第12章~忘れられない出会いの日~
地獄の4時間目が終わった。予想通り、良いことは起こらなかった。マツの葉の内部構造というかなり難しめの授業だったのに加え、担任でもある森先生に指名されて簡単な質問に挑戦したが、答えられなかったのだ。
授業が終わって給食もあまり喉を通らなかった。サンガンピュールは普段「よく食べる女子」として知られていただけに、クラスの中でも、
「あの塩崎がおかわりどころか給食を残すなんて!」
と驚きが広がった。
さて、後片付けが終わり、1組は大部分の生徒が教室から出て行った。男子はほとんどがグラウンドや体育館でスポーツに興じている。女子は他のクラスを訪問している人が多かった。教室に残ったのはサンガンピュール、あずみなど数名だった。だがサンガンピュールにとっては絶好のチャンスだった。
例によってサンガンピュールはあずみを人気の無い階段の踊り場へ連れて行った。そして伝えた。
「あずみ・・・」
「どうしたの?」
緊張のせいか、最初の一言がなかなか言えなかった。だが遂に勇気を振り絞って伝えた。
「改めて、あたしと・・・、友達になって下さい!!」
あずみは一瞬ドキッとしたが、少し拍子抜けしたような様子だった。
「なぁ~んだ、そういうことか」
あずみが気を取り直して言った。
「さっきも言ったでしょ、あたしたちはもう友達だって!だから大丈夫!」
サンガンピュールを安心させるように伝えた。
「良かった・・・」
サンガンピュールは両足の膝小僧をスカート越しに床へつけた。大きな安堵の表情だった。
「あたし・・・辛かったの・・・。詳しいことは言えないけど、ショッキングな出来事があって・・・、このままじゃダメだなって思って・・・だから友達が欲しいの!」
少しずつ語り掛けるように言葉を選んだ。
「入学式の日に、一番最初にあたしに声を掛けてくれたよね・・・。そんなあずみじゃなきゃ嫌なんだって・・・」
「ゆうこちゃん・・・」
あずみにとっては胸がキュンキュンするような言葉だった。すぐにサンガンピュールの身体をハグした。
「嬉しいよぉぉっ!!」
体格の差が大きいせいか、あずみの成長しかけの胸がサンガンピュールの顔にあたってしまっている。少し息苦しいと思ったが、それでも友達でいられることが認められて嬉しかった。そして、
「ねぇ、だったら、今度の日曜日、付き合ってくれる?」
あずみからそう言われた。
「う・・・うん!」
一体何が始まるのだろうか。
5月18日、日曜日の13時。入学後初の中間テストまであと1週間と少し。本格的に遊ぶのならばこの日がラストチャンスだった。集合場所に指定されたのは、土浦駅西口のカラオケボックスだった。
「え~っと・・・、あずみと他に2人いると聞いたんだけど・・・」
電話で事前に聞かれた部屋へと向かった。
「ゆうこちゃん、待ってたよ!」
部屋の中には岩本あずみ、初台春、長谷川美嘉の3人がいた。
「みんな・・・」
「んもう、テストが近いっていうのに、あずみったら強引だよ・・・」
と語ったのは初台春だ。
「ひゃっほー!あずみんの友達っていうから誰かなと思ってたけど、ゆうゆうじゃん!」
かなりフランクな話し方をするのは長谷川美嘉である。
「あずみ・・・、ありがとう」
サンガンピュールは途中、何かを言いたかったのだが、それを飛ばしてしまって直接感謝の言葉を伝えた。
「いえいえ、大したことしてないよ。あたしを誰だと思ってるの?
ひかり中学・1年1組・学級副委員長、岩本あずみよ!」
「大きく出たねぇ!」
美嘉が太鼓持ちみたいにはしゃぐ一方で、
「名乗るほどじゃないよ・・・」
春が苦言を呈した。
「でも・・・、もう一度自己紹介させて」
サンガンピュールは懇願した。
「いいよ」
「いえ~い!」
「うわぁぁ」
三者三様、楽しみという感じだ。
「あたしは塩崎ゆうこ。12月23日生まれの12歳。好きな食べ物は、お肉!・・・よろしく!」
「いいねぇ!」
あずみが合いの手を入れた。続いて春、美嘉の順で自己紹介が始まった。
「私は初台春。10月28日生まれ。・・・趣味は読書。最近は夏目漱石の『坊っちゃん』が面白いと思ってる。・・・よ・・・よろしくね」
「うちは長谷川美嘉。8月10日生まれ。あずみんとは幼稚園の時からずっと一緒なんだ。何かあったら、あずみんもいいけど、うちも頼ってよね!よろしく!」
盛大なうちにカラオケボックスでの2人の自己紹介が終わった。これに対し、サンガンピュールは、
「友達になってくれる?」
と聞いた。
「うん、いいよ」
「もちろんだよ!」
2人は即座に快諾した。
「さぁ、あずみんの番だよ」
美嘉があずみに自己紹介を促した。
「え~っ、ゆうこちゃんとはもう何度かやってるんだけどなぁ」
あずみは一旦ためらったものの、
「言いだしっぺなんだから責任取ってよ!」
美嘉に促されて自己紹介を始めた。
「あたしは岩本あずみ。2月3日生まれ。さっきも言ったけど、副委員長だよ。将来の夢は国家公務員!」
「国家公務員・・・?」
サンガンピュールはキョトンとしている。
「うん、田中角栄や小沢一郎みたいな政治家に、私はなる!」
サンガンピュールは聞いたことのない人物名が出てきて、どんどん頭の中が混乱しそうだった。
「ねぇ、あずみ、塩崎さんが困ってるよ」
春に止められ、ようやくあずみは自分の夢を語り終えた。
「ねぇ、早く歌おうよ!時間が決まってるわけだし」
美嘉が選曲を急かした。ドリンクはそれぞれ手元にある。サンガンピュールのもとにはオレンジジュースが置かれていた。
「ねぇ・・・、これってどう遊ぶの?」
「え~知らないの~?」
美嘉がわざとらしく煽るような口調で言う。
「ちょ、あんた・・・」
サンガンピュールは一瞬ムスッとしたが、美嘉はすぐにフォローした。
「ヘヘッ、冗談、冗談。じゃあ、うちが最初に見本として歌おうか!」
美嘉は氷川きよしの「ズンドコ節」、春は島谷ひとみの「亜麻色の髪の乙女」を選択し、1番の歌詞だけでも歌い終えた。
「じゃあ、次はあたしだね!」
あずみがマイクを握る。その時、サンガンピュールは不思議な光景に気付いた。春と美嘉が共に両耳を手で塞いでいるのだ。これはどういうことか。
あずみは桑田佳祐の「白い恋人達」を選んだのだが・・・、
「夜に向かって雪が降り積もると・・・」
イメージと全く違う。音程がずれまくっている。春と美嘉は今にも気絶しそうだ。そう、完璧超人に見えるあずみの最大の欠点は、極度の音痴であることだった。
最後はメチャクチャになってしまったが、それでもサンガンピュールにとっては記憶に残る日となった。