雪の星空
前の作品が不満だったので書き直し
音が聞こえる。
温かくて、冷たくて。
落ち着く音で、悲しいテンポで。
つい最近聞いたような、懐かしい音が。
何か聞こえる。
僕を呼んでいる気がする。
分からないけど、ただそんな気がする。
音が近づいてくる。
寒いんだ。
暖かいのに、どうしようもないくらい。
心地いい音なのに、怖いんだ。
僕はまだここにいたい。
そう願うと音は遠ざかっていく。
ああ、世界がひっくり返った。
僕は空に落ちていく。
あれ、さっきまで何を考えていたっけ?
気が付くと雪が落ちてきた。
いつから降ってたんだろ。
少しずつ、雪が積もり出した。
空を仰ぐと、雲の隙間から綺麗な夜空が見える。
ここどこだろ?
ブランコがあって、象のすべり台があって、
どこかの公園なのは間違いない。
ああ、だめだな。
見覚えがあるのに、思い出せない。
頭が回ってないのかな。
久しぶりに雪を見た気がする。
最後に見たのはいつか覚えてないけど、
なんかすごく久しぶりだと思う。
なぜかな、雪を触っても何も感じない。
もっと冷たいものじゃなかったっけ。
体の感覚が鈍いね。
どうしたんだろ。
あれ、なんで気づかなかったんだろ。
僕の隣には、君が寄りかかるようにして眠っていた。
びっくりしたよ。
僕気づくの遅すぎない?
よく分かんないけど、こんなところで寝てたらだめだよ。
体を揺らすと君は動いた。
よかった、こんなところで寝てたら風邪ひくよ。
まぁ、それは僕が言えるようなことじゃないんだけど。
なんでもないよ、こっちの話。
でさ、起きたばっかりでいきなりなんだけど、
ここ、どこだっけ?
気がついたらここにいたんだけど、どこだか分かんないんだよね。
なんとなく見覚えはあるんだけどさ。
ほらあのすべり台とか。
なんだっけ、でもどこかで見た気がするんだけどね。
君は首を傾けた。
そっか、分からないか。
じゃあしょうがないね。
どうしよっか。
とりあえず歩こう。
ここにいても風邪ひいちゃいそうだし。
そうだ、なんでかな、あんまり寒くないんだよね。
君は大丈夫?
あんまり大丈夫じゃなさそうだね。
どこか雨宿りできる場所でも探そうか。
温かいコーヒーと、甘いスイーツでも出てくるようなところ。
君は頷いて空を見上げた。
綺麗だよね。
あの三角形なんだっけ。
デネブ、アルタイル、ベガは夏のやつだし。
冬のはよく知らないんだよね。
でも冬の空って綺麗だ。
星座の名前なんて全然分からないけど、それでも好きだ。
うまく言えないけど、儚いかんじがする。
それがすごく好きだな。
君はどう思う?
あれ、大丈夫?
なんか浮かない顔をしてた気がしたんだけど。
うーん、大丈夫ならいいんだけど。
それよりもそろそろ行こうか。
街並みも見覚えがあるのに思い出せないな。
本当にだめだね。
今日は全然だめな気がするよ笑。
なんかたまにあるよね、何をやっても上手くいかない日。
多分僕にとって今日がそれなんだろうな。
ほら、あそこにある大きな時計のついた観覧車。
あれも見たことある気がするんだけどな。
思い出せないんだよね。
ああ、もうすぐ1900時だね。
でもあの時計止まってない?
あの観覧車きれいだよね。
赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫って
色が一周してるんだ。
どの色に乗れるかは回ってきた色次第でさ。
僕は青に乗りたかったんだけど、回ってきたのは緑だったんだ。
惜しかったんだよ、次は青だったのに。
というか僕あの観覧車に乗ったことあるよね。
あれ、それって君と乗らなかったっけ。
でも、あれ、なんだっけ。
分からないなって考えてたら、いっきに周りが明るくなった。
観覧車も光り出した。
全体が赤くなって、青くなって、また別の色に変わって。
ああ、ライトアップされたのか。
びっくりしたよ、急に明るくなるから。
イルミネーションってあんまり落ち着いて見たことがなかった。
用事がないときはあんまり出掛けないし。
ゆっくり見てみると改めて思うけど、やっぱり綺麗だね。
雪の中で君と一緒に見ているかな。
あれ、もしかして照れてる?
