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第2章~未知の年代~

 12月24日、火曜日。Kは勤務中の隙間時間を見つけて土浦市役所に電話をかけた。話の内容はもちろん、サンガンピュールの学校のことだ。

 前日、Mから凄く追及されてしまった。彼女が来日したばかりの頃に「学校に行きたい」という希望を伝えられていたにもかかわらず、結局学校に行かせることはできなかった。チャンスはいくらでもあるのにやらなかった。それは相手にしなかったのと一緒だと。赤の他人や顧客には一生懸命なのに、自分とその家族のことになると随分ズボラになる。そのようなKの昔からの性格が治っていなかった。

 幸い、年内に市役所に相談したために、この問題は年明け早々に一定の目途が立つこととなった。


 サッカー・ワールドカップで盛り上がった2002年が終わり、「未知の領域」である2003年が始まろうとしていた。ワールドカップが日本で開催されるという話をKが初めて聞いたのは、1995年のことだった。それ以来、彼の中で2003年から先の年代は「遠い未来」というイメージが定着した。結局、ワールドカップは日本と韓国の共同開催となったが、ずっと一昔前から予定されていたイベントが無事に終わった。そしてそこからは「未知の世界」になる・・・というのがKの印象だった。

 サンガンピュールは物凄くがっかりしていた。あのジネディーヌ・ジダンがケガのために試合になかなか出場できなかったこともあり、フランスはリーグ戦敗退となってしまったのだ。ディフェンディング・チャンピオンがリーグ戦で姿を消すのは36年ぶりのことだった。


 2002年12月31日、大晦日。Kとサンガンピュールは自宅でNHKテレビをつけながら年越しの瞬間を待っていた。第53回紅白歌合戦は石川さゆりと五木ひろしによる最後の対決を終え、審査員による投票の結果、紅組優勝となった。その後、「ゆく年くる年」の放送となったのだが、

 「あれっ、どこのお寺だろ?」

 サンガンピュールは興味深々だが、中継先のお寺の名前が出てこない。本で見かけたはずなのに。

 「さあ、どこかな?」

 Kはテレビの音量を無音にして、意地悪をやりだした。漢字表記は画面上のテロップで表示されている。サンガンピュールはやや自信なさげに答えてみせた。


 「あっ・・・え~っと・・・、ひがし・・・おお・・・でら?」


 「とうだいじ(東大寺)です」

 Kが正解を言った後、テレビの音量を元に戻した。

 「そうっかぁ~・・・」

 彼女は参ったという表情だった。するとここでKが話題を変えた。


 「ところでさ、サンガンピュール」

 「どうしたの、おじさん?」

 「サンガンピュール、来年から学校に行こう!」

 「・・・・・・」


 彼女はしばらく無言だった。自分を学校に通わせる準備が進められているのは知らされていた。ただ、今頃になって少し不安になったのだ。


 「おじさん・・・、あたしの名前、どうなっちゃうのかな?」

 「名前のこと?」

 Kは彼女から意外な質問が飛び出したことにややびっくりした。

 「そう、『サンガンピュール』なんてヘンテコな名前の人、いないって!」

 「そうっか・・・、そうだよな」


 「美少女戦士・セーラームーン」を見ててもそうである。主人公はそんな名前で学校に在籍しているわけではない。親から与えられた、誇らしい名前を持っているのだ。そのことをうすうす感じたうえでKが言った。


 「じゃあ、新しい名前をあげるよ」


 「えっ、もうできたの?」

 意外な展開にサンガンピュールは驚きを隠せなかった。年越しの瞬間まであと3分を切っていた。Kはおもむろにメモ帳とペンを取り出し、一筆書いてみせた。



 「・・・ゆうこ。・・・塩崎ゆうこ」



 サンガンピュールにはピンと来なかった。そもそも「塩崎」という名字は、Kの名字とも違うのだ。直後にKが説明を始めた。


 「ゆうこの『ゆう』には、『困難を悠々と乗り越える子になってほしい』というメッセージが入っています。そして、『塩崎』という名字は、僕のお母さんの旧姓です」

 Kが一通り説明を終えると、彼女は

 「塩崎ゆうこ・・・塩崎ゆうこ・・・」

 と繰り返し唱えた。そして

 「うん、良いと思うよ!」

 彼女は笑顔で返事をした。


 「ゴ~ン」と旧年最後の鐘が鳴った直後、テレビ画面の時計が午前0時を示した。2003年(平成15年)の幕開けだ。


 「イェーイ!」

 「イェーイ!」

 2人はそろってお祝いしたように見えた。しかし、

 「なんて言うのかな?」

 ここでもKがやや意地悪してきた。彼女の日本語能力を試しているようだ。

 「えっと・・・」

 すぐに答えが出なさそうだ。

 「明けましておめでとう」

 とKが答え合わせを兼ねて挨拶した。続けて彼女も

 「明けましておめでとう」

 と挨拶したのだった。

 「はい、今年もよろしくね」

 「よ・・・、よろしく、おじさん!」


 その後、1月10日(金)に土浦市役所から電話がかかってきた。サンガンピュールの中学校入学の準備はほぼ全て整った。数日以内に自宅に書類が届くと思うので必ず確認すること。そして、入学直前の健康診断も受診させること、だった。市役所と電話した際、Kは先方に対し、

 「彼女の生徒としての名前は、塩崎ゆうこにしてほしい」

 と伝えたのだった。

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