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異世界転生・横田めぐみ

04-異世界転生・横田めぐみ



 2002年、北朝鮮との会談の後、ら致被害者が帰って来ました。

 皆、痩せてました。

 

 2004年、北朝鮮は調査の結果として、入国者十三人のうち日本に戻した五人を除き、死亡したと報告して来ました。写真と遺骨を提出しました。

 日本側は、被害者は十七人、DNA鑑定の結果、遺骨は別人、として調査の続行を主張しました。

 

 横田めぐみは自殺した。夫という男が2006年に語りました。

 

 横田めぐみの両親は、2014年、娘の忘れ形見とモンゴルで会いました。

 

 その時、孫の写真もマスコミに出ましたが、ら致される前の横田めぐみと生き写しでした。

 それよりも、2004年に公開された写真です。拘束、誘拐され、北朝鮮に移された直後と思われる年恰好。椅子に座り、弱弱しくカメラに視線を向ける、生気の無い顔。頼る物は椅子の背もたれの他、何も無い。顔を向けてるのも、そうしろと言われたからでしかない、意志を感じない眼差し。あんな顔の少女は、日本には存在しない。あんな魂を無くしたような表情を、人間が出来るものではない。

 しかし、筆者には心当たりがある。見たことがある訳ではない。それは厳に否定する。

 自殺した人を思い出す時、あの写真の横田めぐみの表情で、その人を思い出すだけだ。だが、そんな顔は知らない。その人で思い出すのは笑顔の筈だが、数年後に自殺する高校生を当時には笑顔に出来ていたことを最後の砦のように思っていたが、それを覆して横田めぐみのあの写真のような眼で見られている。非常に辛い。

 

 自殺スレが、たまに立つ。見てるぞ。

 自殺しようと思ってるなら、一度鏡を見てくれ。

 もし、鏡の中の自分が、横田めぐみのあの写真のような顔をしていたら、君は悪くない。君の回りが悪い。

 どんな環境か、どんな人が回りにいるかじゃなくて、横田めぐみみたいな顔してる人がいるのに助けようとしないのは異常だ。君は自分を責める必要は無い。自分を悪く取らなくていい。

 ただ、煽りレスはともかく「死ぬなら誰か殺してから行けよ」は一理ないか? 死にたいってことは、居なくなっても構わないと考えてるんだろう。じゃあ、居ても居なくてもいいやつは、消えてもいいと思わないか? そうじゃないから自殺を考えるのかもな。悪いやつを殺すんじゃなく、どうでもいい、役に立たないやつを殺してから行こうって話なんだが。

 まあ、もう少し読んでくれ。

 

 横田めぐみはら致されたのが信じられなくて、現実と思えなくて、あんな虚脱するくらい絶望しただろう。でも中学生だからこそ、まだ精神の柔軟さで少しでも持ち直したと信じたい。

 筆者の知る人は、むしろその人がいた御陰で助かったと思わせてくれる人だった。

 もちろん、高校生が親鸞だの心理学だの哲学だの知るわけない。ウィトゲンシュタインは、1980年代の教科書には名前も無かったと思う。民俗学も文化人類学も知らない、文化の比較もできないし、忍者は知ってても日本文化に対する自覚も無い。でも、根っこの部分では何か違うと感じてた。つかこうへいがドタバタ喜劇と思われてこと。映画館で客が日本語字幕が出る前に笑ってても、つまんないじゃないかと翻訳を読む前に分かって、英語できるアピールよりギャグを学べよ、と思ってたり。「日本列島はアメリカの不沈空母だ」と政治家が発言したのには、じゃあ伝馬船はどの島だよ、と腹の底から嘲笑したり。

 何かが違うと思ってたが、世の中全てがつまんないと思うには若すぎた。それに笑いが好きだった。メンヘラになるほどではなかった。そしてその人には、お前くらいは分かってくれよ、と言えた。その人がいて助かったと意識はしてなかったが、自分は我儘を言ってるとは思っていた。

 だから、数年後、その人が自殺したと聞いて、本当におかしいと思った。助けた方の人が先に死ぬのは変だ。助けられる側が死ぬとしたら先だ。助けることができる人が、自殺を選ぶということが信じられなかった。辛いところから違う場所へと助けてもらっていたというはっきりした感覚を思い出したし、辛い場所にはいない筈の人と決め付けてたのかと疑問に思った。

 でも、自分の方が死ぬ順番は先だ、と今更思うのにも、少し傲慢さが混じっている。死ぬほどの悩みを持ってるのは自分で、他の人の悩みなど大したことないと言うか。

 高校生にしては迂闊すぎたのか、気付けなかったものか。いや、でも笑ってたんだよなあ、という思いに何度もなるのだが、それが助けられてたということだったのか、という後悔に引き戻される。

 思い出すのは、横田めぐみの表情なっているその人だ。また、いや、でも、と思い直す。でも、死を選ぶほどの悲しみの世界と北朝鮮を重ねることは無い。現世は穢土であるというのも違う。

 

 ウィトゲンシュタインの叫び。

「自殺が許される場合は、全てが許される。

 何かが許されない場合には、自殺は許されない。

 このことは倫理の本質に光を投じている。

 というのも、自殺はいわば根元的な罪だからである。

 それとも、自殺もまた、それ自身では

 善でも悪でもない、

 とでも言うのか」

 これが、「いはんや悪人をや」で乗り越えられていると考えるのは簡単だ。善も悪も区別無く行ける場所があるなら。

 

