっちもオーケーなプロフィールでないのが残念だが、とりあえず深刻な記憶喪失ってわけじゃなさそうだ。
砂浜で目が覚めるってのは乗っていた船が沈没して漂着したってのがよくあるパターンだけど、服が濡れていないので海を漂っていたわけでもなさそうだ。でも、だとしたら俺はどうやってここまで来たんだ?
ポケットからスマートフォンを取り出して確認する――圏外だった。電波が届かないということは、まさか無人島とか。何か重罪を犯して島流しにでもされたのか俺は。
「それにしても暑いなここは……」
上着を脱ごうとして、それが登山用のジャケットであることに気付く。
ああ、徐々に思い出してきた。俺は確か山に登って、そこで死にかけて、それから……
思い出した。
今わの際に聞こえてきた幻聴に「契約が云々」とか「違う世界がどうのこうの」と言われ、俺は適当に返事をした……「喜んで行ってやるよ」と。
そんなまさか。あの声は幻聴ではなく、本当に違う世界に飛ばされたと?
馬鹿げている。そうだ、きっと俺は旅行にでも来ていて、何かの拍子に気を失って倒れたのだ。だって、どう見てもここはよくある亜熱帯の島にしか見えない。雰囲気的にはそう、沖縄の離島とかそんな感じだ。
ここが異世界だなんて、そんなわけないない。
そう自分に言い聞かせて安心したその時――突然、辺りが暗くなった。
太陽が雲に隠れたのかと何気なく見上げた俺の目は、空を飛翔する巨大な影を捉えていた。一瞬ジャンボジェット機か何かだろうと思ったが、違った。
ゴアアアアア――!!
耳をつんざくような咆哮が轟く。
太陽を覆い隠した影の正体は、空を飛ぶ巨大な竜だった。
「……マジかよ」
その姿が見えなくなるまで呆然と立ち尽くしていた俺の震える声は、打ち寄せる波の音にかき消され、虚しく消えた。