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追いつ追われつ、叫び、叫ばれ、だね。

 ユカリは魔法少女に変身し、風を纏って屋根から屋根へ、塔から塔へと跳んで行った。特等席から名も無き騎士と魔法使いパディアの追跡劇を見物する。


 埃っぽい城壁際の薄暗い路地で剣が閃き、涼し気な寺院の静かな広場で魔法が炸裂する。物語で見たような華麗な戦いとは言い難く、まるで地面を転がる獣のような野卑な争いだが、ユカリは少しだけわくわくしてしまった。この出来事が後世に語り伝えられ、竪琴弾きの歌に上る事があるのだろうか、と。


 しかしいつまでも観客でいるわけにはいかない。二人の役者を出し抜いて、幕を引かなくてはならない。パディアよりも先に騎士を捉えて、魔導書を確保しなくてはならない。もしそうした場合、今度は自分がパディアに、そして騎士に追われ続けるのだろうかと想像し、ユカリは身震いした。


 後のことを考えても仕方がないと気を引き締める。


 舞い踊る剣や魔法の殺陣に市民が巻き込まれないように気を付けながらユカリは二人を追う。騎士の甲冑が当たる前に通りで遊ぶやんちゃな子供を引っ込め、パディアの体当たりで弾き飛ばされた駱駝を優しく受け止める。ユカリは既にパディアを追い越し、あらゆる状況に気を配っていた。


 しかしどうやらパディアの体力の方が先に尽きてしまうようだった。みるみる騎士との距離を離されていく。さしもの神話的肉体を誇るパディアではあるが、名も無き騎士とてあの甲冑で飛んだり跳ねたりしているのだから、中身は優れた武人なのだろう、とユカリは考える。あるいはそれこそが魔導書の魔法なのかもしれない。どのようなものであれ、強力であることは間違いないのだから。


 そしてついにパディアは騎士を見失い、騎士も騎士で裏路地へと逃げ込んだ様子だった。ユカリは騎士が逃げ込んだ裏路地の出口に先回りし、派手さにおいて無二の杖を掲げる。


 今度はこちらがお願いしなくてはならない。もしも断られたら力づくで奪い取らねばならないだろう。いつかはやるだろうことだ、とユカリは覚悟を決める。


 道の先に立ちはだかるユカリに騎士は気がついた。


「これはこれは先ほどの」と騎士はユカリが口を開く前に両腕を広げて歓迎するように言った。「吾輩、貴君の振る舞いに胸を打たれ候。我らが決闘をお見守りくださりつつも、民草の身を守るご慈悲。誠に我が心の主に……いや、吾輩こそが貴女様の従者に相応しき騎士になることを誓いましょうぞ」

「まあまあまあ、ね? それはまあちょっと脇に置いといて。うん? この姿を見たことはないはずですけど」とユカリははたと気づき、訝しむ。さっき騎士と話した本来の姿ではなく、今は魔法少女ユカリの姿で対面している。「私だって分かるのですか?」


 少なくともかなり強力な魔法使いであろう首席焚書官のチェスタは気づかなかった。

 騎士は大仰に頷き、肯定する。


「然り。見紛うはずもありますまい。我が心の主に相応しき人物の威光は姿を変えれども輝きを放ち、我が眼を眩まさんばかりにございます」

「それは……」とユカリは言葉を失う。予想外の出来事だ。変身を見抜くことも可能だとは思ってもみなかった。「いえ、今はそれも脇に置いておきましょう。騎士様に是非ともお願いしたいことがあるのですが。どうか哀れな魔法少女めの話を聞いていただけますか? ませんか?」

「何なりと」と騎士は跪いた。


「良かった。実は騎士様の盾に張り付いている魔ど……何の変哲もない紙切れを譲っていただきたいなあ、なんて」とユカリはお願いする。

「ふうむ。これですか」と言って騎士は盾の裏の魔導書を眺める。「裏表なき誠実な乙女の願いとあらば、と申したいところではありますが、これは我が力の源。故に我が主になるという確約をいただきませぬと、おいそれとはいきませんな」


 つまりこの騎士を引き連れて、魔法使いパディアに追い回される旅ということだ。ユカリはため息をつきつつも、決意する。二人に追い回されるよりは幾分ましだろう、と。


 ユカリは首肯する。「分かりました。私めごときが主に相応しいとは思いますまいが、魔導書と引き換えに」と忘れずにユカリは強調する。「貴方の主君になりましょう」

「有り難き幸せ。我が剣は主が剣、この命尽き果てるまで御身の足元に恭順することをここに誓いまする」と言って、騎士は盾を両手で恭しく捧げ持つ。

「えーっと」ほんのり少しだけユカリは緊張しつつ盾を受け取る。「よきにはからえ」


 その言葉を掻き消すように「それを寄越せ!」と路地の向こうから絶叫が迸る。


 騎士は早速忠臣に相応しく、主をかばうようにパディアとの間に立ちはだかる。両手に握った剣は少しの躊躇いも見せず、路地裏の向こうへ切っ先を向ける。そして少しの猶予もなく、再び二人の戦いが始まった。


