第3章~突然の嫌悪感~
4月から中学校に通うことが正式に決まったサンガンピュールは、3月末までの間は引き続きKの家にいることとなった。だがその間も、市役所や警察から応援要請があれば現場に駆け付けたし、自分で「悪者を退治」したりもした。
3月7日(金)には、暴走しているトラックを止めたこともあった。あれは運転手の飲酒運転が原因だった。自分が現場にいなかったら、歩行者を轢き殺すところだった。彼女は自分の両手から超能力を発し、「スター・ウォーズ」でよく出てくる「フォース」みたいな何かでトラックを止めたのだった。
おかげで歩行者の命は守られたし、市長から感謝状をもらえたし、彼女は有頂天だった。その時、彼女は珍しく「ニパァァ」と笑顔の表情だった。Kはこの話を聞いて素直に嬉しかった。
そこで土浦市長から、「今後も市民が巻き込まれるような重大な事件があった際には、協力をお願いしてもよろしいですか」と声を掛けられた。彼女は迷わず承諾した。Kも同意した。連絡用の携帯電話を支給され、土浦市やほかの町を守るための行動も本格的に拡大することになった。
だがそれから約2週間後、彼女はテレビを通して衝撃的な事件を知ることとなる。それは、無知な彼女をやり場のない怒りへと駆り立てたのだった。
2003年3月20日(木)の夜。Kが例によって夜遅くに帰宅した。夕食の調達が余りにも面倒くさかったせいか、Kは自宅付近のマクドナルドでハンバーガー、フライドポテト、野菜ジュースを購入。帰宅後、電子レンジで温めようと考えていた。
「ただいま」
いつものように帰宅したはずだった。
「おかえ・・・」
サンガンピュールは「お帰り」と言いかけたところで言いよどんだ。笑顔からすぐにムスッとした表情に変わった。彼女は怒りの表情だった。
「どうしたんだ、急に?」
とKが返事した次の瞬間、サンガンピュールは超能力でマクドナルドの紙包みを天井へ押し上げ、続けて下に押しつぶし、ぺしゃんこにしてしまった。
この事態にKは激怒した。
「なんてことするんだ!俺の晩飯だぞ!」
サンガンピュールは吐き捨てるように答えた。
「アメリカって本当に悪賢い国だね。何にも悪いことをしていない国を攻撃して!」
「いきなりどうしたんだ!?」
突然の発言に、Kは動揺を隠せなかった。
「あたし、アメリカという国が嫌いになった。大嫌いになった」
この言葉を聞いて、Kはすぐに理由を察した。
「だからって、『マックのハンバーガーを買うな』ってか!?」
「そうよ!」
売り言葉に買い言葉とはこのことである。
2003年3月20日。日本時間のこの日、アメリカを中心とする「有志連合」がイラクへの軍事侵攻を開始した。イラク戦争の開戦である。
イラク戦争は、イラクのフセイン政権が「大量破壊兵器を保有している」というアメリカの主張により始まった戦争である。イラクがまだ兵器を持っているとすれば、野放しにするのは危険であるという考えから、国連から査察団がイラクに派遣され、大量破壊兵器があるかどうかを調査した。しかしそのような兵器は一向に見つからなかった。にもかかわらず、イラクを疑うアメリカのブッシュ政権は「フセイン政権は、9・11テロの首謀者であるテロ組織・アルカイダと関係しているとみられる」という大義も付け加え、武力行使も辞さない態度を示した。
イラクへの軍事介入は国連の安全保障理事会でも賛否が分かれた。フランス、ドイツ、ロシアなどが軍事介入に強硬に反対。中でもフランスはシラク大統領やドビルパン外務大臣が安保理での拒否権行使の可能性を示唆した。ドビルパン外務大臣はニューヨークの国連本部で「イラクが大量破壊兵器を所有している証拠は無い」と迫力に満ちた演説を行い、アメリカへの追随を拒否した。
ブッシュ政権、そしてこの軍事介入を支持する人の中には、フランスを「臆病者」、「アメリカに歯向かっている自分に酔っているだけ」、「ドブネズミ」と誹謗中傷をする者もいた。特にブッシュ政権の一員であるラムズフェルド国防大臣は、フランスやドイツのことを「古いヨーロッパ」と揶揄し、逆にアメリカの方針に賛成するヨーロッパの国々を「新しいヨーロッパ」と呼んだ。現にヨーロッパのNATO加盟国全体を見れば、ポーランドなど東部の国々が増えて、重心が東側に移っていたようにも見えたのだ。
「古いヨーロッパだって・・・?」
サンガンピュールは今までにない怒りと悔しさを感じた。それが彼女のアメリカに対する嫌悪感に火をつけた。
「もう知らない!マクドナルドは買わない!コカ・コーラもペプシも買わない!」
Kには言いたいことが山ほどあったのだが、その日はとても夜遅かったせいか、黙ってしまった。彼は就寝する際、
「そもそも、フセイン政権は昔、クルド人を虐殺したことがあるのを、あいつは知ってんのだろうか・・・」
悲劇的なことに、サンガンピュールとKは似た者同士である。物事を表面的にしか捉えることができない。イチかゼロかという思考をすることが多い(玉虫色の結論が大嫌い)。
実際、アメリカ、イギリス、日本のいずれの国内でもイラクへの攻撃に反対する人々が無視できないほど多くいた。そしてK個人としても、数年前に行ったアメリカ横断の取材でお世話になった親切な人々がたくさんいる。政治家と個人的な友情は別だ。
「これは、イラク国民をフセイン政権の圧政から解放するための戦争だ」
とはブッシュ大統領の演説の一節である。彼としても苦渋の決断だったのでは・・・。
Kはサンガンピュールの反米精神には到底ついていけなかった。アメリカへのヘイトスピーチには聞くに堪えなかった。アメリカ人はみんな頭がおかしいというけれど、それは一部の人だけがやっている行為ではないか。一部の人たちのせいで…。