照れてないって、照れてるじゃん。
ごめんごめん、からかってるわけじゃないんだよ。
うん、言い直そうか。
君と一緒にイルミネーションが見れて、とても嬉しいです。
なんか綺麗だね。
口説いてるわけじゃないよ。
いや、君に魅力を感じてないわけでもないけど。
色んな色が交差してさ。
世界が七色に彩られてるみたい。
だからすごく綺麗だなって思って。
まるで世界に僕と君しかいないみたいだ。
ねえ、あそこのおしゃれなカフェに入ろうよ。
赤いレンガでできてるカフェ。
なんかおしゃれだし。
あー暖かい。
雪は冷たいって思わなかったけど、
暖炉はすごく暖かいね。
何頼もうか。
なんかメニューもおしゃれだね。
君が好きなものを頼もう。
パンケーキと雪でできたモカでいい?
いいなって思う。
何がって聞かれてもうまく言えないんだけど。
なんかいいなって。
この感じが。
君と一緒に美味しいものを食べてさ、
意味もない会話を交わしてさ、
おしゃれなカフェで、
いい感じのBGMが流れて、
雪が降ってる中で、
暖かい空間で、
分からないけど君と一緒にいられていいなって。
このままこの時間が続けばいいなって。
ずっといられたらいいなって。
ほらまた浮かない顔してさ。
じゃあ気分を変えたいし何か一曲弾こうか。
あそこにピアノがあるし。
久しぶりだけど、ちゃんと大丈夫かな。
本当にどうしたの。
そんな世界の終わりみたいな顔してさ。
ピアノを弾くのは久しぶりだな。
いつ以来だろ。
分からないや。
頭は覚えていなくても体は覚えてる。
どうしたらいいのか分からないけど、指が勝手に動く。
なんか調子がいいな。
僕こんなに上手かったっけ。
ただ何か違和感があるな。
もう少しリズムをあげようか。
だめって、急にどうしたの?
大丈夫だよ、調子いいし。
もっと強く激しくしようか。
その直後僕は後悔した。
ああ、君の言う通りにしておけばよかった。
やめておけばよかったのに。
そのピアノは普通じゃなかった。
最初は中々気づかなかったけど、このピアノの音はおかしい。
なんて表現したらいいのか分からないけど、
鍵盤から出る音は普通じゃない。
まるで氷のような冷たい音がした。
ああ、ようやく頭が回ってきた。
目が覚めた気分だ。
いや、逆か。
僕は眠ってるんだ。
氷のような音が頭に響く。
もやのようなものが消えていく。
氷が溶けていく。
少しずつ、僕の頭が回り出す。
形にならない違和感が、点になって、線になっていく。
そっか僕は眠ってたんだ。
ここは夢の中なんだ。
だからここがどこだか分からないんだ。
見覚えはあるのにね。
思い出せないわけだよ。
君は最初から全部知ってたの?
さっきだめって言ってたし。
たまに悲しい顔してたし。
ごめんね、辛い思いさせて。
ああ、音が聞こえる。
温かい音が、冷たい音が。
落ち着いたテンポで、悲しいテンポで。
久しいような、聞いたばかりの曲が。
僕を呼んでる気がする。
でもいやだ。
僕はもう少しここにいたい。
ここが夢の中なら、
起きてしまったらどうなるんだろう。
消えて欲しくない。
終わって欲しくない。
もっと君と一緒にいたいんだ。
だからもうちょっと、眠らせて。
君は何を知ってるの?
君はどこから知ってるの?
僕たちはどうなってるの?
僕たちはどうなるの?
聞きたいことがまとまらなくて、ごめん。
だけど教えて。
うん、大丈夫だよ。
ちゃんと聞くから、取り乱したりしないよ。
答えは全部僕が知ってるよって、
君は意味が分からないことを言う。
どういうこと?