 パディアの怒声の如き呪文に思わず耳を塞ぎ、たじろぎつつも、ユカリは盾の裏を確かめる。やはり魔導書だった。前世の文字で前世のユカリによって書かれた羊皮紙だ。とにかく加勢を、と無我夢中で魔導書を読む。


 叫びの呪文で守護者が戦う魔法。それ以外は下手な絵による図解で何とも理解しがたい。

 叫びの呪文?


 忠良なる騎士が狐か兎のように軽々と、パディアによって壁に叩きつけられる。


「お逃げください。我が主。こやつめは吾輩が食い止めまする」と騎士は言うが、まさか見捨てるわけにもいかない。


 しかし騎士はどうにも行商市場で見せた立ち回りに比べ、大きく劣った身のこなしだ。まるで子供に振り回される人形のように、一方的にやられてしまっている。


「グリュエー。パディアだけ吹き飛ばせない?」

「えーっと。うーん。難しい」


 大立ち回りを演じる二人は前後左右に動き回っていて、確かに狙いを定め辛い。

 代わりにユカリは新たに手に入れた魔導書を食い入るように見つめる。叫ぶと守護者を呼べるということだろうか。動物の鳴き真似だけで変身できるのだから、叫ぶだけで守護者を呼び出せるに違いない、とユカリは考える。


 ユカリは大きく息を吸い、死に物狂いで叫ぶ。ほとんど悲鳴に近いユカリの叫びが路地に響く。パディアに負けじと叫びたてる。

 しかし守護者は現れない。まさか偽物の魔導書だろうか、とユカリは混乱するが、逆にパディアの叫びがやんでいることに気づく。


 見れば今度は騎士の方がパディアを圧倒している。上から下へ、右から左へ流れるように、鋭く激烈に剣をパディアに浴びせかけている。

 パディアも何とか杖で受け止め、必死に反撃してはいるが力任せの大振りは騎士の房飾りにすら当たらず、(くう)を切っている。

 あまりに劇的な反撃だ。とても先ほどまで軽々とあしらわれていた人物の動きではない。


 つまりこれが魔法なのだろうか、とユカリは考えを煮詰める。

 全ては理解できないが魔導書の一端に触れたようだった。なぜかはわからないが、あの騎士こそがこの魔導書に記されている守護者となり、叫びの呪文によって力を得た、ということだろうか。


 そうとなれば、ユカリは叫ぶ。ただ意味のない言葉を叫ぶのもなんなので「行け! やれ! ぶっ倒せ!」と義父には聞かせられない汚い言葉を叫ぶ。叫びの呪文はその言葉の内容は問わないらしい。義母に教わった呪文に比べて遥かに簡易なこの魔法が普通の魔法以上の効果を発揮する点に、魔導書の恐ろしさがあるのだろう。


 ついに騎士はトメトバの街の建築を散々に傷つけた重量の杖を弾き飛ばし、パディアを屈服せしめた。すると騎士はユカリのそばへと戻ってきて、それでいて臨戦態勢のままでパディアに対峙する。


「我が騎士?」とユカリが首をかしげる。「よきにはからえ?」

「我が主の御心のままに」


 守護者というからにはあくまで守護を優先するということだろうか。パディアが戦う気力を失った時点で主に対する脅威ではなくなった、という騎士自身の判断なのかもしれない。

 見るとパディアはさめざめと泣いていた。天を仰ぎ、涙を溢れるに任せている。


「嗚呼!」パディアのそれは突風にも似た悲痛な叫びだった。「ビゼ様! ビゼ様! ビゼ様!」


 ユカリは耳を塞ぎ、口を開き、目を瞑る。悪意に満ちた呪いでもかけられているのかと悪態をつくほどユカリの頭が揺さぶられ、内臓を吐き出したい気分になる。


 しばらくして嵐のような叫びがやむ。しかし耳鳴りは酷く、槌で頭を何度も叩かれているかのような痛みが走る。いつの間にかユカリは、自分の耳を抑えて体を丸め、地に伏していることに気づく。口の中に砂利が入っている。恐る恐る薄目を開けると騎士が再びパディアの方へと歩いて行った。


「やめなさい!」とユカリも叫ぶ。「私は大丈夫だから!」


 しかし騎士は聞く耳を持たずに歩を進める。

 ついにはパディアの前に立ち、しかし踵を返した。今やその剣の切っ先はユカリに向けられている。

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