第0話 田中空
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男には友人がいなかった。現実では勿論、ネットにも親身に話す友人は一人もいなかった。
男の名前は田中 空 (たなかそら)22歳。
田中には友人はいないが友猫はいた。短期バイトの帰りには勝手に名付けたクロと言う名の通り黒い毛をした野良猫をいつも撫で、愚痴を零したり今日あったことをお喋りしたりして癒され慰められていた。休みの日にもクロやクロの友猫と遊び、就寝頃になると帰宅して寝るだけの生活を毎日過ごしていた。
田中は人間関係を疎んでいた。発達障害を患っていた田中は子供の頃から人との壁を感じコミュニケーションが苦手だった。また、不倫をした母親が蒸発してから、父親に母親と似ているという理由で罵声や暴力を振るわれることが日常的になり人間不信が加速した。
それでも人間関係が希薄な短期バイトを地道に働き続けた結果、家を出る事が出来た。だが、代償として田中は精神障害を患ってしまった。
その場しのぎの短期バイトでさえやっとだった田中はそれでも諦めずに働いた。体力はなくなったが病院で診察を受けてからは障害年金を受給できるようになった。
それでも生活はギリギリで、風呂に入る気力もないし孤独や不安に押しつぶされ涙を流す日は多かった。
あくる日、田中はいつもの様にクロの元へ出かけた。クロは河川沿いにある廃工場を住処にしていた。
田中の足跡を聞いただけで顔を出してくるクロは珍しく現れなかった。嫌な予感がした田中は廃工場や周辺をあちこち探し回ったがクロは見つけられなかった。
あっという間に日が沈み夜になるとぽつぽつと雨が降ってきた。
頭の中はごちゃごちゃしていて、濡れた雨でぼやけた世界に田中は溶け込んで消えてしまいそうだった。
俺には生きる意味があるんだろうか
田中は強く疑問を抱いた。苦しくて辛くて、ただどうしようもなく溜まったストレスは限界だった。
偶々クロがいなかっただけさ、生きる意味とかどうでもいいよ、なぁ。
田中は自分に明るく問いかけながらしわくちゃに泣いていた。
遠くに見える親子や学生達がうらやましかった。クロともああやって話したかったな、一方的なお喋りはつまんないんだもん…。
ぼーっと立ち尽くす田中に光とともに強い衝撃が落ちてきた。唐突に何も感じなくなった田中だったが何となく自分が死ぬ気がした。
(また人生があるなら、俺みたいな人を救ってやるんだ、沢山向き合って喋って)
偶然か必然か、稀有なことに田中空は雷に打たれて死んでしまった。