僕は何も知らないよ。
喋るより伝える方が早いねって、
君はそういってピアノを弾きはじめた。
君の音が僕の中に入ってくる。
僕は取り戻す、僕の記憶を。
そうか。
今日は雪だったのか。
僕たちは歩いていた。
ただそれだけだったのに。
久しぶりの積雪だった。
滅多に降らないんだけどね。
かなりの量が降ったみたいだった。
だからなんだろう、前から車が突っ込んできたのは。
おそらくスリップしたんだろう。
ハンドル操作が効かなくなったんだ。
いきなり歩道に車が突っ込んできた。
気付いたときにはもうどうしようもなかった。
もしも、そんなこと考えたって意味はない。
意味はなくたって考えてしまう。
もし雪が降っていなかったら?
もしその車がもう少しゆっくりと走っていたら?
そうしたらスリップすることもなかったかもしれない。
僕がくだらない意地を張らなければ?
そうしたら君は走り出さなかったのに。
僕が追いかけなければ?
そうしたら君はそこまで逃げることはなかったのに。
周りが見えなくなったりしなかったのに。
事故に遭うこともなかったのに。
いまさら何を言ったって、結果は変わりやしない。
でも言ってそれを考えずにはいられなかった。
僕たちは死んだのか。
これで終わりなのか。
ああ、感情がぐちゃぐちゃだ。
いや、もう終わらせてしまおう。
僕はそっと目を閉じた。
悲しいな。
もっと君と色々なところに行きたかった。
もっと君と色々なことをしたかった。
それが全部できなくなったんだから。
でも嬉しいな。
不謹慎だけど。
君と一緒に死ねるなら、本望かもしれない。
だって僕は、君がいないセカイで生きていける気がしないから。
だけどごめんね。
君が死んだのは僕のせいだ。
僕が変な意地を張ったせいで。
君を傷付けてしまったから。
だから事故に遭ったんだ。
僕のせいで。
それは違うよ、と君は言った。
僕の頬に冷たい手が触れる。
私が死んだのは私のせいだ
僕のせいじゃない
くだらないことで怒ってごめん
私が走りだしたりしなかったら事故に遭わなかったのに
私が周りをしっかり見ておけばよかったのに
僕のことまで巻き込んでしまってごめんなさい
君はそう言った。
違う、僕が悪いんだ。
君はいつも僕のそばで、僕のことを考えてくれてたのに。
僕は僕のことしか考えてなかった。
僕は最後まで君に何も返せなかった。
違うよ、と君がいう。
僕が私のそばにずっといてくれた
いつも私のことを考えてくれた
いっぱい返してもらったよ
だから
これからは一人でも大丈夫だね
僕は目を開いた。
最後の言葉の意味が分からなかった。
君と目が合う。
君が僕にほほ笑む。
おかしなことに気付いた。
雪が降っている。
いや、雪はずっと降っていたけど、ここカフェの中だろ。
なんで?
答えは簡単だった。
ここにカフェなんてなかった。
さっきまで君が弾いていたピアノも見つからなかった。
僕が目をつぶっている間に消えてしまったのか。
そもそも最初からそんなものなかったのかもしれない。
ここには何もなかったのかもしれない。
僕たちはまた歩きだした。
意味もなく、向かう宛てもなく。
ただ歩きだした。
雪の中を。
星に見つめられながら。
さっきの君の言葉を思い出した。
それから、車に轢かれたときのことも。
車は前から突っ込んできた。
僕は走り出した君を追いかけていた。
君は僕の前にいた。
つまりそういうことだろう。
どっちの方が重症を負うかなんて、考えるまでもなかった。
多分、僕は死なないんだろう。
そして、君は助からないんだろう。
ここは死後の世界じゃない。
夢の世界だ。
この憶測は間違っていないだろう。
僕は答えを全部知っているのだから。
じゃあ、君は何なのだろう。
僕は僕だ。
ここにいる。
じゃあ君は?
君は今どこにいるの?