 浄土に行けるように、というか成仏してくれるように、普通に手を合わせ、あるいは手を組んで死者の安らかな眠りを祈ることを、回向という。

 花を手向ける。黙祷する。すべて、特定の形式や作法を伴ってなくても、回向である。

 親鸞は、二種回向という。この世からあの世へ、それが往相回向。

 あの世から、菩薩|(人々を救うため高い位の天上界に行かず、俗世に居ることを選んだ仏)になってこの世に戻る、それが還相回向。仏だから戻って来られるのではなく、普通の人が死んで、行って、戻って来る。輪廻とは違う。悟りを開くまで、というゴールもないし、別人にも動物にも違うものにもならない。善でも悪でも人間で行って、菩薩で戻る。

 無理がある。行けば聖人になれる場所みたいになってる。浄土を設定するからこうなる。

 しかし浄土がないと、ウィトゲンシュタインのようにどうしようもない難問に苦しむしかなくなる。

 でも、これはウィトゲンシュタインが、この世界の内部で考えようとしているということだ。この世界以外を許さない。別の世界の想定を許さない。あの世や、天国に行ったと言いたくなるが、それをあえて棄てるという態度である。ちなみに彼はユダヤ人だが、教会に行かないキリスト教徒で、ホモである。ホモは関係ないか。鏡の世界を許さなさそうだが。

 

 北朝鮮から帰って来た中にはら致された人同士、結婚していた人たちも居た。

 夫婦の夫の方が、日本で向かえた兄に、「ら致は許した」と言い、兄らは困惑しているとニュースは伝えていた。

 怒るより、洗脳か見張りが一緒に来てるからかと心配するより、戸惑ってしまった態度は分かるだろう。誘拐、監禁、それも海の向こうに運ばれまでされて何年も居させられて、逃げる気はなかった、良い暮らしはしてたという言い草ならまだしも、許すってなんだと。許すもクソもあるかと、傍から見てても思う。

 しかし、これは兄に言ったのか? あるいは、日本のマスコミに向けてプロパガンダで言わされたのか?

 妻に対して言ったのではないか。

 北朝鮮では、当局の指示に逆らえば殺されるだろう。少なくともら致された本人たちは、そう思ってたろう。連れてこられ方からして。

 仕事は日本語教師だという。無理矢理切り離された祖国日本のことを、日本人に成りすますスパイのために話すのが仕事。北朝鮮には相応しくない意味を排除して、経緯を切り離して、まるで外国の情報だけを言わされてるようなものだったろう。だいたい、彼の国で日本人同士がどうやって出会ったのか。二人きりになったとしても、家に居ても、盗聴はもちろんされてると考えてただろう。そもそもいつまで二人で一緒に居れるのか。次は何をされるのか、させられるのか。どこに居ても、安心はできなかっただろう。

 そして、妻を残して自分だけ死ねないと、常に思っていただろう。自分だけ楽になれない。自分だけ浄土には行けない。言い方は何でもいい。妻をこんな所に置き去りにはしない。そして、妻を死なせるようなミスはできないと、いつも思ってただろう。

 悪いことはできないとか、北朝鮮から見て良いことなのかどうかを考え続けるとか、何かの基準を自分なりに持つこともできない。オープンワールドの刑務所か、人間の形に見えるモンスターが動き回る世界か、比喩をなろうのサイトの中で探したくなるような首領様無双世界で、目の前の人が居なくならないように、自分だけまた連れ去られたりしないように、注意してただろう。

 盗聴を意識して、妻の前でも北朝鮮を褒めていたと思う。

 刈り上げが似合うね、刈り上げって格好良いね、とは冗談でも言えなかったか。いや、彼の地では盗聴して報告する係も自分の身を守るために、お役所仕事のようにそのまま額面通りに上へ伝えたか? 一個前か。

 そして妻も、夫には北朝鮮を褒め称えることを言ってたろう。

 二人共、うその会話を続けざるを得なかったはずだ。

 それを「許す」と言ったのではないか。心にも無いことを言っていたのは、すべて生き残るためだった。そのために本当の気持ちを、夫婦の間でさえ喋ったことはなかった。結果的には、相手にうそを言っていた。

 それを許した。許してたんだと、お互いに言いたかったのではないか。

 兄は困ったかもしれないけど、妻によく生きて帰った来たと言いたい。一緒に帰って来れて良かった。この日のためにしたことだから、もういい。それが「許した」という言葉で、「君は悪くないよ」てことだったんじゃないか。

 彼らはこの世界を穢土にしないためにがんばった。出来そうもない場所で、立場でもがんばった。

 横田めぐみは死亡したと北朝鮮は言い、遺骨も出して来た。それは贋物だった。

 いや、なんでもない。 

 自殺スレを立ててるやつ。

 筆者はウィトゲンシュタインに倣って、肉体の痛みのみが自殺の理由になるとしたい。心の病も、痛みが発現する事があるらしいけど、ウィトゲンシュタインをその根拠にして、それ以外の自殺はやめてもらいたい。

 但し、死後の世界があってそれを現世に伝える方法があると、確実にわかってるなら、自殺してでもそれを伝えてくれ。筆者に対してでなくていい。伝わる人にでいい。

 



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