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第9章~失いたくない希望~

 5月10日、土曜日のこと。サンガンピュールは土浦市長から呼び出しを受けた。早速タクシーに乗せられ、Kと共に市役所へ。そこで、メアリー先生の目の前で直接謝罪しなければならないと諭されたのだ。これは、サンガンピュールを指導するのと同時に、メアリー先生を守るためでもあった。


 市長の執務室でサンガンピュールはメアリー先生と対面した。K、市長、安田先生の3人が立ち会っていた。

 「さあ、メアリー先生に謝るんだ」

 Kは養父としてサンガンピュールに謝罪を促した。

 「・・・・・・」

 だが彼女は黙ったままである。

 「お前のバカな一言のせいで、保護者である俺が謝り、校長先生が謝り、そして市長さんまでもがメアリー先生に泣いて謝ったんだぜ!」

 問題が発覚したその日の晩から彼女はKにこっ酷く叱られ続けていた。サンガンピュールは完全に不貞腐れており、それでもなお「私は悪くない」と言いたいような表情であった。


 「・・・分かんない。だって・・・何にも悪いことをしていないイラクに戦争を仕掛けたのは間違ってるもん・・・」

 3月下旬に始まったイラク戦争のことは、彼女の心に悪影響を及ぼしていた。政治とは全く関係のない文化交流でも、アメリカを攻撃している。メアリー先生はただの一般人だ。アメリカの特命全権大使のごとく接するのは大間違いだ。


 「またそれかっ!!」


 市長の執務室でKは今までに聞いたことがない程の大声で怒鳴った。彼女はまだ12歳とはいえ、今回の戦争について十分なバックグラウンドを知ろうという努力すらせず、表面的なことだけを見て判断している。そもそもイラクでの正規軍同士の大規模戦闘は、5月1日に「終結」が宣言されていた。そして、この戦争にはアメリカを始め、世界中の人々が米英軍のイラク派兵に反対していた。人間を国籍だけで判断する養子に対して遂に堪忍袋の緒が切れたのだ。


 「要するに、お前は『平和の敵』というたった一言のせいで、多くの人々に迷惑を掛けることになったんだぞ。しかもなんだよ、英語の授業なのにフランス語で罵倒したらしいじゃないか」

 「ああ、そうだよ。フランス語で言ってやった」

 彼女は淡々と事実を認めた。

 「どんな深い理由があったのか、もうこれ以上聞かないけど・・・、他の人に迷惑をかけるのはやめなさい」

 そう伝えた後、Kは一度深呼吸をした後に話の内容を変えた。


 「お前さ、もう覚悟決めろよ」

 Kは彼女に意味深な発言をした。

 「覚悟?覚悟ならもう出来てるよ」

 「じゃあどんな覚悟だ?言ってみろ」

 彼女はフラストレーションが溜まっているせいか、勢いよくしゃべり出した。

 「もっと悪者退治して、市長さんから信頼を得ること」

 だが彼女なりの答えは、Kの本音からかなり外れていた。養父は思わず言葉を荒げた。


 「違う!市長さんだけじゃない!」

 また強い口調で彼女の意見を否定する。

 「じゃあ誰から!?」

 「さぁね。1分間自分で考えてみな」

 突然与えられた質問に異国から来たスーパーヒロインの少女は戸惑った。


 「・・・分かんないよ」

 どう考えたらよいか、彼女はもどかしい表情だった。

 「分かんないよ」

 同じことを繰り返し言った。


 「そうか。じゃあ教えよう。お前は、フランスを飛び出したんだよな。おじいちゃん、おばあちゃんの所には戻りたくないと言ったよね」

 「・・・うん、確かにそう言った」

 「そうだよね。今のお前に一番必要なことは、クラスメイトや町のみんな、そして日本中の人々に受け入れてもらえるために、自分を変えられる覚悟を決めることだ。・・・ただ『町の安全を守れればそれで良い』なんていう用心棒は要らない。覚悟出来ないのであれば、・・・もうライトセイバーと拳銃を捨てろ」

 大胆な提案をした。こうでもしなければ、自分は「変わらずに生き続けること」は出来ない。

 「それは嫌だ!」

 彼女は強硬に嫌がる。

 「それは嫌?じゃあ、ライトセイバーと拳銃を市長さんに預けろ。封印してもらえ」

 「それは・・・」

 急に困惑の表情になった。彼女から武器を取り上げたら存在価値がなくなってしまうのだ。Kは今一度、彼女の気持ちを落ち着けさせた後、もう一度語った。

 

 「・・・サンガンピュール、お前、ロンドンでやってきたこと、この町でやってきたことをもう一度思い出してみろ」


 ここからスーパーヒロインとしてではなく、一人の人間としてのサンガンピュールに訴えていく。

 「お前は生まれ故郷での居場所をなくし、イギリスで居場所をなくした。そして日本で居場所をなくしたら、お前はどこに行くのか?」

 「・・・・・・」

 もう彼女の目から涙がこぼれ落ちそうになった。


 「俺はお前の人生を応援する。オヤジとして精一杯支えていく。勉強で分からないことがあるなら、聞きに来てくれ」

 「・・・それが?」

 「そうだ。もう迷いを捨てろ。修行僧みたいに一途に勉強しろ。お互いを信じあえる友達を作れ。町を守ること以外にいろんなことができるようになれ。剣術を磨くのはそれからだ」