その答えも知っていた。
君は優しいから。
君は賢いから。
僕がどうなるか知っていたんだ。
だから待っててくれたんだろう。
僕に会いにきてくれたんだろう。
僕を安心させるために。
僕が一人でも生きていけるように。
僕たちは、どちらともなく手をつないだ。
気が付くと、最初にいた公園についていた。
いつの間にか雪の絨毯ができていた。
やっと思い出した。
小さい頃、よくここで君と遊んだね。
暗くなるまで、泥だらけになりながら。
僕たちは公園のベンチに座った。
特に意味もなく、ただ空を見上げた。
綺麗な夜空だった。
ああ、いつまでもこの時間が続けばいいのに。
そうしたらずっと君といられるのにね。
君は立ち上がる。
数歩進んでこっちを向いて、にっこり笑った。
駄目だな。
最後まで君に気を遣わせて。
やっぱり僕は全然だめだね。
君はすごいよ。
悲しくても、辛くてもいつも笑うんだ。
周りを傷付けないために、安心させるために。
自分を傷付けて笑うんだ。
君だって辛いはずなのに。
ごめんね。
世界で一番辛いみたいな顔して落ち込んでさ。
自分の弱さが嫌になる。
本当に僕は君に助けられてばかりだ。
顔に雪玉が飛んできた。
いきなりのことでびっくりすると、君が声を出して笑ってた。
やったな、僕も雪玉を投げ返す。
やめてよって笑いながら君が言う。
つられて僕も笑い出す。
なんだろう、久しぶりに笑った気がする。
雪の上に寝転ぶのは気持ちよかった。
もふっとしてふわっとして。
擬音語で表現するとそんなかんじだ。
空が見える。
流れ星が降っていた。
稚拙な感想しか出てこないけど、綺麗だった。
星たちは運んでいく。
人の願いを。
星たちは紡いでいく。
人の思いを。
君が上から降ってきた。
一瞬呼吸が止まったよ。
重いよって言うと君に叩かれた。
君は僕の上から動こうとしなかった。
さっき遊んだから疲れて動けない、だって。
ちょっとしか遊んでないのに。
そういうことにしておいてあげよう、そう思った。
君は震えていた。
何も言わず、ただ震えていた。
それが寒さのせいではないことは、鈍感な僕でも分かった。
音が聞こえる。
不思議な音が
冷やかで、熱烈な音が。
僕の頭に鳴り響く。
星が降り始めた。
幻想的な景色だった。
雪と一緒に星が落ちてくる。
星は地面に落ちて、消えていく。
地面がひび割れていくのが分かった。
セカイが終わるんだろう。
大層な言い方をしたけど、要するにもうすぐ僕が目を覚ますのだろう。
そしたらこのセカイは終わりだ。
夢が覚める。
そうしたら夢のセカイは消えていく。
僕はぎゅっと抱きしめる。
君をぎゅっと抱きしめる。
ただそれだけでよかった。
セカイが崩れ始めた。
遠くから少しずつ崩壊していく。
七色の観覧車も、地面の下に落ちていく。
僕たちは立ち上がった。
君は口を動かしたけど、何て言ってるか分からなかった。
僕たちの調律はズレ始めた。
星が降るたび、セカイが崩れるたびにズレは大きくなっていく。
君の声が届かなくなっていく。
ああ、セカイは恣意的だ。
また僕から大事なものを奪っていく。
勝手に始まって、勝手に終わらせる。
声を奪って、最後すら自由にさせてくれない。
君は泣き始めた。
わけはすぐに分かった。
最後だから、もう会えないからじゃない。
僕のことを心配して泣いてるんだ。
君がいないセカイで、僕がちゃんと生きていけるか、
前を向いていられるかが心配で。
最後くらい自分のことを考えてくれてもいいのにさ。
声は聞こえないけど、何が言いたいのかは分かるよ。
だって君は優しいから。
うん、分かってるよ。
約束する。
ちゃんと進むよ。
いつまでも立ち止まっていられない。
君が泣いてるところは、もう見たくないからね。
足元に亀裂が入る。
辺りを見渡すとそこにはもう何もなかった。
何もない、真っ暗が広がっていた。
最後の星が降ってきた。
その星は温かくて、優しくて、
泣きながら、手を振るように落ちてきた。
星が君に落ちると、最後の足場が崩れた。
僕は落ちる。
空と一緒に落ちていく。
君は残る。
星と一緒に残っている。
これが本当に最後のお別れだ。
必死に考える。
僕は何を伝えたいのか。
今までありがとう
僕は君のおかげで生きられた
これからは君の分まで生きていくから
約束する
だから、いつか、また会える日まで
その日まで、
オヤスミ
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