第1章~年に一度の特別な日~
2002年12月23日、月曜日。この日は天皇誕生日で祝日。官公庁も休業日であった。
サンガンピュールは朝9時頃に起床したのだが、その時にはKは外出していった。用意された朝食をとり、洗顔をしてしばらく自宅で待ったのだが、いつまで経っても帰宅してこないように感じた。
「どこ行ったんだろ・・・? まさか事件!?」
Kを心配するうちに職業病のような心境になった。
思えばこの町、土浦に来てから1年半が経つ。昨年7月に茂木さんという刑事に褒められてからは、警察の人や市役所の人にもお世話になって、ひらがな、カタカナ、漢字とことば、計算、図形などを一生懸命勉強したんだっけ。何度、ひらがなとカタカナを取り違えて書いたことか。そういった記憶も懐かしく感じる。
勉強のさなかでも警察の人と協力して、重大な事件を次々と解決していったんだっけ。夜遅く、市内をオートバイで暴走する賊に対して飛び蹴りでケガをさせたうえで警察に身柄を引き渡したこともあった。またある時は、イトーヨーカドー土浦店にて、スリを働こうとした男を羽交い絞めにしたこともあった。その際は激しく抵抗された。結局は男を背負い投げしてから、吹き抜けの下の階へ突き落したんだっけ。
乱暴だけど私はこの町の治安維持に貢献している。市長さんや警察の人からの評価もいい方だし。うん、私は間違ったことはしていない。それに、イトーヨーカドーで犯人を捕まえた時には、みんなに見られてたからなぁ。おかげでファンクラブみたいな何かができているらしいし。実際、町の人たちからは「女の子なのに男っぽいところが良い。かっこ可愛い」と言われることもある。でも私は「可愛い」の方がいいなぁ。でもKおじさんはどう思うかなぁ・・・。
あっ。Kおじさんのことを考えたら、また心配になってきた。おじさんはいつ帰ってきてくれるのかなぁ・・・。彼女はプクーっと口のあたりを膨らませながら、Kの帰宅を待っていた。しかし深刻に心配している場合に限ってなかなか帰ってこない。
もう自分で探し出そうか。時刻は11時半になろうとしていた。探しに出かけようと思った瞬間、玄関のドアがガチャッと開いた。
「ただいま!」
Kの声だ。
「遅いじゃない!何してたの!」
サンガンピュールは泣きそうな声を上げながら、しかめっ面をしていた。
「うわっ、びっくりした~」
Kは声をヒヤヒヤさせながら答えた。これから言いたいことに水を差されたような気分だ。
「そうだよ、朝からいなくなってさぁ。事件があったんじゃないかと思ったよ!」
大人であるKが申し訳なく思う展開だ。
「それは・・・ごめんね。何事も言わずに出て行ったことは謝るよ」
「うん」
Kは一通り陳謝を済ませた後、
「でもね」
と切り出した。続けて
「君に、何か一言を言いたい人たちがいるからさぁ。その人たちを連れてくるのに遅くなっちゃった」
と付け加えた。
「誰なの?」
サンガンピュールはまだムスッとした表情だ。これに対して、
「では、お願いします」
Kが手招きすると・・・
「Mおじさん?・・・詩織おばさん・・・稜君まで」
サンガンピュールは驚きの表情に変わった。Kも玄関先に集まったところで、Kの一族全員がタイミングをほぼ同じくして言った。
「誕生日、おめでとう!!」
「あたしのために・・・?」
この突然の出来事に対し、サンガンピュールはすぐには状況を呑み込めなかった。しかし、お祝いの一言を受けて、ムスッとした表情が消え、笑みが浮かんだ。
「あっ、そうか!今日はあたしの誕生日だ!すっかり忘れてたよ!」
「はい、どうぞ」
Kが何かの箱を差し出し、開けてみるよう促した。彼女は慎重に開けてみた。
「うわああぁ!」
中身は、ブッシュ・ド・ノエルというフランス風のクリスマスケーキだった。木の幹を象ったチョコレートの上にはクッキーが12個据えられていた。12個とは、彼女の12歳の誕生日を表していた。
「おいしそう!ありがとう!」
サンガンピュールは物凄く興奮した。
「喜んでくれて何よりだ。さぁ、一緒に昼ご飯を食べよう!ケーキはその後だ!」
Kの音頭で、誕生日パーティーを兼ねた昼食会が始まった。年齢を象ったろうそくは無いものの、食事は楽しいおしゃべりで盛り上がった。
さて、パーティーが佳境に入った頃だった。
「ところでさ」
Mが切り出した。
「サンガンピュールちゃんは来年、どこの学校に行くの?」
Kは凍り付いた。
「それは・・・」
Mがかみついた。
「まだ決まってないのか?・・・だとしたら、やばいぜ」
一難去ってまた一難とはこのことだ。急いで解決しなければならない。