 そしてこうも言った。


 「ただ、いずれにしても、『ただ強ければいい』のであれば、何もこの町にいる必要はない。それこそ、お前の大嫌いなアメリカが戦っているイラクの戦場で暴れ回ってろ!」



 Kの魂の説教が終わった。サンガンピュールにとっては最後の言葉がショックだった。


 「この町にいる必要はない。イラクの戦場で暴れ回ってろ!」


 私はまたひとりぼっちになっちゃう・・・。私には、Kおじさんとまだ見たい未来がある。たとえ、超能力を失っても。あの言葉はもう最後通告だ。説教を受けたスーパーヒロインの目からは、もうギラギラした力強さが失われていた。そして、


 「・・・メアリー先生・・・、あんなことを言ってしまって・・・ごめんなさい!」


 彼女は、憔悴しきった表情で謝罪した。


 メアリー先生は言いたいことをこらえるかのように暫く黙っていた。しかし1分後に少しずつだが口を開いた。英語でのメッセージだったが、安田先生が通訳となり、日本語でサンガンピュールに伝えた。



 「あなたがそう言ってくれるのを待っていました。私は戦争を望んでいません。でも、過去は変えられないけれど、未来は変えられます。あなたも絶対に変わることができます。一緒に頑張りましょう」



 厳しいことを言われるとばかり思っていたサンガンピュールは、優しさが身にしみたのか、両目から大粒の涙がこぼれ始めた。


 5月13日の夕方。サンガンピュールは市議会の委員会室に通された。そこには市議会議員がほぼ全員集まっていた。傍聴席にも結構な人が来ている。その中には、事件の被害者である田井中梓とその両親も来ていた。さらにインターネット向けの録画もされている。「町を守るスーパーヒロイン」が物珍しい存在だからだろう。だが皮肉にも、悪い意味で注目が集まってしまった。

 「これより会議を開きます」

 委員長が開会を宣言し、しばらくした後、サンガンピュールに弁明の機会が与えられた。そう言えば、一般市民に対して本格的に挨拶するのはこれが初めてだろう。心臓の鼓動が速まり、高い緊張状態に陥っている。


 「市民の皆さん、そして市議会議員の皆さん、初めまして。

 私はサンガンピュール。町で重大な事件が起こった時には、市長さんからお願いされて、事件解決に向けての手伝いをさせていただいています。

 この度は、私の勝手な行動により・・・、市長さんや警察の方々をはじめ、多くの市民の皆さんに大変なご迷惑とご心配をおかけしました。・・・本当に、ごめんなさい!」


 一度、深々と頭を下げた。もうこの時点で半分涙目だ。


 「『謝って済む問題ではない』と思う人もいらっしゃるかと思います。・・・これからは、より町の人と関わり合い、皆さんから大切にされる存在になります。

 自分はとても不器用な存在です。友達作りも苦手、勉強も苦手、そして自分の気持ちをコントロールするのも苦手です。どうか、市民の皆さん、私に至らないことを教えて下さい。もっともっと・・・、頑張ります・・・!」


 サンガンピュールの謝罪の言葉が一通り終わった。私の言葉をバカにするのなら、とことんバカにしなさい。罵りたければ罵りなさい。

 だが委員会室は静寂が支配していた。


 ここで田井中梓は体調が優れないのか、市の職員に退室を申し出た。彼女は両親を残して委員会室から途中退室してしまった。だが本当は、サンガンピュールを見かけると事件の光景を思い出してしまうから、という理由だった。加害者になったとはいえ彼氏だった青葉聖の死に立ち会ったことは、相当ショッキングな出来事だった。梓は未だに「町を守るスーパーヒロイン」であるはずのサンガンピュールの方を恐れてしまっている。

 ここで梓の父・康弘が手紙を読んだ。途中退室という最悪の事態を想定して梓が事前に用意したものを代読する形となった。


 「私と聖は、同じアルバイトの現場で知り合った仲でした。お互い大学を卒業してからもお付き合いは続きました。一緒に映画館に出かけ、様々なジャンルの映画を見るのが一番の楽しみでした。

 しかし、私は介護職、彼はトラックドライバーとしてそれぞれ働き始めてからは、会う回数もめっきり減ってきました。私も彼も、このままの関係で良いのかと心配していました。聖には焦りがあったのかもしれません。思い詰めた聖はあの日、突然私のアパートを訪問し、『このまま結婚するか別れるか、どっちか選べ』と私に包丁を突き付けたのです」


 事件の真相を明かされるにつれ、サンガンピュールは自分のやらかしたことの影響を感じ始めた。手紙の代読は続いた。


 「私は、できれば聖と仲直りしようと考えていました。確かに一番悪いのは聖です。ですが、不器用な彼は、ああいう形でしか私に伝えたいことを伝えきれなかったのです。

 サンガンピュールさん、あなたは青葉聖という一人の人間が持つ可能性を奪ったのです。どのような処分になるのかは分かりません。しかし、市長および市議会、ならびに警察の皆さんに、厳正な処分をして下さることを希望致します」


 康弘による代読が終わると、サンガンピュールは改めて歯をかみしめた。涙ながらの謝罪の後に追い打ちをかけるようなメッセージだった。私が良かれと思ってやったことは、全くもって見当違いの効果を生み出していた。どう答えたら良いのか、全く分からなかった。

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